妙薬は甘い
惚れ薬とは、材料の入手がそれ程難しくは無いが制作に長い時間を要し尚且つ技量が必要な魔法薬の一つである。好き好んで作りたい者は、恋する乙女か薬づくりを生業にしている薬師だけで、一介の調理師が自室のキッチンで作るべき物では無い。
材料は、魔女の血 500cc ユニコーンの角のかけら 10g 妖精の尻尾 2本 真紅の薔薇の花弁 5枚。これらを順番に、時間きっかりに鍋に入れてまじないを唱えながら30時間弱火で煮込み、更に二時間寝かせる。そして完成するのが無色透明無味無臭の完璧な惚れ薬である。学生時代、魔法薬の授業では私はヒーローだった。どんなに難しい調合でも卒無くこなせたし、手先の器用さが功を奏して教授に非常に気に入られていたので、私と同じ班になりたがる生徒が多かったのだ。
「きゃあ!本当に作ってきてくれたのね!ナマエ、私貴女のこと大好きよ。」
授業の真っ最中の学園内。大食堂には僅かな職員の姿しか無く、がらんどうのダイニングの中央で、私に差し出されたブルーの小瓶を見詰めながら、合わせた掌を頬につけ首を傾けた可愛らしい仕草で心からの感謝を告げる彼女は私の同僚のロアだ。私が惚れ薬を作る事になった理由は彼女に泣きながら頼まれたからであり、本来であれば惚れ薬などという人の心を悪戯に操る様な魔法薬を作る事はしない。学校を卒業して数年経つ現在でも私は魔法薬に関しては誰かのヒーローになれるらしい。
両手に包んだ小瓶の中身を、ロアはダストン先生に飲ませる気でいる。彼女の恋には障害が多く薬にすら縋りたいという気持ちは分からないでもない。もし彼女が只の職員で、彼に触れる肉体を持つ女であれば其の恋は実っていたかもしれないが、彼女は魔法士でもなければ人間でもない。
彼女はゴーストなのだ。この学園では、多くはないがそれなりの数のゴーストが暮らしている。その外見は其々で、もちもちとしたソフトクリームの様な見た目のゴーストもいれば生前の姿を保ったままのゴーストも居り、彼女は後者である。白い肌にブロンドが映え、大きなブルーの瞳が印象的な非常に可愛らしい見た目をしたロアは、驚くことに15世紀の生まれらしい。普遍的な美しさを持つ彼女は、生身の身体を持っていればきっとダストン先生の心もつかめただろう。しかし叶わない恋だと自覚していながらも其の情熱を止めることは出来なかったようだ。
「で、使い方は?」
「口に含んだ瞬間に瞳に映した人を好きになるから、10cc程度を混ぜたお菓子とか飲み物とかを渡して目の前で食べてもらうのよ。」
「困ったわ…。私ダストン先生が好きな食べ物を知らないのよ。」
「そんな目で見られても私だって知らないよ。無難にクッキーとかで良いんじゃないの?」
「糖質制限してるかもしれないでしょ?」
命乞いの如く必死にアドバイスを乞う癖に進言を無下にするのは彼女の悪い癖だ。惚れ薬を何に仕込めば意中の相手が食べてくれるかなんて、薬を作った他人からしたら知ったことではない。どう薬を盛るのかは彼女に任せ、魔法薬作りで消費した残りの休日を楽しむ為に職員寮の自室へ戻る事にした。
大食堂の扉を開くと同時に就業のベルが鳴り響き、廊下を歩けば各教室からは職務を終えた教師陣が教材や時々鞭を手にして教室を去っていく姿が見えた。鞭の教師は仕事中の服装とは違う私を見て、掌に鞭を打ち付けながら革靴の底を鳴らしてゆっくりと近づいてくる。
「今日はいつもと雰囲気が違うな。」
「クルーウェル先生、こんにちは。今日は休日なんです。」
「休暇中も仕事か?休む時はしっかり身体を休めるべきだ。」
