白い吐息も召し上がれ

※謎次元及びちょっとアナ→カドなので閲覧注意


 普段、カルデアの中は、窓の外に見える吹雪を微塵も感じさせない暖かさに保たれている。それは施設内のどの空間も同じで、私の部屋も例外では無い。

 しかし室内は冷え切っていた。
 その冷たさは氷雪のマントを纏い、煌めく銀糸の髪を冷気で揺らす皇女の物だ。
 彼女は、かの有名なアナスタシアニコラエヴナロマノヴァ 。最後のロシア皇帝 ニコライ2世の第四皇女であり、一家共々銃殺された悲劇の女性である。
 何故そんな高貴な女性が一塊の庶民である私と同じ場所にいるのかと言うと、彼女は人理焼却を防ぐ為フィニスカルデアが抑止の輪より喚び寄せた英霊であるからだ。
 私の部屋にいる理由は分からない。こっちが知りたい。

 いつもの様にシフトを終え食事をしてから自室に帰って来たら皇女が私のベッドに座って置物のようにじっとしていた。
 ロックした筈であるし部屋は寒すぎるし、何より私は彼女があまり得意ではなかったのでドアを開けた時の格好のまま暫く動きが止まってしまった。

「…遅かったわね。」

 いつまでも部屋の外でぼんやりしている私に痺れを切らした皇女が声を上げる。遅かったわねって一体何時から此処に居たのだろうか。しかしサーヴァントとはいえ彼女は皇女。そしてこの少女は浮世離れした煌びやかな雰囲気を纏っていて、彼女を前にする度に「粗相をしてはいけない」と本能が言うのだ。私は、自室であるのにも関わらず何時もとはまるで違って見える室内にそろりと足を踏み入れ、閉じた扉の前で俯く。

「此方に来ることを許可します。」

「はい。」

 お許しが出たところで彼女の側に寄り、視界に彼女を入れない様に注意しながらベッドの近くに設えたデスクから椅子を引っ張り腰掛ける。其れを見ていた皇女が「ふぅ。」と小さく息を漏らしたのが聞こえて来た。

「わたくしが此処に来たのは他でもありません。貴方に聞きたい事があるのです。」

「…私に答えられる事でしたら。」

「わたくしの知る限りでは貴方にしか答えられない事よ。」

 わざわざ皇女たる彼女がただの職員である私に聞きに来た事とは一体なんだろう。そして私にしか答えられない事とは…。自身の膝に視線をやりながら考えていると、彼女は一度咳払いをして何だか言いづらそうに言葉を紡いだ。

「貴方は…どうやって彼と恋仲になったのですか。」

「…は?」

 私の聞き間違いでなければ彼女は今「恋仲」と言った。私の恋人とは、彼女のマスターであるカドックゼムルプスと同じチームにいるデイビットの事であるが、彼女が何故それを知りたがるのか全く見当もつかず、素っ頓狂な声が漏れ出てしまった。大変不敬である。

「皇女様、顔を上げてもよろしいですか?」

「許します。」

 白銀と金の装飾が美しいドレスを抜け、その尊顔を窺えば、彼女は非常に決まり悪そうに視線を逸らし白い頬を桃色に染め上げていた。なんで?
 私の恋人=デイビットの話をしてこのリアクションをするという事は。

「皇女様はデイビットの事が好き…?」

「デイビット…?何方かしら。」

「あ、違う…。」

「わたくしが貴女に聞きたいのは、意中、いえ、気に入っている殿方と、恋、その…そう、親密な関係になる為には何をしたら良いのかという事です。」

「…失礼を承知で簡単に纏めさせて頂きますが、皇女様には好きな人がいて、その人の恋人になりたいと言う事でしょうか。」

「…。」

 混乱し、捲し立ててしまってから少しデリカシーに欠けていたかもしれないと反省する。彼女は何度も言葉を選び、言いづらそうにしていた。現に私の言葉で皇女の表情は更に強張っている。此れは皇女から庶民への御言葉ではなく、女性から女性へ対する恋の相談なのだ。

「ええと。宜しければ相手を伺っても?」

「其れを聞く事は許可しません。」

「…分かりました。では何故私に聞こうと思ったんですか?」

「わたくしの周りに恋人がいる女性は貴女しか居なかったからです。マスターの友人の恋人なのでしょう?」

「まあ…。でも私では役不足かと。デイビットのところに行きましょう。私に目を付けて言い寄って来たのは彼なので。」

「良いでしょう。」

 拒否されるかと思っていたのでその反応は意外であった。そして彼女の思い人の正体も、先程は混乱して見当違いな名前を出してしまったが、冷えた私の頭には正しい答えが浮かんでいる。皇女の気が変わらないうちに行動するが吉とばかりに立ち上がり、皇女の支度を待って部屋を出た。

