頽廃の毒婦

 電子煙草の水蒸気が天井に煌めく月へ向かって高く高く昇っていく。少し燻したような香りを纏う涼やかな風が身を包むシーツから覗く汗ばんだ肩を撫で、何もない空間へと誘われていった。
 惰性で煙草を燻らす私の隣では、つい先程まで身体を重ねていた男が古い表紙の本を捲っている。ページに視線を落とす横顔は普段通りに無表情であったが、彼も私と同様にシーツ以外を纏わない。筋肉の隆起する滑らかな肌は汗でしっとりと濡れていて、癖の無いさらさらとしたブロンドは僅かながらに乱れ、先程までの熱い情事の影は色濃く残っていた。
 彼は美しい。顔の造形はさる事ながら私を組み敷く若々しい肉体は、世界中のどの絵画や彫刻よりも精悍で光り輝く完璧な美を湛えている。雄々しさと繊細さが溶け込んだ此の男以上の容姿を持つ人間を、私は今までに見たことが無い。
 彼から月へ視線を移し、肺に達した白煙を上方へ向かって細く吐ききりってからゴミ箱に向かって本体から抜いた使用済みのヒートスティックを放る。焦げた其れは放物線を描いて、熱の残滓の尾を引きながら入るべき穴へと吸い込まれていった。
 全身に纏わり付く気怠さとニコチンによる恍惚で意図せず落ちていく瞼の隙間から煌々と光る月を仰ぐ。唯一聞こえるのはデイビットの指先が繰る紙の音だけで、仄明るい空間は自身の耳鳴りすら聞こえる程の静けさに包まれていた。

「好きな人が出来たんです」

 何も静寂を苦痛に感じたから此の言葉が溢れた訳ではない。今夜部屋に招いたのは、顔を合わせる為でも身体を重ねる為でも無く、此処まで続けてきた不健全で不潔なこの関係に終止符を打つ為である。恋人のように身体を重ねても私達は恋人同士では無い。お互いの肉体と性欲の解消のみを目的とした淡白な関係である。本当は衣服を脱ぐつもりもなくて「もう会わない」とだけ告げ、あの煙草のように用済みだと捨てる筈だった。如何に見てくれが良かろうが所詮は道具に過ぎない。男など、吸い殻と同様に不要になったら手放すのが一番なのだから。
 しかし長らくそうしてきた為に、この男と二人きりで密室に居るだけで身体は疼き、頭の中では止めようと思いつつも結局は動物の様にお互いを貪りいつも通りの夜を過ごしてしまったのだ。ゆっくりと首を捻り嘘臭い笑みを貼り付けた顔を彼に向ければ、彼はかさついた紙に落としていた視線を此方に向けて蝶の羽ばたきの様にゆっくりと瞬きをして見せた。
 長い睫毛に縁取られた瞼に見え隠れする彼の瞳は、初夏の夕焼け色をしている。瞳孔に近付くにつれて薄くなる紫は目が離せない程綺麗なのに何処か恐ろしい。

「オレ以外にも情を通じた男が居たのか」

 やや有って漸く彼が放ったのは予想打にしない台詞であり、何を言われるのかと怯え背筋を冷やしていた私は思わず息を漏らして薄く笑ってしまった。

「そんなに器用じゃないですよ。彼は違います。でも言ったら多分笑われるので言いません」
「笑うかどうかは言ってみなければ分からない」
「…一目惚れです」

 今度は彼が息だけで笑う。嘲り程棘の無い、言うなれば昼間に再放送しているチープなサスペンスドラマを見た時の様な、事後に適当な話を聞かせた時に出るのと同じ笑い方だった。

「ほら、笑った。くだらないと思ったんでしょう」
「ああ、くだらないな。愛や恋などという感情は生物としての本能に見目良い包装を施した紛い物。謂わば幻想だ」
「一目惚れも幻想だと?」
「最たる物だ。そんな物は単なる欲情に過ぎない」