「いえ、仕事じゃなくて同僚に届け物をしに来ただけです。もう戻ります。」
「そうか。時に仔犬。」
「はい。」
「教師としては生徒との恋愛は感心しないが、一個人としては微笑ましいと思っている。まあ頑張ることだ。」
広角を引き上げ、化粧が施された目元を下げて笑いながら言う彼の顔を、私は呆然と眺めるしか無かった。事もあろうに教師にまで私とセベク君の関係は知れ渡っていたのだ。学園長の耳に届くのは時間の問題だろう。もしかしたら既に彼も知っているのかもしれない。最悪解雇される可能性もある。清純で純朴な生徒をたぶらかした悪女として学園を追放されるのだ。青ざめた私に気付いたのか、彼は片眉を上げる。
「そんなに怯えなくてもいいだろう。」
「だって…!」
「愛し合っているなら問題はない。」
「でも皆に知られているなんて問題です。もう厨房に立てない!生徒に手を出す不潔な女が作った料理なんて誰も食べたくないでしょう!」
「誰もそんな事思ってない。愛の前では世間体など些事だろ。気にするな。…ほら、噂をすれば。」
クリムゾンレッドの指先が差したのは、学友と会話をしながら教室から出てくる恋人の姿だった。彼も此方に気付いたようで、学友に向けていた鬱陶しそうな表情を一転させて晴れやかな顔を以って此方に駆けてくる。
「まるで犬だな。次の授業の準備があるから俺は行くぞ。」
「あっ、先生!」
「ナマエさん!今日は休日では?」
さっさと退散していったクルーウェル先生を引き留めようと声を上げても彼は人混みに消えてしまい、愛しい恋人に名前を呼ばれた事もあり私は焦燥を笑顔で覆い彼を向く。
「ちょっと届け物があって大食堂に行ってきたの。セベク君は…魔法史の授業だったのね。お疲れ様。」
「魔法史の授業を受ける度に若様やリリア様の偉大さを痛感する。いずれ若様もこの教本の偉人に名を連ねる日が来るだろうと。」
「リリア君は?」
「リリア様のお姿は既に載っている。教科書137Pだ。」
「そう…。」
リリア君は出会った当初から謎めいた子供だとは思っていたが、教科書に載る程の人物だとまでは思い至らなかった。100年以上生きているというだけで十分凄い事なのだが、偉人として名が残るという事は其れ相応の功績を残しているということで、あの美少女と見紛う程の可憐で小柄な少年が教科書の紙切れの上で微笑んでいる等想像出来ない。
「それはそうと、貴女に頼みたいことが有るんだが。」
「何?」
彼の先輩に思いを馳せていると、セベク君が唐突にそう言うので、私は驚いた様子を隠すこともせず問うた。彼からの“お願い”はお互いの気持ちを伝えあったあの日以来であったので、いったい彼が私にどんな頼み事をするのか興味が有る。
彼と並ぶと、20cm以上身長が違う私達は傍目から見たら大人と子供に見えるだろう。実際は身長が低い方が大人で身長が高い方が子供である訳だが他人にはそんな事分かりはしない。遠く離れた彼の顔を仰ぎ見れば、頬が桃色に染まっていて白い肌によく映えている。グリーンの瞳がウロウロと宙を眺め、浮き出た喉仏が僅かに上下した後で、彼は漸く唇を開けた。
「貴女の料理が食べたい。」
「そんな事?」
「忙しいのは承知しているが、暫く食べていないし貴方と二人になる機会が欲しいんだ。駄目だろうか。」
「勿論良いよ。でももっと大きなお願い事をされるのかと思ったから驚いた。何が良い?」
「貴方の手作りなら何でも。」
「それならお菓子とかでも?」
「菓子か。貴女の菓子は食べたことがないから楽しみだ。」
「お菓子なら手軽に作れるし、明日にでも渡せるよ。」