 マスター及び候補生の自室は一般居住区画の階上にある。移動の間にすれ違った人々からの視線が痛かった。一般職員である私が「あのアナスタシア」を引き連れて闊歩している様に見えただろう。時折振り返り、ゆったりとした彼女の歩調に合わせて歩き漸く辿り着いたドアをノックすると、聞き慣れた声が返ってきたので促されるが儘にドアを開き、皇女を先に通して部屋へと入る。
 私が入ってくるとばかり思っていたのであろうデイビットは、皇女を見て驚いた様子を見せた。そして読書をしながら腰掛けていた椅子を空けて皇女を座らせ自身はベッドへ移動したので私もその隣に腰を下ろす。デイビットから、説明を求める視線が送られてきたので、此処に来るに至った経緯を簡潔に伝えた。

「つまり恋煩いの相談に来たのか?」

「だって、私には分からないし。」

「参考になる進言が出来るとは思えないが。」

「所感で良いから。いつもの。ほら。」

「馬鹿にしてるのか。」

 彼は綺麗な顔立ちをしているが元々鋭い目付きをしていて人相が良いとは言えないのに、感情を顔に載せて至近距離で睨み付けられると綺麗な顔も相まってかなりの迫力がある。とてもじゃないが直視出来ず、直ぐに視線を皇女へ向け、彼女の言葉を乞うた。
 視線に気付いたのかそうではないのかは分からないが、私達の様子を見ているだけだった彼女は重々しく口を開く。

「貴方達の様に、時に甘く他の者が近付く事すら叶わない、2人だけがお互いを知る事ができる。そして気軽に寄り添えて触れ合える。そういった関係になりたいのです。」

「今のカドックとの関係は違うのか。」

 デイビットによって不用意に持ち出された名に、私も皇女も大袈裟に肩を跳ねさせ目を剥く。
 何故言う。私は、皇女は相手の名前を言いたく無のだと確かに伝えた筈だ。
 慌てて皇女を見ると、彼女は俯き涙ぐみ下唇を噛んで華奢な身体を戦慄かせている。その青さと涙に潤んだ瞳は氷河の様で、その下に見える頬は血が集まりいっそう赤く火照っていた。その様があまりにも哀れで、先程怖くて視線を逸らした事も忘れ私は彼の太腿をきつく叩いて大きな声を出していた。

「馬鹿!何で言うの!酷い!」

「…恋人を罵り手を上げるおまえの方が酷いと思うが。」

「皇女様にぶたれなかっただけありがたいでしょ。」

「其れに皇女がカドックに恋慕しているのはオレだけが知っている事ではないだろう。おまえも、」

「普通は心に留めておくものです。デイビットだって、自分の好きな人を周りに知られてたら恥ずかしいでしょ?」

「?何故恥じる。牽制になるのだからメリットこそあれどデメリットはないだろう。」

 私は、いけしゃあしゃあと謎の自信を持って言い張るデイビットに溜息をつき、未だ俯いたままの彼女に向かって声を掛けた。
 此処に居てはいけない。これ以上彼女の尊厳を踏みにじる様な事は出来ない。

「…皇女様帰りましょう。私のせいで辱める様な事をしてしまって申し訳ありません。」

「…いいえ、大丈夫。そう、わたくしはカドックと恋仲になりたいの。」

 気分を害したとばかり思っていた彼女から意外な言葉が発せられ、私は、はたと動きを止める。顔を上げた彼女の頬は未だ赤らんでいたが、落ち着いた面持になっていた。

「私達から見たらお二人はとても仲睦まじく、マスターとサーヴァントの関係以上に通じ合っていて心を許している様に見えるのですが。」

「ええ。現状、良い関係ではあります。でも彼がわたくしに向ける感情は憧憬と信頼であって恋慕ではない。」

「それはカドック自身の問題だ。オレ達にはどうする事も出来ない。」

「男をオトすテクニックとか仕草みたいなの無いの?デイビットが女の子にされたら嬉しい事とか。」

「おまえになら何をされても喜ばしいが他の人間に何をされても何も感じない。其処に存在しているとしか認識していないからな。」

「逆に私の何が気に入られてるのかわからないんだけど話が長くなりそうだから今度聞かせて貰うとして…ネットで見てみましょうか。」

 制服の上に着ていたカーディガンのポケットから端末をとりだし「片思い 男性 オトし方」で検索をかけた。誰かに履歴を見られたのなら勘違いされてしまいそうだがそうも言っていられない。一番上に出てきたurlをタップして開いたページの小見出しを声に出して読み上げた。

「‘3つ聞いて1つ返す’、らしいです。」

「心理学的観点から見ても理に適っている。人というの自分の話をしたい生き物だ。頷き肯定しながら話を聞いてくれる相手を好ましいと感じる傾向にある。」

「わたくしもカドックもあまり口数の多い方ではありませんから。普段は一問一答で会話をしているわ。これ以上減らしたら無言になってしまう。」

「じゃあ、‘目が合っても逸らさない’とか。」

「これも理に適っている。視線が合った瞬間にお互いを認識し、見つめ続けた方が相手の主導権を握る事が出来る。」

「既に主導権はわたくしにある筈です。わたくしはサーヴァントですが、彼はわたくしを敬い尊重してくれています。」

 皇女は既にカドックを掌握しているのでは無いだろうか。もう私達による助言は必要ない気がする。端末を片手に小さく息を吐くとデイビットも同じ気持ちを抱いたのか感情のない顔をしていた。そんな私達に気が付いたのか、皇女は静かに声を上げる。