 エメラルドグリーンの箱からヒートスティックを取り出し、本体にセットしてスイッチを押す。細い本体を握る指が僅かに震えていた。“紛い物”という言葉は、人が持つ感情に対して放たれたものだとは分かっているが、鋭利な胸を抉った。私達、否私という人間が“紛い物”に正しく当て嵌まる存在だと分かっていたから。
 男に利用されるだけの人生を送った、男に依存しなければ生きられない母の様な女になりたくなくて、私は男を利用する為にコンプレックスを隠す為に好きでもない化粧とファッションで身を包み、時には嘘まで吐いて見栄を張った。出会ったばかりであるにも拘らず馬鹿な男達は、着飾った私を持て囃し一国の皇妃の様に敬って機嫌を取ろうと必死になった。利用されるだけ利用されてボロ雑巾の様に捨てられて「捨てないで」と懇願しながら足元に縋り付く様が何とも無様で、母はこんな生き物に依存していのかと呆れながらも酷く気分が良かったのを覚えている。だからこそ、自分自身が虚勢と虚飾ばかりであるという事実から目を逸らす事が出来ていた。本当の自分などとうの昔に見失い燻らす煙草も燃えない偽物で、天井の月は只の照明であるし、室内を泳ぐ夜風すらも焚きしめた香を乗せたエアコンの風。そして一目惚れなんてしてしまう。自分が偽物なら取り巻く全ても偽物で、目に付く所には本物など一つも無い。“紛い物”だ。

「じゃあ六歳の女の子がクラスメイトに一目惚れする心理も単なる欲情だって言いたいんですか」
「繁殖のための本能だな。本能とは、脳で考える物ではなく生まれた瞬間から備わっている性質なのだから年齢は関係ない。六歳だろうが性交を知らなかろうが動物だろう。本能に支配される生き物とは哀れなものだな」

 無粋な男だ。重ねた身体は熱く、脈打つ血管も滲む汗も浅く吐き出す呼気も情熱的であるのに、全てを俯瞰し突き放した物言いをする。
 確かに人間は動物だし、本能や欲求で衝動を突き動かされる事は有るだろう。しかし畜生とは違い、人には思考する脳と衝動を制御する理性、そして彼が本能と同意だと示した感情が確かに存在している。幼稚園児がクラスメイトに一目惚れするのは決して繁殖の為では無い筈だし、美術品に心を動かされるのは欲情などではない。瞼を細めて睨めつけても彼は意に返さず、静かに私を観察している。自分も其の人間だろうに何処までも他人事で、天上から世の中を眺める月の如く高慢で冷ややかだ。

「おまえが其の男と番うのならこの関係は終わるな」
「其の程度の倫理観は持ってるんですね。もしかして寂しいんですか?」

 加熱が始まった煙草を口元に運び、フィルターを咥えて彼を見遣る。番うと言う動物的表現を用いたのはわざとだろう。本能を人間らしい感情だと勘違いしている私を苛んでいるのだ。

「…そうだな、おまえを手放すのは惜しい」
「あはは!おまえじゃなくておまえの身体でしょ」

 小馬鹿にされた仕返しを込めて笑い飛ばせば彼も薄く笑っていた。彼が本を寄せたから吸い殻を引き抜いて手探りに放り投げる。もう眠る時間だ。
 慎ましい照明に濡れた、二度と触れる事は無いだろう見事な肉体に一度だけ視線を向け、瞼を閉じれば私の意識は夜の匂いに包まれながら直ぐに深い闇の底に誘われた。



「名前さん」

 彼の声に振り向く時はいつもこういった顔になる。“こういった”とは、喜びに綻んだだらしない表情だ。時間を掛けて結い上げた髪の毛と、口紅の色も変えた。返事は決まって「こんにちは」。言葉数は少なく努め、言葉選びにも気を使った。彼は清楚で控えめな女性が好みだと聞いていたから、煙草も止めて彼の好みの女を演じて距離を縮めたのだ。初めて彼を見たあの日から、同僚を使って繋がりを作り偶然を装って何度も彼との接触を図った。思いを告げて結ばれた後も、新たな虚飾を纏い続けて彼を喜ばせた。努力の甲斐あって“自慢の恋人”と言う称号を得た今、私は人生で初めて健全な幸福感を味わっていた。
 彼は愛らしい。甘い物に目がなくて、コーヒーは牛乳と砂糖をたっぷり入れなければ飲むことが出来ず、いつも吐くほど甘いカフェオレを飲んでいる。容姿は決して美しいとは言えないが、見てくれなど如何でも良かった。彼の笑顔は燦然と輝き地表を照らし暖める太陽のように、嘘まみれの私を受け入れてくれる。誰にでも分け隔てなく優しさを与え、見返りなど求めない心の清い人。交際を初めて数カ月経つと言うのに口付けすらできない初心な男だった。今まで私が喰い物にしてきた馬鹿な男達とは違う。裸で男に触れている間はするすると動くこの唇は、余計なことを言わないよう密やかに閉ざされ微笑みを浮かべるに留まっている。
 今や私の世界には彼しか居ない。情婦の馴れ馴れしさなど形を潜め、初々しい女学生のように清純な振る舞いしか出来なくなる程に彼に夢中だった。

