花瓶の花 01

「最初が肝心だよなァ」

 詠唱の後で燐光とつむじ風から産まれた男は口の端を引き上げ、咄嗟の事で反応しきれなかった女を地べたに抑え込みながら言った。間近に輝く濡れた琥珀は獰猛な光を放ち竹林で息を潜めて獲物を狙う餓虎のごとく鋭く、目の前の柔肌を貫く。濡羽の艶やかな髪の毛が頬や耳を擽るほど寄せられた顔は白く透明感があり恐ろしいほどに整っていてまるで女性の様であるのに眼下に見える分厚い筋肉に覆われた上半身には真紅の牡丹と堂々たる龍の刺青が施されておりその歪さは更に女を恐怖させた。自身の下で眼の縁に涙を溜めて震える様を愉快さを隠すことなくけらけらと笑いその頬に手を添えて頭を固定すると、武具を外した自身の指で女の唇をこじ開けて二本突っ込み尚も笑いながら口を開く。

「なんだァ、うんともすんとも言えないのか俺のマスターは。その貝殻みてぇな唇は飾りかねェ」

 口内をかき回し舌を引っ張る指に小さく呻き涎を垂れ流しながらも相手を睨めつける女は、魔術師らしい気高さを持っていたがこれから自分がどんな目に合うのかを想定し召喚者にのみ与えられ行使を許された令呪という手段を使う冷静さは欠いていた。また薄暗い工房で悲鳴を上げたり喚いたりしないのはこの部屋には幾重にも結界を張り巡らせている為外に声は聞こえないと、結界を張った彼女本人が良く理解しているからである。
 女の顔を見て顔色を変えた男は、自由に口内を荒らした指を銀の糸を紡ぎながらあっさりと引き抜くと、女の髪の毛を強く掴み引き揚げて上体を起こさせた。そこで初めて女は声を上げたのだ。

「ィ、痛いッ!なんなの?!」

「雉みたいないい声だな!気に入った!…ただ、反抗的なのは気に食わないねェ。マスターには“いい主”でいてもらわないと」

 男はすでに笑っていなかった。手近にあったテーブルクロスを裂き抱きしめるようにその太い腕を背に回して後ろ手に女を縛ってまた床に転がし、自分は女の足元へ移動して華奢で滑らかなその脚を手に取って持ち上げ品定めするように唸る。そして彼女が身に着けていた革靴も靴下も取り去って放り投げ、露わになった白い足に余った布を巻き付け始めた。何をしているのか、訝しむ気持ちが表情に出ていたらしく男はそれを見てまた口の端を歪める。

「纏足って知ってる?俺の時代じゃ足の小さい女がモテた。そりゃもう“ありえない小ささ”まで絞るんだ。物心つくかどうかの年頃にさァ、両親がこうやって布を巻いてな、グッと」

 突然両端を引かれた布が凄い力で足を締めあげ激痛とともに引き絞られる。石室中に女の悲鳴と男の笑い声が混ざり合って響いた。骨が軋み、圧力に耐えかねて折れたのが分かる。涙と嗚咽をこぼしながら自身の足を見やれば、包まれた中で折れた骨が皮膚を突き破ったのか白い布に血が滲んでいて眩暈を覚える。

「ウンウン、意外と一気に小さくなるもんだ。また綺麗になっちまったなァ」

「な、んで…やだ、あし、私の足、」

「言ったろ?いい主で居てもらう為。俺の居ないところで勝手な決断をする悪い主じゃ困るんだ。勝手に居なくならない様ににまずは足を潰す。大丈夫、あんたの足は金蓮まで絞り上げて俺の刺青と同じ赤い牡丹のかわいい靴を履かせてやるから。よかったなァ」

 泣きじゃくる女の頭を泣く幼子をあやす様に執拗に撫でまわして甘い声で囁くと、男はまた布の端に手をかけて引き絞り、その折に布が吸いきれなかった血がぼたりと床に滴り小花のような模様を描いて落ちた。
それにしても、とんでもないサーヴァントを引き当ててしまった。続々とほかのマスターがサーヴァントを召還していく中、女は未だ召喚されていないキャスタークラスに目星をつけて此度の儀を執り行ったのだ。それがどうだ。この男は絶対にキャスターではない。魔術師は冷酷で残虐だがこんなに力に任せた無駄な暴力は振るわない。それに此奴の触媒はいったい何だ。こんな狂った英霊がいるなんて聞いていない。余裕もないのに女は思った。

「わァ、痛そう。でも布に血がしみてお花が咲いてるから見てみなよ」

呑気な声を耳に、ギリギリと圧迫されその度に足に与えられる激痛に女は叫び続けたが遂に意識を手放した。沈みゆく意識の隙間で、さてこれで楽になれると思ったのもつかの間、頬に走った新たな鋭い痛みで引き戻される。目を開くと悲痛な面持ちでこちらを見つめる男の顔が間近に迫っていて女は完全に目を醒ました。

「なんで寝るの」
「ぁ、」
「気絶してんじゃねぇよ!!あんたの為にやってんのにさァ!!ホントは爪先切り落とした方が手っ取り早いんだよ。でもそれやったら出血多量であんた死ぬかもしれないだろ?だからこうして俺が丁寧にやってやってんのに…!!!」

頭を抱えて泣きながら息を荒くして激昂する男が恐ろしくてたまらない筈であるのに、女は彼から目を離すことができずにいた。疲弊しきった身体が目すらも動かしたくないと言っていたのも原因の一つではあるが、すべての行為を差し引いてもそれ程までに男の容姿は美しかったのだ。

「もう痛くないだろ?感覚なんてないよな。こんなに小さく折りたたまれて、きっと中の骨も肉も神経もぐちゃぐちゃだろうなァ。でもあんた、ほんとに綺麗だ。この足じゃまともに歩けないから、幼児みたいにたどたどしく一歩一歩気を付けて歩くのがまた可愛いんだよなァ。俺なしじゃ何処にも行けない。でも俺が便所だって風呂だってどこにでも連れて行ってやるから心配なんてないだろ?…そうだな、暫くは熱で苦しいだろうから、良くなるまでちゃあんと面倒見るからさ。元気になったら今度は喉を潰そうか。勝手に外で約束できないようにしないと。何かものを話す時は、いちいちその可愛い唇を俺の耳元に寄せて囁くんだ。そうしたらあんたの言葉を俺が代弁してやる。な?完璧だろ?」

 女は脂汗と涙や鼻水で顔を汚しながらも10cm前後になった自身の片足を呆然と眺め、男の声を聴いていた。何を言っているのか少しも理解できなかったがもう片方の足がそのままである事に絶望し、真紅の蓮の花びらに愛おしそうに口付けをする男を呪うしかなかった。

「今日からよろしく、マスター」