「貴女自身の経験から、そういった案は無いのですか。」

「私ですか?うーん…。此処に来る前に付き合っていた人とは、さりげなく仕事を手伝って食事に誘って、回数を重ねて軽い贈り物をしたり、何やかんやでそういう雰囲気になって私から告白して交際が始まる。みたいな流れだったので、皇女様とマスターの関係にはあまり使えないと思います。」

 一般的に見ると男性経験が乏しく、他人にアドバイス出来る事など無いのだが皇女の頼みであれば仕方がない。過去を思い返してやっと絞り出した言葉に、何故かデイビットが反応していたが気付かないフリをした。皇女はというと、瞳を光らせ唇を少し動かしてから此方を見、意を決した様に言う。

「贈り物、ね。…決めました。わたくし、マスターに手料理を振舞うことにします。」

「とても良い考えかと。では、私は厨房を借りられる日を聞いておきますね。デイビットは、当日にぜムルプスさんの注意をひいて食堂に近づけない係に任命します。」

「拝命しよう。」

「皇女様、メニューが決まったら教えてください。食材を確認しておきますので。」

「献立は決まっているわ。祖国の伝統料理を。前菜にはブリヌィ、メインはビーフストロガノフとピロシキを、スープはシチーを作ります。」

「失礼ながら、ロシア料理に疎くて…。何を使いますか?」

「わからないわ。」

「…調べて用意しておきます。」

「宜しく頼みます。」

 私の言葉を聞き届け、皇女はマントを翻して霊気と共に部屋を後にした。緊張感から解放され、どっと疲れが襲ってきてデイビットのベッドに背を預け1つ大きく伸びをする。

「考えてみたら、ヨーロッパの王女よりも序列が高い位に居た方なんだから、手ずから料理をする事なんて無かったんだろうね。」

「大丈夫なのか。当日出てきた物が炭だった、など笑いたくても笑えないぞ。」

「…私も手伝うつもりだからなんとかする。」

 デイビットの懸念は尤もである。料理を全くした事が無い人間が4品も同時進行で作るのは至難の技だ。幸い私は人並みに料理が出来るのでレシピを調べて何度か練習し当日に臨まなくてはならない。

「それにしても、おまえがサーヴァントと交流を持っているとは意外だった。」

「ほぼ初めてお話ししたんだよ。部屋に行ったら皇女が私のベッドに座って待ってたの。私がデイビットの恋人だって知ってたみたいで、好きな人とお付き合いするには何をしたら良いのか聞きに来たんだって。」

「その程度の顔見知りに何故ここまで世話を焼く。おまえはあまり人付き合いを好まない性質だと思っていた。」

「実際その通りだけど、皇女様の気持ちが分かるし、恋なんてした事がないまま時代に飲まれてこの世を去った女の子が私を頼ってきたんだから、何かしてあげたいと思うのはおかしい事では無いと思うんだけど。」

 そろそろ私も部屋に戻ろうかと起き上がり立とうとした瞬間に手首を掴まれベッドに引き戻されてしまった。驚き、静止した本人に視線をやると、彼は眉間に皺を寄せて此方を見ていた。

「それはそうと、以前の恋人の話は初耳だった。」

「わざわざ言う必要無いと思って。デイビットだって居たでしょ?」

「言っただろう。おまえ以外は存在しているという認識しかしていないと。」

「それは此処での話であって、時計塔に居た頃とかその前とか、」

「無いな。恋愛自体興味がなかった。」

「へ、へえ。」

 元来他人に興味のない人間だとは思っていたが此処迄とは。私に気を使って過去の恋人や遊んだ女の話をしない訳でも無い。自分の恋人ながら彼と言う人間が未だに分からない。まず何故私に目を付けたのだろうか。其れは頑に教えてくれないし、今は彼の瞳の色が怖すぎるので聞かないけど。

「何度か食事に誘って贈り物をし、雰囲気をみて告白、だったか?」

「ひ、」

 デイビットは、低く潜めた声で言いながらじりじりと距離を詰め私の背をベッドに押し戻す。片手と腰ではバランスが取れず重力に従って身体が落ちていった。肩に添えられた彼の手が髪の毛を巻き込んで首に触れ喉の奥から声が漏れた。

「過去とは云え、妬けるな。」

 皇女にはとても教えられなかったが、あまりアピールしすぎると恋人を狼に変えてしまう事もある。相手の性質にも拠るだろうけど。私の恋人は間違いなくそのタイプで、皇女様もマスターの気性は知っておいた方が良いですよ。そうじゃないとピロシキの様にペロっと食べられてしまうから。私みたいに。