「今夜、一緒に映画見ませんか?…私の部屋で」

 賑やかな食堂の一角でオムライスを口に運ぶ彼に掛けた言葉に、其の言葉以上の意味は無い。浅ましく快楽のみを求める畜生の様な生き方はもう捨てたのだ。
 彼はにこやかに、二つ返事で了承した。

 自分の部屋に招くなんてはしたない真似はしない。「君の好きな映画を見よう」と言ってくれてた彼に従い、カラーボックスに仕舞い込んだコレクションの中から彼の自慢の恋人が好きであろう恋愛映画をピックアップして彼の部屋を訪ねた。制服を着替えて薄手のブラウスに短すぎないアイスブルーのスカートを纏い、踵の低いパンプスを履いていった私の選択が正しかったのかは、出迎えた彼の嬉しそうな様子を見れば瞭然だろう。
 招き入れられた部屋の中は、ダーツ板やらアメリカンコミックのヒーロー(其の界隈に明るくない為正しいのかは分からないが)のフィギュア、車の模型などが乱雑に置かれた彼だけの空間である。物珍しさから忙しなく視線を彷徨わせて居ると、クッションの多いベッドの上をぽんと叩いて誘うものだから、時間を掛けて選び抜いたパンプスを脱ぎ捨てて足取り軽く彼の側へとすり寄る。夢想家の彼は天井の照明は付けずに枕元の間接照明のみを照らし、恋人達の夜に相応しい密やかな雰囲気を作り出していた。
 ディスクをセットし流れ始めた映画の内容は、友人に押し付けられて嫌々ながらも一度見たはずであるのに一切覚えていない。物語が架橋に入り、フィルムに焼き付いた紛い物の恋人達はあたかも現存していて感情が有るかのように情熱的に唇を交わしている。ちらりと彼を盗み見れば、ディスプレイの白い光に潤む瞳は彼らに釘付けられて居た。
 男と女の情事を此れ程までに美化する意味を、彼に出会う前の私であれば理解する事は出来なかっただろう。
 愛や恋は美しい。紛い物だろうが其の感情は確かに存在していて、本能という抗えない衝動ではなく、人間という生き物の胸を沸き立たせている。
 不意に、彼の指が腕に触れた。彼は私を見詰めている。其の瞳は暗闇を舐る篝火の様にしっとりと色情に潤んでいた。

「キス、してもいいかな…?」

 緊張で震え上擦った彼の言葉に頷いて、女優と同じく瞼を伏せ顎を持ち上げる。シャツ越しの肩に触れる温かい掌と、顔が近付いてくる気配に、下着とシャツに包まれた小さな膨らみが緩やかに跳ねて、耳の奥では豪雨の後の大河に似たごうごうとした音を立てて激しく血が駆け回っている。
 ゆっくりと重なった彼の唇は、温かくて甘かった。彼が愛用している香水のクローブが鼻腔を擽り肺に満ちる。頭蓋の下を這い回る微睡みに似た悦に、私は次の展開を期待していた。熱い掌が時間を掛けて肩から胸元の釦へ移ろう。包装紙を痛み慎重にプレゼントを開けるように、もたつきながら外されていくシャツのボタンがもどかしい。
 露になった首筋に唇が触れ何度か啄んだ後に、下着に包まれた膨らみを厚い舌が蛞蝓のように舐り、下着の隙間から差し込まれた指が張り詰めた乳首を掠めて身体が跳ね上がった。

「気持ちいい?」
「ぇ…あ、」

 確かに心地が良い。胸が高鳴り身体中が歓喜している。けれども欲情はしなかった。彼に抱かれたいのに、求める物は別にある気がするのだ。
 感情の剥離に困惑し上の空で返した反応を快感の喘ぎと勘違いしたのか、彼は嬉しそうに笑みスカートの中へ手を滑り込ませる。柔い内腿をするりと撫でた後クロッチの中心をなぞって私の顔を伺うのだが、曖昧に微笑むしか出来なかった。