「ではまた明日。最近ろくに話が出来ていなかったから会えて良かった。」
「私も嬉しい。じゃあね。」
目尻を下げてにっこりと笑みを見せる彼は、年相応の男の子に見える。他の生徒と比べてみると彼は年齢以上に落ち着いているし、身長や体つきも子供とは言い難い物であるだけに、そういった面を見てしまうと自分達の恋愛が途端に“いけない事”に思えてくるから嫌になる。誰にどう思われようが関係ないと吹っ切れた筈なのにこんな事を考えてしまうのはきっとクルーウェル先生の言葉のせいだ。
腰を屈め私の頬にキスを落として離れていく彼の姿を、唇の柔らかい感触が残る頬を抑えながら悶々と眺めていた。もし、先生たちにも私達の関係が知えていると彼が気付いてしまったらどうなるんだろう。年上の女への憧れと恋心を混同してしまっていたと、突然目が醒めて私への興味が失せてしまったのなら、きっと私は捨てられる。彼は優しいから、まろやかに言葉を濁して納得が行くような理由を付け交際に幕を引くはずだ。其れからは只の生徒と大食堂の職員として、挨拶もそこそこに私だけが彼の存在を意識して胸を締め付ける甘い痛みに嘆く事になる。そんなのは想像しただけで耐えられない。
勝手に傷ついた成人女性は、生徒たちのざわめきを掻き分けてやっとの事で鏡の間へ辿り着き寮の自室へ戻ると、テーブルの上にはロアに渡した薬の残りが私を出迎えた。透明の瓶に揺らめく、全く同色をした魅惑の薬。光を乱反射させる其れは私に邪な考えを起こさせる。
此れをセベク君に渡すお菓子の中に入れたらどうなるのだろうか、と。今日の出来事には何の脈絡もない突発的な思い付きだ。彼は私を愛してくれているし、既に恋人関係に有る私達には必要のない物では有るが、将来的にはどうなるか分からない。惚れ薬の効果は高々数時間程度で、永遠に彼の心を繋ぎとめる事が出来る訳では無いけれど、少しでも良いから私の事だけを考えていて欲しいと思ってしまったのだ。
魔法薬と料理が得意な魔女の頭の中には、友人のために惚れ薬を作っていた時の良心は欠片も残っては居らず、カスタードクリームの中に欲求を混ぜ込んで見事なアップルパイを作り上げていた。
翌日、彼が私を訪れたのは夕食後だった。厨房の片付けをしている私をダイニングの椅子に座って待ち続ける彼の姿を視界に入れながら、頭が冷えた私は薬入りのパイを渡すかどうかを思い悩んでいた。今更やっぱり作ってきてないと言えば、彼は怒る事は無くとも絶対に落胆するし傷付くはずだ。けれども渡してしまえば彼は正気を失って、脳内は私に占められてしまうだろう。何故惚れ薬なんて混ぜてしまったのかと後悔しても手は止めていないから作業も着実に終わりに近づいていて、彼に贈り物を渡す時間も刻一刻と迫っている。ちらりと見た彼の顔は明らかに期待に満ちているし、渡せない等と宣告する選択肢は此れで消え失せた。
いつもより時間を掛けて手を洗いハンドクリームを塗って、冷蔵庫の中からアップルパイを取り出し彼の元へ向かえば、犬の尻尾が腰元に見えた気がした。クルーウェル先生の比喩は強ち間違ってはいなかったのだ。
彼は私が手にした箱を見て嬉しそうにしている。やはりこの薬入りのパイは渡さなくてはならないようだ。
「アップルパイを作ったの。冷えてるけど多分美味しいはず。」
「貴女が作った料理が不味かった事は今の一度も無かった。そんな心配はしてない。」
「そっか…。」
私の声は上ずっていた。愛しい恋人に薬を盛ろうとしているんだから当然だ。その恋人が薬入りの料理を口に含む時を心待ちにしている。罪悪感でいっぱいなのだ。
