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ああ、なんて可哀想な君(Daybit)

紙で指を切ったとか、給湯室で火傷したとか。大した怪我でも無いのに僕は医務室へと足繁く通う。それはもう毎日の様に。僕が働く区画は医務室のある区画から結構離れていて、そこまで行くよりならデスクにしまっている救急箱で簡単に手当てした方が早いにも関わらずそうしないのは、医務室には天使が居るからだ。天使は名字さんという。彼女は日本人らしい控え目な性格で、大和撫子という言葉は彼女の為にあるのかもしれないと思えるほどしおらしくいじらしい可愛い女の子である。日焼けを知らない白い肌と真っ直ぐ伸びた黒髪がミステリアスで、其処もまた堪らないのだ。
 僕が医務室の扉を開けると、彼女は柔らかい笑みを以て出迎えてくれる。どこを怪我したとか、どのくらい痛いとかをうんうんと小さな頭を縦に振って親身になって聞いてくれる。医務室は僕にとってのオアシスなのだ。あの白い小さな手で触れて欲しくて、小さな唇を歪めて微笑んで欲しくて、今日もまた僕は医務室のロックを解除する。

「デイビット…!人が来たらどうするの…?」
「構わないだろ」
「構う…!仕事中だし、ん」

 天使が悪魔に襲われていた。いや、会話の内容を聞けば親密な仲である事は分かるのだが、僕の天使が白昼堂々男に唇を奪われる事を良しとしているなんて信じたく無かったのだ。扉は全開で、ロックの解除音も聞こえていた筈なのに、キスに夢中になっているのか名字さんはこちらに気づかない。
 逃げ出したかった。大切に育てた汚れのない白百合の花壇が土足で踏み荒らされているみたいで、心がざわつく。ちゅ、ちゅ、といった小さな口づけの音は、可愛い彼女に相応しい物であったけれど、それを奏でる相手は僕であって欲しかった。
 やめてと言いながらも悪魔の肩に滑らかな手を添えて拒みもしないで僕に背を向けたままの彼女に腹が立ってきた。じっと視線を送り続けると、瞼を伏せて唇を貪っていた男が此方を見た。むかつくほどに顔が良い男だ。珍しい色をした瞳が僕を射抜いている。その視線は鋭かったが、嘲りをも孕んでいて、背中に嫌な汗が伝う。
 僕は駆け出した。今日此処へ来るべきでは無かったんだ。室長に言われた通り、ツバでもつけて情報を打ち込み続けていれば良かったんだ。そうしたらまた、明日も彼女の姿を見て癒されることができたのに。名字さんの甘い声が鼓膜にこびりついて離れない。汚れてしまった眼球も鼓膜も、胸ポケットに刺さったボールペンで突いてしまえば僕のオアシスは戻ってくるだろうか。



誰のものだと思ってるの?(Billy)

薬指からだらだらと血が流れ出す。痛みはもうない。只々熱いのだ。指の付け根に嵌っている金の輪っかは、この間照れ臭そうに彼が私にプレゼントしてくれた物だ。
 その彼は自分で飲み干したテキーラの瓶を手に、床に跪いて泣きながら許しを請う私を冷たく見下ろしている。

「泣かないで、僕を見てよ」

 涙と鼻水でぐずぐずになった汚い顔を、彼の言う通りに持ち上げて見せる。涙が膜になって、上の睫毛が下睫毛にくっつく不快感よりも、彼に対する畏怖の方が大きくて何度も瞬きをして耐えた。
 私がいけない。私が悪いのだ。何となくでホームズからのキスを受け入れてしまったから。綺麗な顔で紳士的な彼に求められ、どうしようもなく心が踊って何度も唇を重ねている様子を、ビリーが見ているなんて考えもしなかったから。ビリーは平静を装って私を部屋に招き、淡々と問い詰めた。いつも笑顔で飄々としている彼がこんなにも冷たい表情をして怒りを露わにする様子を、私は今まで見たことがなかったのだ。彼のマスターである立香ちゃんも「ビリーは優しい」と言っていたから、きっとどんな時でも仲間には優しいのだと思っていたのに。彼は、問い詰めながら味わっていたテキーラの瓶を、テーブルに乗せていた私の手に不意に振り下ろした。驚きと痛みで手を引っ込めようとした私に睨みを利かせて、手首を掴み何度も何度も振り下ろした。瓶が割れて漸く傷め付けが終わった頃には、私の左の薬指は青紫に腫れ上がっていて、変なところから血が流れ出ていた。

