リンフォン
心地良い春の陽気に胸が弾む休日。私はアンティーク好きな友人と、ドライブがてら骨董品やリサイクルショップを回る事になった。
私もアンティークはそれなりに好きだし、ヴィンテージのTシャツや古いCDなどを見て回りたかったので、楽しく店を巡っていた。
お互い掘り出し物も数点買うことができ、良い気分で車を走らせていると、一件の寂れた骨董品店が目についた。
「もしかしたらチェーン店には置いていない希少な品があるかもしれない」と二人の意見が見事に合致し、私達は店に入る事にした。
店内はコンビニ程度の床面積があったが、なにぶん物が多いため酷く狭く感じる。
また、並んでいるというより積まれている品々は古本が大半で、服や家具はあまり置いていないようであった。
本を一冊手に取り眺めてみると確かに古く貴重なものではあったが、各々が求めていた物が無いのであれば仕方がない。友人の顔を見やれば彼女も同じ意見のようで、私達は無言のまま通路を引き返した。
引き返そうとして、立ち止まった。
ちょうど私の目線の高さに設られた棚の中に視線を奪われた。
私が後ろをついてきているものだと思って先に店を出た友人が、少し不機嫌そうに引き返してきて「どうしたの?」と声をかける。
「これ」
私の指先が指し示したのは、埃っぽい棚に静かに鎮座する正20面体の置物のような何かだった。
「何これ。珍しいもの?」
「や、知らないけど…これ買おうかな」
何故この置物を買おうと思ったのか、自分でもわからない。確かに自分好みの落ち着いた色合いではあったけれど、欲しいかと言われれば首を捻るだろうそれを、わざわざ埃を吹いて袖で拭き大事に抱えてレジまで持って行った理由が説明できないのだ。
レジには店主らしき草臥れたおじいさんが、古書を読みながら座っていた。
「すみません、これお幾らでしょう?」
私の声に気付いた彼は古書に向けて伏せていた視線を緩やかに持ち上げる。
なんだか眠そうだと思っていたのも束の間、私の手のひらに収まった正20面体を視界に捉えた瞬間、一瞬物凄い形相で驚愕した後すぐにまた眠たげな表情に戻り「あっ、ああ…これね、えーっと…いくらだったかな。ちょっと待っててくれる?」と言うと、カウンターの奥にある部屋に入って行った。
部屋の中からはおじいさんと奥さんらしき女性と何やら言い争っている声が聞こえてきたが、間もなく黄ばんだ一枚の紙切れを持って戻ってきた。
「それはね、いわゆる玩具の1つでね、リンフォンって名前で。この説明書に詳しい事が書いてあるんだけど」
そう言っておじいさんは黄ばんだ紙を広げる。随分と古い物のようだ。
紙には例の正20面体の絵に「RINFONE(リンフォン)」と書かれており、それが熊→鷹→魚に変形する経緯が絵で描かれていた。 説明書きらしい文字列も見受けられたが、おじいさん曰くこれはラテン語と英語だそうだ。
「この様に、この置物が色んな動物に変形出来るんだよ。まず、リンフォンを両手で
包み込み、おにぎりを握るように撫で回してごらん」
私は言われるがままに、リンフォンを両手で包み、握る様に撫で回した。 すると、「カチッ」と言う音がして、正20面体の面の1部が隆起したのだ。
「えっ!すごい…」
「その出っ張った物を回して見たり、もっと上に引き上げたりしてごらん」
ジイさんに言われるとおりに彼女がすると、今度は別の1面が陥没した。
「すご〜い!パズルみたいなもんですね。良い物見つけたじゃん名前」
リンフォンの仕組みは言葉で説明するのが難しいのだが、簡単に説明すると変形ロボットのような物だ。動物の形を変形させて大型ロボットの体の一部になるような。
リンフォンも、正20面体のどこかを押したり回したりすると熊や鷹、魚などの色々な動物に変形する。
この時の私は初めて見る画期的で不思議な玩具に興味津々で、既に夢中になっていた。
「あの…それでおいくらなんでしょうか?」
これ程までに完成度の高い、尚且つ古く出回っている数も少ないであろう玩具はきっと高価に違いないと思っていた私はおそるおそる店主に尋ねる。
