Queen of the night03
Daybit Sem Void 様
この度ご依頼頂きました名字名前についての調査内容を此処に報告致します。
尚、不透明な部分が多い為、個人的な考察も含んでの記載になることをお許し下さい。
項目は以下の通りです。ご査収下さいませ。
1.名字名前の両親
2.名字名前の出生後
3.名字名前に宿るもの
4.名字名前の夢との関連
5.考察
1.名字名前の両親
父 名字貴俊
母 早乙女(旧姓)りょう は日本 ○県×市※ヶ丘に居を構える魔術師の夫妻(既に両名とも事故にて死亡)
両名とも両親の影響により若年時より宗教団体「宇和教」に入信しており同施設内にて出会う※「宇和教」は、「全にして一、一にして全なる者」を主神とする新興宗教団体
結婚後は両名とも幹部に昇進 主に「宇和(以下主神)」を降ろし天啓を賜る職務に就くが、天啓を賜るとは表向きであり、名字夫妻は主神を召喚し使役、または自身「究極の門」へ至る画策をしていた
主神の召喚に於いて用いられる触媒(生贄)は幼年期の児童
数百にも及ぶ儀を行うも何れも失敗に終わる(尚触媒はその都度死亡)
2.名字名前の出生後
貴俊 りょう夫妻に娘 名前が産まれる
度重なる失敗に苦心した夫妻は自身の娘を触媒に用い、召喚の儀式は漸く成功※後に記載する名字名前に宿るものは宇和教の主神ではない
主神は間違いなく名字名前に宿 ているにも関わらず姿を見せず、天啓すらも与えなかった為、夫妻はその後も何度か生贄を用い召喚の儀を行っていた模様である
3.名字名前に宿るもの
「宇和教」へ潜入し調査した結果、「宇和」「旧き者」と呼ばれる者は、地球上に人類が現れるより以前にこの惑星を支配していた者を神格化した者で有ると判明
以下、「宇和教」施設内より入手した資料の抜粋
宇和様にお出で頂く為、生贄の中には彼の妻である豊穣の女神を降ろす事
宇和様のお導きを頂くには、鍵を手に入れること
鍵は女神がお持ちである
鍵の所有者にはいずれ扉へ至る誘いがある
この事から名字夫妻は主神の正しい召喚方法を知らなかったようである
資料ととある神話を照らし合わせるに、「宇和(主神)」とは「限りの無い空虚」とされる「副王」たる神であり、「限りの無い空虚」とされる神の妻「狂気を産む黒山羊」こそが名字名前の孕む者であると結論付けられる
そして名字名前は「鍵」にあたる何らかの物品を所持している可能性が高い ※「銀の鍵」が鍵の形状をしているとは言い切れず、召喚者である名字夫妻より名字名前に渡された何らかの物品である可能性もある ※同時に「鍵」とは「門」へ至る資格其の物を差している可能性もある
4.名字名前の夢との関連
名字名前が所有しているとされる「鍵」と内に宿る「狂気を産む黒山羊」が共鳴し、深層心理に影響を与えていると考えられる
何処までも深い夜闇とは「宇宙」であり、淡く光る扉は「門」
呼び声は「狂気を産む黒山羊」の物、そして花の香りは「薔薇の海」に起因する
一時期夢を見なくなったのは、恐らく召喚された魔法陣から距離が空いた事により「狂気を産む黒山羊」が弱体化したからであり、カルデアという魔術や魔力に密接する施設へ居を移したに起因して戻ったと推測できる
5.考察
名字名前の出生直後に「狂気を産む黒山羊」が降ろされたのだとすれば、現在名字名前の年齢が20代半ばである事を考えるに彼女が門を開くのは時間の問題だと考えられます。夢の内容から察するに幼年期の内から門の前に至っており、何らかのトリガーを待っている状態なのでしょう。「旧き者」についての資料が非常に少なく明確な答えを出すには至らず申し訳御座いません。付き合いの有る専門家に助言を乞いましたが、「旧き者」の召喚に成功したという実例が無い為、現在出来る対策としては「鍵」と彼女を永久に引き離すのが良いとの事でした。鍵はどの様な形をしているかは不明ですが、名字名前が幼年期より所持しているもので有る可能性が高いと考えられます。一刻もお早い措置をお願い申し上げます。
Philip L Williams
スイッチを切ったタブレットをテーブルに放り、デイビットは報告書の内容に頭を悩ませながらもぬるくなったコーヒーを煽っていた。