「これで指輪は抜けないね」

 にっこり笑った彼の顔に張り付いているのはいつもの笑顔ではなくて、海の色をした瞳の中には確かに狂気が滲んでいた。




痛いの痛いのとんでいけ(Asclepius)

 最近、新しいサーヴァントがやってきた。何とアスクレピオス其の人である。アルテミスやヘラクレスがカルデアにいる時点で私はとっても驚いていたのだけど、医療従事者である私としては医学の神であり世界保健機関のマークにもなっているアスクレピオスが目の前にいると言うのがとても信じられないでいた。

「手が止まっている」

 ぼうっと口を開けていた私を、彼は静かに苛む。そうだった。私は彼の助手として、データを纏めている最中だった。すみませんと小さく漏らしてモニターに視線を戻し、彼が取ったデータをフォーマットに入力していく。藤丸さんが頑張ってくれたおかげ(?)で、アスクレピオス先生の霊基は最終段階まで再臨を果たしており、神様の名に恥じない人外の造形をした美しい顔が惜しげもなく晒されている。今日も綺麗だなと、ちらりと見た彼の顔に一筋の赤い線が刻まれているのを見つけてしまった私は、恥も外聞も厭わず大きな音を立てて椅子から立ち上がっていた。
 大きな音で驚いたのか、先生は目を丸くして私を見上げている。そしてすぐに瞳を細めて眉根を寄せ、訝しむ視線を向けた。

「先生…!それ!」

 先生は私の指が示した場所に触れ、「ああ」と小さく言った。

「シュミレーターでついた傷だろう。気がつかなかった」
「手当てしないと!」
「喧しい、声を落とせ」
「すみません!でも先生の顔に傷痕が残ったら大変な事ですよ!」
「喧しいと言っているだろ!」
「先生も声おっきいですけど!」

 いてもたっても居られなくなって、ワゴンから消毒液とコットン、それと絆創膏を掴んで先生に向かい合う様に腰掛ける。先生も手当てをするのだと察した様で、作業の手を止めて頬を向けた。
 ピンセットでコットンを挟み消毒液を含ませて、「染みるかもしれません」と断りを入れてから傷を抑える様にコットンを触れさせた。先生は何も言わない。近くで見ると、意外と傷は深い様で、コットンには酸化した血液が付着している。

「痛くなかったですか?」
「気付きもしなかったんだぞ」
「サーヴァントは痛覚が鈍いんでしょうか?パックリいってますけど」
「その傾向もあるだろうな。骨が折れても平然と歩いている奴もいるくらいだ」

 先生は、「ふう」とため息をついて瞼を閉じた。淡雪みたいな白くて長い睫毛がくるりと上を向いて震えている。筋の通った高い鼻も、普段むすっとしている小さな唇も、完璧な配置でかんばせに収まっている。ピンセットを持っていない方の手で思わず顎のラインに触れると、ぱちりと瞼が上がって横目で鋭い視線が飛んできた。

「なんだ」
「いや、あの…綺麗だったのでつい…。」
「…先に手当てを済ませてくれ」
「え、」
「触れるのなら手当てが終わってから存分に楽しめば良い。それに折角消毒をした患部に雑菌が入っては元も子もないからな。」

 先生は可愛い唇を引き上げて、低くて艶っぽい声で笑いながら言った。いつも厳しくて怖い先生が見せた貴重なデレに、心臓が痛くなって、この痛みを先生に治療してもらいたいと言ったら「病気か?」と言われた。病は病でも恋の病なんですけど治せますかね。