「濡れにくいんだね。舐めてあげる」

 ショーツが抜き取られ膝の裏に手を掛けて足を割り開かれた陰部は、彼の言う通り僅かたりとも潤んではいない。陰唇を這う舌は見当違いではない筈なのに、幾ら粘膜に強く押し付けられても僅かに擽ったさを感じる程度であり、其れは彼の陰茎が挿入されても同じ事だった。
 不慣れなのだろうとは思うが決して下手な訳ではない。彼が奥手である事も承知であったから、過剰に期待していたわけでもない。彼に触れて貰う事こそが目的だったのだし、其の目的は既に達成されているのだから満足して若かるべきなのに、何故気落ちしているのだろう。理由は分かっていた。足りないのだ。愛しているのに身体は彼ではなくて違う男を欲している。
 結局私は絶頂を迎える事無く「気持ちよかった」と嘘を付き、発散できずに居る欲求を抱え悶々としたままでは眠れる筈もなく、彼がシャワーを浴びている間に下着とブラウスだけを身に着け部屋を抜け出した。
 リノリウムを踏む裸足は埋め込まれたヒーターで生温く、先程の不完全なセックスを思い起こさせる。こんな格好で行く宛など何処にも無いのに、私の歩みは留まらない。この蟠りを解く事が出来る人物を私は知っていたから。
 居住区画の扉は代わり映えしない鈍色の鉄製であるのに、此の部屋の入り口だけは鬱屈とした氷土の冷たさを持っている。今直ぐ踵を返して彼の元に戻らなくてはならない。扉を開けてはいけない。あの男に会ってはいけない。頭で分かっていて罪悪感を抱いているのに身体が動いてしまうのは何故だろう。此の答えはデイビットが知っている。

「どうした」
「さっき、彼と初めてセックスしたんです」

 ベッドに横たわり端末に落としていた瞳を此方に移した彼に向けたうわ言は霞のように静謐に融けた。弱々しく情けない此の声が自分の口から漏れ出した物だと信じたくなかった。男に弱みを見せた事など今までに一度だって無いのだ。いつでも気丈に振る舞い余裕を見せて手綱を握ってきたのに、縋り付くような声を出している。
 デイビットは端末に視線を戻し、興味の無さそうな顔で溜息を吐いた。

「おめでとう。そんな事を言いに態々来たのか」
「違う、違うんです。彼のキスは優しくて、硝子細工に触れるみたいに慎重に私の身体に触ったんです。愛されてる実感がありました。少しかさついた皮膚を介して伝わる温もりも、少し汗の混じったクローブの香りも愛おしくて仕方がなかった。あの瞬間、私は間違いなく幸せでした。でも…駄目だったんです。満たされなかったんです。今までこんな事無かったのに。男は飽きたら変えてたし、執着した事なんて無かったのに…!初めて出来た好きな人に抱かれても、只の道具でしか無かった貴方の事ばかり思い出すの…!」

 握り込んだ掌に爪が食い込み、流れ出た血が床を汚す。彼の部屋とは違い最小限の物しか無い整然とした室内は、声を荒げて一通り喚き散らし浅い呼吸を繰り返して涙を零す私を拒絶するように静まり返っていた。静寂が痛くて顔を上げれば、黙って私を見ているデイビットと目が合った。
 彼は手にしていた端末を放り徐ろに立ち上がると、いつまでも入り口に立ち尽くしている私に歩み寄りブラウスごと襟首を捕んで、乱暴に唇を奪った。歯がぶつかって脳が揺れ、唇が切れて唾液に血が混じっている。
 甘さや愛情の無い情欲に塗れた口付けは痛いばかりなのに、濁った欲で腹が満たされていく感覚がした。私が求めていたのは愛おしいクローブの香りではなく、欲を煽るこのムスクの香りだった。
 首元と腰に回された手が私の身体を文字通りベッドに放り投げ、路上で干上がる芋虫のように脱力した身体に彼の厚い屈強な肉体が伸し掛かる。取り去る時間も惜しいとばかりに上に押し上げられた下着から覗く乳房に歯を立てられながら、音もなく滑り込んできた指を易々と飲み込んだ膣口は先程の口付けだけで夥しい蜜を吐いていて、外側の陰唇を超えて内腿までもをぬるぬると淫靡に光らせている筈だ。

「十分に潤っているな。おまえは口付けをあまり好まないと思っていたが」

 気遣う言葉も淫靡な台詞も要らない。身体の芯が燃え上がる激情を齎す私の快楽のつぼを知り尽くしているのだ。
 彼が嘲笑と共に私の泥濘から指を引き抜き衣服を脱ぎ捨てている間、もどかしさよりも此の後に訪れる快楽への期待と興奮で胸が張り裂けそうな程に膨らんでいた。露になった肉体には筋肉の隆起で出来た溝に陰が落ち、白磁の彫刻よりも麗しく雄々しい魅力を湛えている。しくしくと収縮する臓腑の切ない痺れに顔を顰めている私を、天井の照明から齎された逆光を浴びて見下ろしている。爛々と燃える瞳だけが異様に光り、其の姿は闇に潜んで獲物を狙う狼を彷彿とさせた。猛々しく天を向いた脈打つ肉に手を添えて、盛りの花弁の如く開いた膝の間に割入って張りの有る先端を濡れそぼった蜜壺へ埋めていく。待ち焦がれた禊は、先端が入っただけでも達してしまいそうな程に熱く猛っている。焦らすようにゆっくりと侵入した肉が無遠慮に最奥の唇に吸い付いた瞬間、彼の大きな掌が腰を掴み抽挿が激しさを増す。肉壁は禊を逃すまいときつく締め付けた。

