Return of LolipopRipper 02
「被害者は22歳女性。遺体発見現場付近の大学に通う学生です。現場はさくらアーケード内衣料品店前。此方も夜間はほとんど人通りは有りませんが日中は買い物客が多く行き交う場所です。死因はナイフで喉を切られ頸動脈を損傷した事による失血死。鑑識が口内の飴玉を発見しています。唾液による溶解がみられない事から死後入れられた物の様です」
あれから一週間。新たな被害者が出てしまった。
今回は遺体発見現場から藤丸よりヴォイドに連絡があり捜査会議室で落ち合う事となった。藤丸が淡々と被害者の説明をしている。言葉こそ業務的であったが、その表情はとても苦しそうで彼の心中を物語っていた。
ヴォイドはというと、いつもと変わらない仏頂面で捜査資料に視線を落としている。
今回は佐川元警部も交えての状況となった。
「公開捜査を行うべきだ。目撃証言や怪しい人間の情報をより多く集められる」
「悪戯に市民の不安を煽るのは得策とは言えません。情報量が膨大になる。近所の迷惑な人間すらも連続殺人犯として通報してしまう可能性もある」
提案をヴォイドが退けた事により、佐川の表情が厳しくなったのを見て藤丸は焦った様子で声をあげた。此方としても顔が怖い男が啀み合っている図は居心地が悪いので彼に心の中で感謝した。
「ヴォイドさん、見解を聞かせてください」
「暫定ではあるが、これはキャンディリッパーの犯行では無い」
「何故です?」
藤丸の問いに、ヴォイドは視線を彼に向けることも無く答えた。
「ロバートレスラーは、シリアルキラーを秩序型と無秩序型の2つに分類した。無秩序型は文字通り無秩序に衝動のまま犯行を行う。秩序型はその逆で拘りを持ち、場所や標的に何らかの関連性を見出し計画的に犯行を行う。」
「ロバートレスラー、元FBI捜査官で現FBS(司法行動学研究所)所長ですね」
「…名前、君は今回の事件はどちらのタイプだと思う」
突然掛かった声に驚きつつ、佐川から向けられる訝しげな視線をいなしながら彼の問いについて考える。キャンディリッパーはどう考えても秩序型の犯人だ。遺体を遺棄した場所や被害者にも共通点がある。そして必ず体内に飴玉を残す拘り。今回の事件はどうだろう。
「飴玉があったのは膣と口ですよね?では15年前の被害者達はどこにあったんですか?」
「胃や子宮、肺、喉を裂かれ埋められていた。眼球の代わりに嵌め込まれていた被害者もいる」
「それじゃ今回の事件は少し違いますね。裂かなくても膣内に飴玉を入れる事はできますから」
ヴォイドは表情を崩さず「その通りだ。」と言って此方に視線を向けた。そして資料をテーブルに置き、藤丸が用意したコーヒーを一度嚥下してから話を始める。
「キャンディリッパーは遺体を損傷させる事に戸惑いが無い。ただ自身の欲を発散させる為だけに殺人を犯し、自分がやったとマーキングする為だけにある箇所を切り裂き飴玉を置いていた。しかし今回は裂く事に躊躇いが見られる。キャンディリッパーの犯行をトレースしたかの様に正確に真似できているが、人間の根底に宿ったものはそう変わらない。殺し慣れていない人間の犯行だ。」
「という事は別人の犯行という事ですね」
「リッパーに僅かな良心が芽生えたのでなければな。…藤丸、被害者と交友のある人物の話は聞けたか?」
ヴォイドの言葉に藤丸よりも先に反応したのは佐川で、スーツの胸ポケットから細身の手帳を取り出して述べる。
「被害者の友人に話を聞いた。被害者は2人ともストーカー被害に遭っていた」
「被害届は」
「出ていないが同じ交番の同じ担当警官に何度か相談に来ていた様だ」
「その警官に話を聞きたい」
「掛け合ってみます」
藤丸のアポイントの後にヴォイドと私が訪れたのは被害者達の自宅の中間地点にある交番で、出迎えた警官は穏やかな笑顔を見せ、一見するとごく普通の「お巡りさん」といった風体をしていた。
椅子を勧められて着席し、ヴォイドと幾つか言葉を交わした後、ヴォイドの質問に自然に答え始める。
「何度か相談に来てましたが話す内容が全て主観的で、客観的に見れば偶然としか言いようが無かったので被害届を出してもらうには至りませんでした」
「被害は全て主観的だ。被っている事を話すのだからな。君はなんと助言したんだ?」
「帰宅路を変えてみてはどうかと提案しました。それも、遠回りになってしまうと却下されましたが」
「5度も相談に来ていて何の対策もしなかったのは何故だ。そこまで執拗に着けられているのなら被害届を出したいと申し出が有ったはずだろう」
