Return of LolipopRipper 03

「言われた条件で自宅内での事故死亡者を28名まで絞り込みました。発見現場、住所、死因、年齢、氏名も記載しています」
「助かる」

 警視庁へ戻り捜査会議室へ向かうと、途中で藤丸が此方へ駆け寄ってきて声を掛け、彼が頼んでいた資料を手渡した。
 ヴォイドは資料に目を通しながら会議室に入り着席するや、資料をテーブルに広げてとある人物の名を指差す。

「此奴だ」
「何がです?」
「キャンディリッパー。この真島という男は最後の事件が起こった1年後、キャビネットの角に頭部を強打して死亡している。ガス漏れ、火災、誤飲等自宅での事故は様々あるが、何者かの故意によって起こった場合其れ等は必ず証拠が残る。…犯人はリッパーを事故死に見せかけ撲殺した。撲殺であれば自宅内の何かに偶然ぶつかり死亡した様に偽装が出来るからな」

 藤丸が息を飲むのが聞こえてきた。しかし彼の突飛な発言に、私と同じく疑問がある様で其れを否定する。

「撲殺って…。警察はプロです。事故か他殺か何て見れば分かりますよ」
「そうですよ。事故死は初動捜査をするんだから。一般人が警察の目を欺けるとは思えない」

 藤丸と私の言葉に、ヴォイドは資料から顔を上げ静かに見解を口にした。

「現場をどう弄れば他殺の線を消す事ができるのかをよく知っている人間の犯行という事だ」
「待って。真島がキャンディリッパーだって決まった訳じゃないし、そのプロファイルだと今回の犯人は…」
「証拠はこれから揃える。藤丸、オレは分析室へ行く。おまえはチームを集めて連絡を待っていてくれ」
「分かりました」

 彼のプロファイルを聞く限り、今回の犯人はあの人物しかいない。しかし乍、真実につながる点と点同士が離れすぎていて納得が出来ないのだ。キャンディリッパー死亡説は理屈が通るが、真島という男が死亡して9年が経っている。彼がリッパーであるという証拠が残っているとは思えなかった。
 藤丸が出て行った後、ヴォイドも立ち上がり会議室を出る。しかし向かったのは一般通用口ではなく、正反対のエレベーターホールであり、私は無意識のうちに怪訝な顔をしていた様だ。

「何処に向かうのか聞きたそうな顔をしているな」
「…ご明察。貴方は捜査協力を依頼されているから警察関係者って事になってるけど、私は只の一般人なのに。警視庁の中を自由に行ったり来たりしても良いのかな?」
「何を言う。おまえはオレの助手であり秘書だ。秘書がいなければオレは仕事が出来ない」
「私の前にも秘書がいたの?」
「居ない」
「…訳わかんない。それで、今向かっているのは一体何処の部署なんですか?」
「警視庁捜査支援分析センター 第二捜査支援 情報分析係。オレの昔馴染みが居る」



「お前、また来たの」

 捜査支援分析センターの一角にある区画。ありったけの負の感情をかき集めて貼った様な表情でヴォイドを睨みつけ出迎えたのは、可愛らしい声と顔を持った若い女性であった。
 ヴォイドはというと彼女にこんな表情をさせている張本人であるにも拘らず、如何にも興味がなさそうな顔をしている。

「ヒナコ、この人物の」
「嫌」
「そうか、其れなら仕方が無いな。」
「…何よ。」
「何も。だが君には思い当たる節があるんじゃないか?」

 ヒナコと呼ばれた彼女は彼の言葉にその大きな瞳を溢れんばかりに開いてから、嫌悪と怒りの色を浮かべた。そして怒りに体を震わせ乍彼が差し出した資料を踏んだくり自身のデスクに叩きつけると物凄い勢いでキーボードを叩き作業を始める。

「こんなカスみたいな情報じゃ出てくる物も限られるって何度言えばわかるの」
「君の腕を見込んでの頼みだ」
「ふん…携帯電話番号から利用していたSNSを探してIPアドレスを照会する。…固定アドレスか。足跡もベタベタ残ってる。…ああ、でも幾つか経由する頭は有ったみたいよ」
「何よりだな」
「何よこのサイト。二重にロックがかかってる。特殊なサーバーを使ってるのね。ていうか秘密にしておきたいならネット上に流すんじゃ無いっての」
「パスワードが必要なのか」
「こんなの私にとってはドアマンのいるホテルと同じよ」
「どういう意味だ」
「両手が塞がってても入れるって事よ。出たわ。…ああ、此奴。やっぱり死んでたのね」

 ヒナコが指したモニターを見ると、映し出されたサイトにはキャンディリッパーに殺害された被害者の住所や行動パターンが事細かに記載され、警察へ向けて送った声明迄もが保存されている。

「これ、真島のサイトなんですか?」
「そうよ。スリルが好きな犯人で助かったわね。PC内に保存されていたら現物が無いから解析出来なかった」
「でも事件を調べて載せてただけかも」
「日付を見ろ。全て、遺体発見以前に投稿された物だ」
「管理者ページに入って確認したから確かよ。投稿頁の日付は変更出来るけど、実際に投稿された日付っていうのは残るのよ」
「これで裏付けが出来た」
「満足かしら」