「それねぇ、結構古いものなんだよね…でも、私らも置いてある事すら忘れてた物だし…よし、特別に一万円でどうだろう?ネットなんかに出したら好きな人は数十万でも買うと思うんだけど」
断るはずのない提案だ。
一切の迷いなく財布の中から一万円札を抜き出して店主に差し出すと、店主は何故か微妙な顔をして「ありがとうございました」と言う。少し引っかかったが、新しい玩具を弄りたくてたまらない私は友人と共に足早に店を後にした。
友人と別れ帰宅するとタイミングを見計らったかのように鞄の中の携帯が震え、画面を確認すると恋人からの着信が入っていた。
受話口を耳に当てればよく聞き慣れた穏やかな低音が聞こえてくる。
「デイビット、どうしたの?」
「特に用は無い。おまえの声が聞きたくなったんだ」
「ふうん」
恥ずかしげも無く直球に自分の気持ちを伝える事が出来るのは彼がアメリカ人だからだろうか。出会った当初は言われた此方が気恥ずかしくていちいち照れていたのだが今となっては慣れてしまい只気分を良くしている。
リンフォンの話を始めたのは、確か今日一日何をしていたか話して聞かせていた会話の流れだった気がする。
掘り出し物の珍しい物品を手に入れた事を自慢したかった私はやや興奮気味に得意気になって話したが、玩具にさして興味はないのか適当に返されてその日の通話は終わった。
それから一週間。私はリンフォンに夢中になっていた。朝起きてから仕事中もリンフォンの事ばかり考えてしまう程に。
毎日行っていた読書やスマホゲームも放り出して、空いた時間は只管に正20面体を弄っていたのだ。
そして一ヶ月が立つ頃にはリンフォンは熊の形になり、次の段階である鷹の翼を完成させていた。
その間デイビットと話す機会は何度もあったが、初めのリアクションがあれだった為に特に話すことはしなかった。(ただ徹夜でリンフォンを触っていたからだろうか、声が掠れていると指摘された)
それからまた一週間が経過したある夜の事。鷹の姿を完成させた私は達成感に満たされながら手早く入浴を済ませ、寝る前にもう一度リンフォンを触るつもりでいた。
身支度を終え髪の毛を乾かす為にドライヤーのスイッチをいれると、耳元で鳴る風と機械音に混ざって何やら音が聞こえてきた。例えるなら帰宅ラッシュの駅の様な、雑踏に紛れ込んだ時に似た大勢の話し声だ。
驚いてドライヤーのスイッチを切ると、部屋は静まりかえっている。
なんだか気味が悪くて半乾きのままドライヤーを片付け、枕にタオルを敷いてからベッドに横になりリンフォンを手に取った。
さてやるかと鷹の翼に触れた瞬間、サイドボードに置いていた携帯が震え出し、驚きのあまり私はリンフォンを胸の上に落としてしまった。
この時間ならデイビットか友人の誰かだろう、と早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら液晶を見ると、着信元にはデイビットでも友人でも無く「彼方」と表示されていた。
見覚えも登録した覚えもない名前に、体の熱が下に降りていく感覚がする。
暫く眺めていても一向に切れる気配が無かったので震える指先で通話を押し端末を耳元に近づけると、受話口から聞こえてきたのはドライヤーの最中に聞こえた人の話し声らしき音で、あんなに長く鳴っていたにも関わらずすぐに切れてしまった。
怖くなった私はデイビットの声が聞きたくて彼に電話をかけた。ワンコールで出たのには驚いたが今はそこを言及している場合ではないので、そこは置いておいて今あった事を話す。
「今からお前の家に行く」
「…今日は電源切って寝るから大丈夫。明日は元々デイビットの家に行く予定だったし、その時に慰めて」
そう言うと、十五分くらい「行く」「来なくて良い」の押し問答になったが疲れたので寝たいと言えば渋々ながら了承し、その日は電話を切った後少しだけリンフォンを触ってから
翌日。出勤ギリギリまで触っていた甲斐あって、リンフォンはほぼ魚の形をとっており、あとは背びれや尾びれを付け足すと完成という所まできていた。
昨夜の電話の事は気になっていたが、今日はデイビットに会えるし彼の家でリンフォンを完成させてやるという目標もあった為通常通りに業務をこなす事が出来た。
