ALICE

 私は名前。ごく普通の女の子です。
 私にはパパもママも居ません。二人の顔も覚えていません。だからパパとママがいなくて悲しいと思うことはありません。
 私はこのお屋敷でデイビットと二人で暮らしています。小さい頃から住んでいるからこの家が大きいのか普通なのかはたまた小さいのかは分かりません。
 デイビットというのは私のパパでママでもある大きな男の人です。でもデイビットをパパと呼ぶと眉毛をぎゅっと寄せて不機嫌そうな顔をするから彼をそう呼んだことは一回きりしかありません。
 私にはデイビットしかいません。友達が一人も居ないのです。学校も公園も行ったことが無くて、同じくらいの歳の子供と関わりを持つ機会が無かったから当たり前と言えばそうなのですが。
 でも寂しくなんてありません。友達が欲しいと思う事は何度かありましたが遊びならデイビットと一緒にできるし、何より私は物とお喋りが出来るので、デイビットがお仕事をしている時やご飯を作っている時はお部屋の衣装箪笥やライトなどとお喋りをして時間を潰していました。


 今日はご飯ができるまで絵本を読んで過ごそうと思っていたらライトと牛の置物がお喋りしている声が聞こえたので、混ぜてもらって三人でお喋りをしていました。

「名前、その牛に俺を見るなって言ってやってよ」
「自意識過剰なんだよ。たまたまそっち向いてるだけじゃないか。お前こそこっち見るなよ」

 さっきまで楽しそうにお喋りしていたライトと牛の置物が突然喧嘩を始めてしまい、私はどうしたらいいか分からなくてそっと二人の顔を反対側に向け、読んでいた絵本の片付けもしないで部屋を出ることしか出来ませんでした。
 喧嘩は好きではありません。私自身がするのも、誰かがしているのも見たくないのです。
 胸のあたりにもやもやしたものが引っかかって、私の瞳からは涙が溢れて止まりません。こういう時はデイビットの所に行きます。
 階段を降りて廊下を抜けキッチンに入ると、デイビットが鍋をかき混ぜている最中でした。
 彼は私に気がつくと優しい顔で笑いましたが、私の頬が濡れているのを見ると鍋から離れ私のそばに寄ってきて名前を呼びます。

「どうした。何処か痛むのか?」
「ううん…喧嘩してたの。それで悲しくなって、」
「…そうか」

 ぐずぐずと泣き続ける私を見て少し困った顔をした後で、デイビットは両手を広げて私を包み大きい手のひらで頭を撫でながらもう片方の手で背中を優しくたたいて宥めてくれました。
 デイビットはいつもいい匂いがします。彼の寝室にある小さい瓶から同じ匂いがしたので、きっとこの匂いは香水のものなのでしょう。私はこの匂いが大好きです。
 匂いだけで無く、私はデイビットの全部が本当に大好きでした。

 でも一つだけ、どうしても嫌な事があります。
 それは夜にデイビットが必ずやる事です。
 やめてと喚いても、彼は苦しそうな顔をしてしきりに謝りながら行われるある行為が、唯一の嫌な事です。
 デイビットが買ってくれた可愛いパジャマも下着も全部脱がされてベッドの中心に寝かされた私の上に同じように服を脱いだ彼がまたがって、挨拶するときとはまた違う時間をかけたキスをするのです。
 唇は顔から順に下に降りていきます。そしてぺったんこのお腹に何度もキスが降って、そのあとは足と足の間にも。おしっこをするところに口をつけるなんて汚くて恥ずかしくてやめて欲しいのに、デイビットは絶対にやめようとしません。きゅっと締まった私の喉から子猫みたいな鳴き声が漏れて、目の前には白い星がちかちか光ります。
 



 友人が救急搬送されたとの知らせを受け急いで彼女の元へ駆けつけると、病室には既に旧知の仲であり彼女の恋人であるデイビットの姿があった。
 彼曰く、彼女は自殺志願者の巻き添えにされたらしい。
 通り魔的に標的を選んでいたある男が信号待ちをしていた彼女の手をとり、走行していたトラックの前に躍り出たのだそうだ。
 それを聞いた私の腹の奥に激しい怒りと男に対する罵詈雑言がまぜこぜになって溜まったが、その全てを吐き出さなかったのは今一番男を憎んでいるであろうデイビットが何も言わず静かに彼女に寄り添っているからだ。

 
「名前はデイビットの事が大好きなのね」
「うん、大好き。大きくなったらお嫁さんにしてねって約束してるの」
「デイビットはなんて?」
「“条件は既に満たしてる”って言ってた。どういう意味かわかる?」
「…ごめんなさい。分からないわ」



 本当は全部分かっているのです。
 置物やライトが口を聞くわけがないという事も。私が幼い少女ではない事も。

 デイビットを、私という牢獄に永遠に閉じ込めることが出来たのですから。



※前サイトに完成したものを掲載していたのにデータを保存していなくて書きかけしか残っていない産物です。
一番大事なところが虫食いで、思い出すかアレンジを思いついたら書き直します