FGOSSS 2
言えるわけない(諸葛孔明)
散々突き放して置いて、彼女が自分以外のものになった事に不快感を抱く己が居る。「先生」と梅色の唇で囀る度に、とうに忘れた劣情を催し身体の熱が上がるのに、彼女に其れを悟られる訳には行かず、失せろやら鬱陶しいやらと辛辣な言葉で追い払っていた。
名前に恋人が出来たらしいと言う噂はマスターによって齎された。何故其れを私に言うのかは分からない。仲が良いと思っているのか、世間話の一つとして持ち出しただけなのか、その意図は図れなかった。
「先生」
廊下を歩いていると、突然曲がり角の死角から花の香りを纏った女が現れて腕を引き、壁沿いに設置された用具入れへと私を引き込んだ。女基名前は、蹌踉めき棚に背をつけた私を逃すまいと、両腕を壁に押し付けて肉の柵を立てた。藤の枝の様に細い腕からは力を入れずとも逃れる事が出来るだろうに、私は其れをせず、「先生」と唇を震わせ、一心に自身を見つめる黒瑪瑙の瞳を見下ろした。
「私に恋人が出来たって、聞いた?」
「…私には関係のない話だ」
「…そう」
黒々とした艶めく睫毛が悲しげに伏せられる。声に滲んだのは紛れもない悲壮であった。
「用が済んだなのなら私は失礼する。」
「恋人なんて嘘ですよ。彼に告白されたから良いよって言っただけ。私が好きなのは先生です」
「以前にも言ったが、私にとって君はただの顔見知り程度の存在だ。何を望んでいるのか知らないがこれ以上は時間の無、」
時間の無駄だと言い掛けた唇は、彼女の柔らかい唇によって塞がれていた。緋色のネクタイを彼女が引いた事により前のめりになり顔が近づいたのだ。挑発する癖に、齎される口づけは唇が触れるだけの其れで、厭に子供らしい。子供と呼べる年齢なのかはさておき、彼女はこういった経験に乏しいのだろう。
数回触れてから顔が離れ、名前は頬を紅潮させながら瞳だけで微笑む。私が拒まなかった事を喜んでいる様だった。
「私が好きなのは先生なの」
彼女が望む言葉を私はくれてやる事は出来ない。あれだけ突き放して置いて今更、などと考えている訳ではなく、私はデミとはいえサーヴァントであり、彼女は魔術師ですらないのだ。住む世界が違いすぎている。存外君を気に入っているなんて事は口が裂けても言ってはやれないのだ。
ちょっと黙って(Kadoc)
彼は、卑屈で消極的な癖に口数が多い。主にネガティブな方向でおしゃべりだ。友人である私にも、自分なんて大した才も無いのにマスターになんてなってしまってとか、天才の集まりに身を置く憂鬱だとかを良く溢している。
私はカドックに対して、無能だとか他のマスターに劣っているなんて一度だって思った事は無いのに、彼は私に「どうせお前もそう思ってるんだろう」という視線を向けてくるのだ。
「今日のシミュレーションはどうだった?」
紙のカップに注がれたカフェオレを傾けながら、頬杖をついてため息を漏らす彼に尋ねる。共に休憩中であったから少しお茶をしようとシミュレーションルームから出てきた彼を捕まえて私が誘ったのだ。
彼はちらりと瞳を向けて、すぐに逸らした。今日は調子が良くなかったらしい。
「いつも上手くいかない。それに今日はデイビットと一緒だったんだ。力の差を見せつけられて更に自信が無くなったさ。」
「ヴォイドと貴方は違うんだから、比べる必要ないよ。カドックにはカドックの良さがあるんだから」
「僕の良さ?自分でも分からないのにお前に分かるのかよ」
「魔術師としてどうとかじゃなく、戦闘中の着眼点とか、柔軟さとか。それに貴方は優しいし」
「いつからお前は僕の先生になったんだ?通知表でもくれるのか?」
「あー…」
鬱のループ。彼は自分に自信が無いから、自分を褒めようとする人間に対して棘のある態度を取る。薄っぺらいフォローをするなと言わんばかりに壁を作って、自分が更に傷つく事を防ごうとしているのだ。
付き合いづらい人間だとは思う。接し方が難しいし、言葉も慎重に選ばなくてはいけない。けれど、其れを含めて彼の側は居心地が良くて、楽しいとさえ思えた。
「ね、カドックは素敵だよ」
「…なんだよいきなり」
「いきなりじゃない。ずっと言ってる。臆病だけど優しいし、常に周りを見てるじゃない。貴方の生き方に文句は言わないけど、私が掛ける言葉くらい素直に聞いてくれてもいいんじゃない?」
「でもお前誰にでも言ってるだろ」
「はあ…。こんなに一生懸命関わりを持とうとするのは貴方に対してだけなんだけど」
「いいや。藤丸にも言ってたしデイビットにも言ってた。オフェリアやぺぺにだって、」
「もう煩い」
ぺらぺらと文句を連ねる唇にスコーンを突っ込んでやる。はみ出したスコーンがもごもご動く唇に吸い込まれて行って、恨み言と共にゆっくりと咀嚼して腹の中に飲み下された。
「美味しい?」
「美味いけど。お前はいつも唐突だな」
「カドックがいつまでも煩いから」
「…お前の言葉はおべっかじゃないと思って良いんだな?」
「え?ああ、うん」
「じゃあ、信じてやる」
私のカフェオレを奪って生地で水分を失った口内を潤す彼は、くまに縁取られた瞳を僅かに細めて言った。他の誰に何を言われようと、今は私の言葉だけ信じて、あわよくば自分に自信を持ってくれたら、友人としては嬉しい。彼の魅力に気づいているのは私だけでは無いはずだから、ゆくゆくは皆がいう「カドックは優秀だ」という言葉を素直に受け止められる様になれば、私の大切な友人の卑下を聞かなくていい未来が待っているのかも、と空になった紙カップを見下ろしながら思った。
それは寒い夜だった(Billy)
陽だまりの様な男だった。快活に笑い、吐く言葉はいつも前向きで、実際に太陽の香りを纏う男だった。
采配のミスで、私は聖杯戦争から脱落した。ほんの小さなミスであったが、彼の心臓をあの槍が突き刺した時、取り返しがつかない事をしてしまったと、背筋が凍りついたのを覚えている。
人を殺した夜は、いつも隣で眠ってくれた。エーテル体であるのに確かな温もりと心音が聞こえる彼の身体は、震える私を優しく包み、甘やかな響きで「大丈夫」だと、寝物語を子供に聞かせる母親の様に囁いた。
少し癖のある金色の髪も、切れた瞼に収まった海の瞳も、緩く持ち上がる唇も何もかもが懐かしい。生前に何人も屠ってきたとは思えない小さな柔らかい掌で、緩やかに背中を撫でてもらったあの夜はもう二度と帰っては来ない。
真っ暗な部屋の中。暖房の稼働音だけが聞こえる。するりと足を横にずらせば、冷えたシーツに体温が奪われていく。今夜は酷く冷え込む夜だ。隣に寄り添う太陽を思い出して、金の粒子になって消えていく間際に見た切ない表情が瞳に焼き付いて、熱い涙が枕に滑り落ちて行った。
寒い夜の事だ。