心の葛藤を他所に、彼はうきうきと箱を開き卵黄で艶めくパイを眺めて感謝の声を上げているではないか。食べて良いかと聞かれてしまえばYESという他無い。甘い香りのカスタードとシナモンで香りづけした林檎がたっぷりと入ったパイが、彼の薄い唇に吸い込まれていくのを、私ははらはらと落ち着かない様子で凝視していた。
そんな私に気付かず、彼は舌の上の甘味に惚れ惚れとしている。この場に居るのは私一人であるから、彼が窓硝子に写った自分の姿を見ない限りは、薬を口に含んだ今惚れ薬の対象になり得るの私だけだ。
動機が妙に激しくて、不快なほどに大きな音を立てている。
「やはり貴女の料理は格別だ。」
「ありがとう。」
これ程申し訳ないと思っていたのに、未だパイに注がれた視線が自分に注がれる時を今か今かと待ち侘びている自分に嫌気が差す。彼は私を大人の女性と称したが、こんな浅ましい思惑を抱く女だと知ったら軽蔑するだろうか。
伏せられた長い睫毛がふと上を向き、細い瞳孔が沈んだ瞳に自分の姿が見えた時、私は自分が妙に高揚している事に気が付いた。何とも言えない表情を浮かべた私を映す瞳は大きく見開かれ、アップルパイを味わった唇は気が抜けたように薄く開かれている。
此れは効き目が出ている証拠であり、彼は今私に見とれているのだろう。魔法薬の授業で一番だった自分の腕は伊達ではなかったと自画自賛したのも束の間。彼は甘い言葉を吐く訳でもなく、手を握るでもなくそそくさとまたアップルパイに手を付け始めたのだ。
予想外の出来事に心の内は波立って動揺していたが、明らかな異常を見せては怪しまれるので平静を装ってそれとなく彼に問う。
「あの、セベク君。…体調悪かったりしない?」
「何故だ?至って健康だが。」
「そう…?それなら良いんだけど。」
何も良くはない。彼に異変が無いのなら私の惚れ薬は失敗作だったという事になる。あれだけ自信満々に渡した薬が実は30時間煮込んだだけの無害な水だったなんて、ロアに何と謝れば良いのだろう。私は小さく溜息を吐いて、彼の口元に運ばれていく自作のパイを眺めるしか無かった。
落胆していたナマエの一方で、セベクは困惑していた。失敗したと思っていた彼女の惚れ薬の効果は覿面で、彼は腹と頭を包む熱に戸惑っていたのだ。視線を隣に腰掛けている人物に移した瞬間に、女神よりも美しい女が視界に飛び込んできたのだから無理もない。実際には彼女の容姿は変わっては居なかったし、セベクの目にも普段のナマエに見えているのだが、彼女への愛おしさが高潮しそう感じさせていたのだ。其れに加えて彼女が自身の様子を伺おうと覗き込んでくるものだから、彼は学び舎という神聖な場所ではしたなく劣情を催していた。
アップルパイを食べ終えて、当初の予定では穏やかに二人きりの会話を楽しむつもりであったにも関わらず、セベクは直ぐに大食堂を後にした。何故パイを食べただけで発情しているのか自分でも分からず、動揺すると同時に自分を嫌悪していたのだ。そして其れを愛しい彼女に悟られたくなかった。
彼女の側から一刻も早く離れたくて鏡の間へ続く寒々しく暗い廊下を急ぎ足で歩んでいると、後方から今一番聞きたくない、耳に入れるべきではない声が聞こえてきて、意思に反して彼の足はピタリと止まる。
「セベク君。…大丈夫?」
「大丈夫だ。」
全く大丈夫では無かったが、そうでも言わないと彼女はまた美しい顔を近づけて自分を心配すると分かっていたので嘘を付くしか無い。けれども彼の思惑とは反対に、ナマエは彼の袖口を掴み、引き寄せて黒曜石の様に深い黒色の瞳で自身を覗き込んだ。其の表情は熱浮かされたセベクの情欲を掻き立てる。今日の彼は異常だった。女神のように美しいと感じる女に惚れ薬を盛られていたからだ。