 ヒナコは得意気に、そしてうんざりした様にヴォイドを見る。

「まだだ。死亡推定時刻付近の街頭カメラの映像を出して欲しい」
「…9年も前なのよ」
「出来ないのか?」
「チッ。つくづく腹が立つ男ね。少し待ってなさい。街頭カメラは都の管轄だから管理システムにアクセスして…あー、この住所だとアパートの目の前にカメラがあるわね。死亡推定時刻が17:30だから、以前と以後3時間の映像を出した。それで何を見たいのよ」
「この人物を探せ」

 彼が差し出した写真を、舌打ちしながらまたも奪い取り文句を言いながらもキーボードを叩くてを止めないヒナコは、一周回って良い人なのかもしれない。

「前後1時間だと…この辺りか。倍速にして確認するからお前も手伝いなさいよ」
「…止めろ」

 彼女の指示通りモニターを見ていたヴォイドはある人物が映り込んだ瞬間に声を上げる。彼の声にヒナコが映像をポーズするとそこに映し出されたのはある男性であった。

「補正できるか?」
「…ほら。出たわ。此奴でしょ?」
「助かった。礼はいつかに」

 さっさと去ろうとするヴォイドに、彼女の眉間の皺が一層濃くなる様子を肝を冷やして眺めていると不意に彼女の瞳が私に向き、はたと動きを止めたかと思うと、彼女の華奢な指先が私を指してヴォイドに問いかけた。

「ちょっと待って。お前に対する怒りで忘れてたけど、この子誰なの」
「オレの助手兼秘書兼家政婦の名字名前だ」
「はじめまして」
「…そう。此奴に弱みを見せては駄目よ。私みたいに一生扱き使われるわ」

 ヒナコはそう言ってまたキーボードを叩き始めるとそれっきり此方を向く事は無く、ヴォイドも彼女を置いてさっさと部屋を出ていったから私もそれについて行くしかなかった。
 廊下を歩みながら懐から携帯を取り出し、ヴォイドは何処かに連絡を取っていた。誰に宛てたのかは分からなかったが彼が言ったのは一言だけだ。「手筈通りに頼む」と。

 私達は捜査会議室へ来ていた。
 うら寂しい広々とした無機質な空間に、ぽつりと座る人影がひとつ。
 人影は佐川であった。佐川はヴォイドの姿を認めるとその眼光を鋭くして太ましい眉を寄せる。

「お前の話に付き合っている間に次の被害者が出たらどうする。今は一刻も早く犯人を、」
「今3係が捜査を進めています。ご安心を」

 ヴォイドは、がなる佐川を往なして彼の脇に腰掛け指を組み肘をテーブルに乗せてから、ひとつ溜息を吐き彼へ語りかける。

「オレの見解を貴方に聞いて頂きたくてお呼び立てした訳ですが」
「…俺はお前を信用した訳じゃ無い。部外者が出しゃばっていい場所じゃねぇんだよ」
「…では今回の事件を整理してみましょう。標的はリッパーと同じくあらかじめ行動を観察し目をけていた若い女性で、殺害方法も同じ。そして模倣できるという事は公開されていない情報を知っているという事ですリッパーについてよく調べている詳しい人間です。しかし今回の容疑者は秩序型のリッパーを真似ているだけで秩序型ではありません。リッパーが殺害した被害者に見られなかった防御創が見られた。接触から殺害までに短時間ではあるが間を置いている。殺すのを一瞬躊躇った証拠です。リッパーが遺体を裂き飴玉を置いたのに大志今回は損傷させる事なく残している。やはり躊躇いがあったのでしょう」

 ヴォイドの言葉は、推測の様何処か確信を持っていた。そして、彼の瞳は真っ直ぐに佐川を捕らえる。

「そうでしょう、佐川さん。」

 彼は懐から一枚の写真を取り出して佐川に突き出した。

「この男は真島伸吾。9年前、自宅で頭をキャビネットに強打し死亡しています。彼のIPアドレス、被害者達が殺害される前の行動分析と自身の記事、そして警察に向けた声明の原文を纏めたファイルが見付かりました。キャンディリッパーの正体はこの男です。貴方と真島は面識が?」
「こんな男は知らない」
「死亡推定時刻付近の街頭カメラ映像を調べたところ、彼のアパート周辺に設置していあるカメラが、不思議な事に貴方の姿を撮らえているんですよ」

 佐川は何も言わない。しかし顔には焦燥が色濃く浮かんでいる。

「貴方は幾度となく死亡現場に駆けつけている刑事です。殺人現場と事故現場の違いを熟知していた。だから殺人を事故に見せかける方法もよくご存知だったのでは?…リッパーを憎悪していた貴方は執念で正体を暴き、居場所すらも突き止めてしまった。そしてこの国の司法がリッパーを殺さないという事を知っていた貴方は自身の手で終わらせると心に決めていたのでしょう。獣の様な行いをする者の犯行は人の法では止める事ができないから。しかし望んだ通りの結末を迎えたにも関わらず貴方の心中は空虚だった。追い続けた犯人に罪を償わせる前に葬ってしまった事、そして何より凶悪殺人犯を追うという生きがいを失った貴方は、自分がリッパーを演じようという考えに至った。秩序型の犯人は捜査に参加し、撹乱、捜査自体を操ろうとするんです。貴方は秩序型と無秩序型の側面を併せ持つ混合型の人間の様ですね」
「証拠も無いのに人を殺人犯呼ばわりとは、随分と傲慢な探偵だ」
「まあ、此れはオレの推測でしかありません」