そして夜になり帰宅。デイビットが迎えに来たので車に乗り込み彼の家へ向かう。
リンフォンを携えて。
彼の家で彼が作ってくれたパエリアを食べそれなりに触れ合っている中、雰囲気を壊す様に私の携帯の着信音が静寂の室内に鳴り響いた。
びくりと体を跳ねた私を見て、彼が代わりに携帯を手に取り着信を確認する。
「非通知。出るか?」
彼方では無かったので無言で頷く。
彼はスピーカー通話にして電話に出る。
聞こえるのは彼方からの着信と同様、人のざわめきだった。
恐怖で眩暈がしそうだった。なんの目的でこんな事をするのか、何故私の番号にかけてくるのか全く理解が出来なかったのだ。
彼の胸にしがみつき震えながら通話を聞いていると、ざわめきの中で唯一言葉として聞き取れるものがある事にふと気が付く。
悲痛な女の声だ。切なる願いという様に、また絶叫にも似た声はしきりにこう叫んでいた。
『出 し て ! !』
「ひっ!!」
喉の奥から悲鳴が漏れると同時にデイビットが通話を切る。部屋がまた静寂に包まれ、私の荒い呼吸のみが聞こえる。
「名前、この間骨董品店で何か買ったと言っていたな。今日持ってきているか?」
「え、ああ…うん」
「出せ」
言われるがままに鞄から魚の形になったリンフォンを取り出してデイビットに差し出す。
彼は私の手に収まった小さな玩具を見ると、形の良い眉を顰めリンフォンを受け取った。と、同時に「バキャッ」と軽やかな音を立てリンフォンはただの木材となっていた。
何を言っているか分からないと思うが、私も一瞬何が起こったのか分からなかった。ややあって、デイビットがリンフォンを握りつぶしたのだと理解できた。
「あーっっ!!!な、なにするの!?ここまで作るのに私がどれだけ苦労したと…」
「昨日夢を見た」
「はあ?!」
「暗い谷底から、大勢の裸の男女が這い登ってくる。 オレは必死に崖を登って逃げる。後少し、後少しで頂上だ。助かる。 頂上に手をかけたその時、女に足を捕まれた。 女は鬼の様な形相でオレに言った。
『連 れ て い け』
と。おまえがまた何か厄介なものに魅入られたという事は分かっていたがこれを見て全てが繋がった」
「じゃあ、あの電話もリンフォンのせいって事…?また私、」
「おまえは何も悪くない。価値のあるだろう古い品を破格の値段で売りつける店主を怪しむ事もせず購入してくる軽率さも、これを手にしたあたりから不可解な現象が起きていると気が付かない鈍感さもおまえの個性だからな」
「ごめんなさい」
「何があってもオレがいる。これは明日可燃ゴミに出そう。二度と人の手に渡らない様に」
ただの木と化したこれを嬉々として手にする者など居ないのでは、とも思ったが今回も全面的に私が悪いので何も言えなかった。
「これは呪物みたいなものってこと?」
「そんな優しいものじゃない。これは、凝縮された極小の地獄だ」
「じご、く」
「リンフォンという名前はアナグラムだ。分かるか?」
「分かんない…」
デイビットは自身の携帯を取り出してなにかを打ち込んだ後、画面を私に見せる。そこには
RINFONE
INFERNO
と記されていた。
「あれね、熊から鷹、鷹から魚に変形する玩具って聞いてたの。だから魚が最終形態なんだけど、もし魚を完成させていたら…私、どうなってたんだろう」
恐る恐る尋ねると、彼はきょとんとした顔をした後で柔らかい笑みを浮かべ言う。
「おまえを連れ去ろうとする者は誰だろうとオレが許さない」
言い忘れていたけど、私は人よりちょっと怪異に見舞われる事が多い一般女性だ。
そして彼は霊感が強い一般男性である。一般男性だが、ありとあらゆるこの世の怪異を退け私を助けてくれるのだ。時には非科学的な力で。時には物理攻撃で。(先ほどの様に)
何故そんな事が出来るのか尋ねても「ネバダ出身だからだ」としか教えてくれないので理由は分からない。
彼は私にちょっかいをかける者を許さない。絶対に許さないのだ。
掌についた“リンフォンだったもの”のかけらを叩いて落としながら「極小の地獄如きが…」と呟く彼を見て、「ネバダ生まれってすごい」と、私はいろんな意味で思った。
リンフォン 完
※デイビット君のパワープレイ除霊を書きたかっただけ