彼は袖口を掴む彼女の手を反対側の手で強く握りしめ、誰も居ない廊下の石壁に縫い付け梅肉色の唇に喰らいついていた。普段の彼は紳士的で、了解を得ずに口付けするような男ではない。何度も言うが彼は惚れ薬を盛られている。喉の奥から漏れる苦しそうな声も、二人の間に響く粘膜が触れ合う水音も、薬のせいなのだ。しかし彼自身は何のきっかけも無く無様に発情していると思いこんでいるのだから何とも哀れである。
口付けを繰り返しながらセベクの掌が彼女の腰に振れた時、背に回された彼女の小さな掌がぽんぽんと背を打つので名残惜しくも唇を離して、荒い呼吸を整えながら彼女の顔を眺め見る。薄暗いこの場所でも紅潮した頬は確りと彼の瞳に写っていて、更に彼は高揚した。
対してナマエは、彼の行動が自分の薬のせいだと知っていたので酷く焦っていた。このまま廊下でこんな行為を続けては誰の目に触れるとも分からない。それにこの勢いではキスだけでは済まない予感がしていたのだ。
「ねえ、あのね。私貴方に言わなきゃいけない事があって…。」
「後じゃ駄目か?…今日の僕は何かおかしい。貴女を、」
「分かってる。でも駄目なの。セベク君がそうなってるのは私のせいだから。」
「貴女の魅力が僕にこうさせてると?」
「違う!私の薬が貴方をおかしくしてるって事!」
突然大きな声を上げられたものだから、脳に掛かったモヤは一気に晴れ、彼は正気を取り戻した。眉を下げている彼女を呆然と見詰めていると、先程まで喰らいついていた柔らかい唇から漸く劣情の正体が明かされた。
「実は、アップルパイに惚れ薬を入れていて、それで…悪気は無かったのごめんなさい!」
「ほ、惚れ薬…?」
「同僚に頼まれて作った物が余ってて…。昨日セベク君に会った時、私クルーウェル先生と話をしていたでしょ?あの時貴方との関係の話をされてパニックになっちゃって…。今日冷静になって、貴女に食べさせるのはやめようと思ってたんだけど楽しみにしてくれてるみたいだったし無いとも言えなくて。本当にごめん。」
恋人に惚れ薬を盛られた魔法士など彼は一人として知らなかったが、唐突に発情した訳ではないと分かりひとまず心が休まった。自分が変態ではないと気付くことが出来たからだ。
ほっと胸を撫で下ろしている間も彼女は謝り通しで、リリアより極東に伝わる最上の謝罪であると聞いたことが有る“土下座”をしそうな勢いであった為に、華奢な肩を引き寄せて胸元に抱き込み彼女を宥める。
「怒っては居ないし衝撃で薬の効果も落ち着いた。もう謝らないでくれ。」
「でも恋人に惚れ薬を飲ませる魔女なんて居ないわ。情けない…。」
「確かにそれは僕も聞いたことが無いが…。」
「ほらね。私は魔法界で一番間抜けな魔女なんだ。」
「僕の恋人を悪く言うのはやめてくれ。それよりも強引に、その…口付けをしてしまって…。」
「それはいいの。恋人だから。もう体調は大丈夫?」
「心配無い。」
「そう…?それじゃあ仕込みが残ってるから私は食堂に戻るけど、明日も具合が悪かったら薬を作るから言ってね。」
後ろ髪を引かれる様子で名残惜しそうに離れていった彼女を眺めながら、セベクは顳顬に一筋の汗が伝うのを感じた。効果は薄まったとはいえ完全に切れたわけではなく、彼の熱は未だに腹の奥で燻っている。
踵を返して鏡の間へ向かう道すがら、量に戻るまでにこの熱を鎮めるべく、セベクはこの間マレウスに聞いたガーゴイルとグロテスクの違いを頭の中で説明しながら心頭滅却に励むのだった。