「あ"ァッ、デイビ、ットさ…っ、ン"ッ」
「ふ、ッはは…!いつもより良さそうだな」
「そこ、ッ…好き、もっ、と…ぉ、」
「知っている、ッ…おまえの事なら、誰よりも」
「ァ…っ、ン"ッウ」

 可愛げのない呻き声を上げながら粘膜同士が触れ合う粘性の高い水音を聞いていた。胎を突き破らんと打ち付けられる陰茎は内蔵を揺らし苦しさに嗚咽を齎したが、頭頂から爪先へ駆け巡る快感の波の前では些事である。腰の動きはそのままに柔らかい指の腹で刺激されれた陰核は甘美な痺れを催して私を絶頂へと押し上げた。

「い"ッ、くぅ…!」

 無様な咆哮と共に全身を跳ね呆気なく達してしまった私を、腰の動きを止めたデイビットは未だ反り立ち脈打っている陰茎を引き抜いてから起き上がらせて身体を反転させ四つん這いの体勢を取らせた。犬のように荒く息を吐きながら尻を突き出し晒された快感の波が引かずにいる膣へ再度蓋が嵌まる。反り立った陰茎が膣壁の敏感な部分を擦り上げた瞬間に尿道が緩む感覚がして、結合部から透明な緩い液体が玉の様にぼたぼたと流れ出す。露が腿を伝い落ちシーツを濡らして、接地している膝が生ぬるくて気持ちが悪い。

「これ…っ!これじゃなきゃ、だめッ、なの!やだ、ァ"、あンたの、せい…っ!」
「今日は、ッ良く喋るな、」
「ぅア"、ぁン!…あ"ぅッ、おくっ、もっと、ぇ…ッ」 

 茹だる頭で、嘗て彼が吐いた台詞を思い出していた。人間は本能に支配される生き物だと言う彼を否定したが、今の私は正しく本能に支配されている。「支配される屈辱」よりも、メスとしての「支配される喜び」が勝った“哀れな生き物”なのだ。あられもなく恥部を晒して蹂躙され、陵辱される事を幸福に感じている。
 深く打ち込まれた陰茎に打ち震え放たれた白濁を搾り取ろうと膣壁が収縮したと同時に、ベッドに付いていた腕が折れて上体が崩れ落ちる。脳が融けて涙腺から漏れ出るみたいに、何故か涙が止まらなくて、疲弊した私は禊を咥え込んだまま眠りに落ちてしまった。

 翌朝、デイビットの部屋から出てきた姿を私を探していた彼に見られ、当然の様に振られた。別れの言葉は穏やかであったが、向けるヘーゼルの瞳は軽蔑一色に染まっていた。扉の前で立ち尽くし、涙も出ない程に衝撃を受けていた私の後ろでは、扉の向こう側から一部始終を聞いていたのだろうデイビットが喉を鳴らして笑っている。

「おまえは本能に従っただけだ」

 穏やかで肯定的な台詞は、私を慰めようとしているのではなく嘲笑っているのだ。けれど嘲りに対する怒りや不満は私の中には無い。虚飾も虚栄もかなぐり捨てて本能のままに男を求めた私は、此の人生で初めて“本物”になれたのだ。
 だって、彼に別れを告げられて絶望している間も、白濁と愛液の混ざった温い液体が緩くなった膣口から流れ落ちる感覚に快楽を感じていたのだから。
 後ろから腹に回された太ましい腕に抱かれ、再び室内へ引き込まれた私は、表情に笑みを湛えている。首筋に噛みつかれた瞬間に下腹部に走った痺れは、名前としてのデイビットへの恋心などではなく、優秀な遺伝子を取り込んだメスの疼きだ。
 デイビットは私が此処に戻ってくる事を知っていたのだろう。最初に身体を重ねた時、お互いの唇が触れた瞬間に享楽という首輪を嵌めたのだ。
 きっとこの先、私は此のオスにずっと繋がれている為に必死で取り入ろうと足掻くだろう。衝動と本能を突き動かし、悦びを孕ませる番を逃すまいと藻掻き生きる。
 奇しくも、男が居なくては生きていけなかった母親のように。