ヴォイドの言葉で、朗らかな笑みを浮かべていた警官の表情が一転し無になる。冷ややかで、ヴォイドを忌々しい物を見るような顔をして、大きな溜息を吐き疎ましそうに間を置いてから答えた。
「…ストーカー被害を届け出る女性が多すぎるんですよ。警護をつけたとしても大体が勘違いで、骨折り損の場合が多い。相手にしていたらキリがありません」
「虚偽の報告をした言い訳にしてはお粗末だ」
「虚偽?僕は相談を受け、被害届の提出は無かったと真実を言った筈ですが」
「君は、被害届を出すまでには至らないと言ったな。それは被害者がそう判断した際に使われる言葉だ。お前が言葉巧みに被害者を丸め込み阻止した場合に使われる言葉ではない」
警官は何も答えず、一切の感情を顔に出さずにヴォイドを見ている。
「11月15日23時25分と11月21日22時30分は何処にいた?」
「非番だったのでずっと家に居ました。…なんです?もしかして疑われてます?」
「ストーカー被害の相談を受けておきながら何の対策もしなかった人間を捜査線上から除外する事は出来ないな。犯人からしてみれば、殺害するのに届出を出されては厄介だろう」
「仕方無かったんですって…言ってるじゃ無いですか」
「…第一印象は穏やかで人当たりが良さそうに見えるが精神的ストレスが掛かると言動に荒さが出る。効率を考えつつも心象を気にかけ露見しない程度に嘘を付く。巧妙な野心家だな。シリアルキラーには良く見るタイプの人間だ」
「はあ?」
「名前」
「…キレるとボロが出る腹黒警官だお前は、という意味です」
ヴォイドの一方的な言葉に耐え兼ねたのか感情を露わにし声を出した警官に、私は慌てて‘通訳’したが、適切な判断では無かった様で、彼の嫌悪を表情はこちらに向けられた。
「しかし今回の犯人像には当て嵌まらない。…ストーカーの特徴は」
「…身長的に男だったという申告しか」
「そうか。…無駄足だったな。名前、我々は失礼するとしよう」
ヴォイドは呟き立ち上がると、丁寧に椅子を戻しコートを翻して出口へ向かう。そして立ち去る前にも警官に振り返り、厳しい口調で言った。
「現状2人の女性が亡くなっている。警察とは市民の安全を守る事が最優先であり、工数を考えるのは二の次で無くてはならない。例え骨折り損であったとしても不安を抱える市民がいるのならその不安に寄り添い緩和するのが君の責務である筈だ。被害届が出ていれば人員も増えただろう。君一個人の身勝手な行為が警察という組織全体の信用を貶めるという自覚を持て」
警官は何も言わなかったが、先ほどと同じくその表情は嫌悪に満ちていた。「お前に説教される筋合いは無い」と顔が言っている。
この警官はきっと変わらない。ヴォイドが藤丸に言えば何か変わるかもしれないけど。
外に停めていた車に乗り込み、ヴォイドはエンジンを掛けてから徐に携帯を取り出してコールした。
「藤丸、自宅内で事故死した都内の人間をリストアップしてくれ。"キャンディリッパーの犯行が途絶えた年""独身男性""頭部外傷"に絞って探せ」
電話の相手は藤丸だったらしい。携帯を仕舞い車を発進させたヴォイドに、先程の連絡内容に持った疑問を投げかけた。
「何故事故死亡者を?」
「リッパー死亡説が有力だと考えたからだ」
「どうしてですか?」
「リッパーは‘目立ちたがり屋’だ。そんな人間が模倣犯の存在を許すとは考え難い。この世にリッパーが居るのであれば、詳細を伏せていたとしても自身の犯行の模倣だとすぐに気付く。そして、警察に声明を出すか自分自身で殺すかどちらかの行動をとる筈だがそれが無い」
「でもニュースを見てないだけの可能性も有りますよ」
「秩序型は狡猾なんだ。これ以上犯行を行えないと判断したのなら通常はすぐにその場を離れる。だが、今回の事件はリッパーの最後の犯行現場の半径15km以内で起こっている」
「でももし模倣犯なら、公開されてない情報を知っているんだからかなりのリッパーファンだって事でしょ?それなら犯行が止まった早い段階で殺し始める筈じゃ無い?」
運転中のヴォイドは前方から視線を逸らさず、驚いた顔をしていた。
「プロファイルの才能があるんじゃないか?」
「そう?プロに言われると嬉しい。暇つぶしに刑事ドラマを観たり未解決事件の記事を読むんだ」
「普通、それだけで此処まで的を得た分析は出来ない。本格的に学んでみては?」
「まあ、前向きに考えてみる」
ヴォイドは冗談で言ったのだろうが、褒められて浮かれた私は満更でもなく、ヴォイドというお手本を見て少しずつ分析を学んでみよう、とその気になっていた。
「犯人の目星は付いている。あとは裏付けをし、証拠を掴むだけだ」