 そこまで話し終えたあたりで、不意に扉が開き藤丸率いる捜査1課3係の面々が、緊張した面持ちで会議室へと入室する。藤丸は鬼気迫る顔で佐川の前に立ち塞がると、重々しい口ぶりで宣告を口にした。

「佐川琢朗。殺人、及び傷害致死の容疑で貴方を逮捕します」
「馬鹿な…!証拠はあるのか!?令状は!?」
「証拠なら此方に。いずれも貴方の自宅から発見されたものです」

 藤丸が取り出した証拠袋には、血か錆かは分からないが赤茶色の染みがついたナイフと黒革の手袋、そして大量の飴玉が入っている。飴玉は被害者の体内に置き去りにされていたものと全く同じであった。

「つまらない推測が真実になった様ですね。続きは取調室で、藤丸警部にお話を。我々は失礼します」

 ヴォイドは薄く微笑みながら立ち上がり、目を見開き座り込んで動けないでいる佐川の目線にあわせて腰を折ると、静かに言った。
 そしてバタバタと騒がしくなった会議室を背に、私達は警視庁をでると共に本件から退く事となったのだった。
 事務所へと帰る道すがら、私はヴォイドに幾つか質問したいことがあった。

「何故、彼が犯人だとわかったの?」

 彼は一度此方をみて、すぐに視線を戻してから口を開く。

「何もかも都合が良すぎたとは思わないか?リッパーの再来に駆けつける元捜査担当。そして友人の話を聞いたと言い、あの警官に引き合わせたのは彼だった。オレ達をミスリードした。そして何より、」
「何より?」
「彼は事件詳細の公開を訴えていた。自分の作品を世に広めようと。シリアルキラーによく見られる傾向だ。承認欲求が異常に強く、オリジナルのリッパーの側面が強く出ている」
「でも佐川は入れ込み過ぎてリッパーの思想に寄ってしまったんでしょ?佐川自体は正義感の強いただの刑事だった。だからこそ殺しにも躊躇した。それじゃあリッパーのプロファイルと佐川のプロファイルは違うものになるんじゃ無いの?今回は物的証拠と映像を見つけられたから逮捕できた訳だけど」
「彼の人格は剥離していたんだ。元の人格とリッパーとなってしまった人格が存在し鬩ぎ合っていた。人の精神とは脆いものだ。何がきっかけで箍が外れ、自分を見失うか分からない。自分が自分で無くなっている事にすら気付かず、それが本来の自分なのだと思い込む」

 二重人格までに至らずとも、二面性を持つ人間は居る。「裏表のある人間」と言われるのが該当する者であり、まあ私もその気があるとヴォイドに指摘されていたのだが、その手の人間は自分の意思とは無関係に悪しき事に手を染めてしまう場合がある。
 思わずため息が漏れた。自身を制御していると思い込んでいても、壊れてしまう時は一瞬で、自分が自分で無くなっている事に気づきながらも彼は犯行を止めなかった。
 彼は言う。

「彼は、躊躇ったとはいえ手際がいい。案外素質があったのかもしれないな」
「素質って、」
「殺人だよ」

 彼の言葉が恐ろしくて、息を飲む。話題を変える為、彼の旧友だと言う彼女の話を持ち出した。

「芥さんって何者なの?」
「元ホワイトハッカーだ」
「弱味握られてるって言ってたけど」
「人聞きが悪いな。弱みでは無く秘密を知っているだけだ」

 気をつけなさいよ。と言う彼女の言葉がフラッシュバックして、頭の中に反響する。実はこの男はとんでもない奴なのかもしれない。イケメンにロクな奴はいないと言うけど強ち間違いではないのかも…。

 後日、藤丸より佐川の裁判の日取りの連絡があり、ヴォイドに伝えたが、彼は興味が無さそうに足を組み「そうか」とだけ答えて、私が用意したコーヒーを口にしていた。

「興味無いの?」
「シリアルキラーは確保され、彼による被害者はもう出ない。しかしこの世から殺人鬼が消える事は無いだろう。オレは次の仕事をするだけだ。捕まった犯人を気にする時間などない」

 この事件は必ず過去のものとなる。壮絶な死を遂げた彼女達も、キャンディリッパーも、模倣犯だった佐川も「そんな事あったね」という怖い話のタネになってしまうのだろう。
 私は、今回の2名の被害者とリッパーが殺害した数多の女性たちを思い冥福を祈りながら、剪定した胡蝶蘭を細身の青い花瓶に生け、ヴォイドの脇に腰を下ろし同じくコーヒーを啜った。