信頼に足る然るべき機関に調査を依頼した筈であるにもかかわらず、彼らが寄越した報告は酷く現実離れしており、妄想とも呼べる代物であった。
もし仮に此の報告書の通り彼女の両親が信仰していた宗教と彼女が見続けている夢は旧き神々に関連が有るとして、素人が神を喚ぶ事など出来る筈もない。英霊の召喚ですら一流の魔術師が聖杯戦争の期間でしか行うことが出来ない高等魔術である。英霊でもなく神霊でもない“本物の神”を喚ぶ事など到底不可能なのだ。
旧き者について、デイビットには僅かながらに知識があった。歴史の癌として葬り去られていた物がとある作家が掘り返したが為に世に広まり、神々の存在はマニアの間で尾鰭を付けながら根強く語り継がれているのだ。神という不確実な存在を神霊として喚ぶ方法がある以上、信仰が存在の補強となる為旧き者を呼び出す事は理論上可能である。
しかしそれは理論上の話であり凡そ不可能だ。が、此の報告書を書いた者も一流の魔術師であり、名前に何かが巣食っているのは確実である為デイビットは頭ごなしに否定出来ずに居る。だからこそ頭を悩ませているのだった。
底に残ったコーヒーを飲み下し紙のカップを握りつぶして、デイビットは食堂を後にした。
深夜の廊下に人の影はなく、空調の風音と彼の靴音だけが静かに鳴り響いている。
デイビットは食堂の有る区画を抜け医務室の前を通り過ぎたあたりで、靴音と風音以外に耳を掠める異音に気が付き足を止めた。機械音を疑い耳を澄ませるも、異音は一定の音程で響く機械音とは違いか細く音階を奏でながら徐々に此方へ近付いてくる。
それは明らかに人の歌声であった。
歌声は彼の進行方向から聞こえてくる。デイビットは目を凝らし、廊下の先でぽっかりと口を開ける暗闇を睨めつけた。声が大きくなるに連れ、歌詞が聞き取れるようになる。英語ではないようだ。
「しょうびの ねむりを とびこえて いらっしゃい」
震える声は彼に近付き、常夜灯の薄い明かりに影が見え始める。影の形を見るに歌声の持ち主は小柄な女のようだ。女は血の気のない生白い足を晒し、裸足でぺたぺたと足音を鳴らしながら姿を現した。
あれは名字名前だ。
切れ長の瞳を煌めかせ平時の利発そうな表情は見る影もなく、彼女の顔は青褪め瞳は虚ろで身体を揺らして歩いている。デイビットの存在にも気が付いていない様子であった。
「むくなる とくいの むすめよ いらっしゃい」
オーバーサイズのTシャツを身に纏い彷徨う様は幽鬼其の物である。しかし、吹けば飛ぶような儚い雰囲気と共に彼女には堂々たる風格があった。此の場を我が物として夜を支配する、女王の風格である。
ひたひたとふらつきながら脇を通り過ぎようとした名前の腕を、デイビットが反射的に引くと彼女の身体は意図の切れたマリオネットのように其の場に崩れ落ち、動きと共に歌も止んだ。咄嗟に彼女を抱きとめて其の顔を覗き込めば、幼い顔つきで小さな寝息を立てながら安らかな眠りに落ちていた。
「噂の幽霊の正体はおまえだったのか」
語りかけても名前からの返答は無い。彼女が起きる様子は無いし眠っている者を起こすのは忍びないと、デイビットは華奢な身体を抱き上げ、居住区画へと足を向けた。
名前は夢を見ていた。幼い頃から変わらない、暗闇と白い扉、そしてあの歌声が響く不穏な夢だ。夢の中で彼女は扉を叩きながら泣き叫んでいる。此処を開けろ、其処へ入れろと喚いていた。
いつもは此処で目が覚める。名前の願いは叶わず扉は閉ざされたまま、寝室の天井が彼女を出迎えるのだ。けれど今日の夢は違っていて、ノブの鍵が軽い音を立てて開く音がしたのだ。白木の扉は軋みながらゆっくりと内側へ開いていく。薄く開いた隙間からは花々の芳しい香りと子供達の楽しげな声が彼女の感覚を鮮明に刺激していた。
やっと入れる。嬉々としてノブに手を掛け押し開こうとした瞬間に場面が切り替わり、扉も花の香りも子供の声も消え、彼女は会議室の中心で備え付けの硬いキャスター椅子に腰掛けていた。
夜着ではない、いつもの制服を身につけてタブレットを抱えて誰かを待っているようだった。名前は歌を口ずさんでいる。知らないようで何処か聞き覚えの有る歌だ。
暫くそうしていると、部屋の隅に有るドアを叩く者があった。名前はドアに向かって「どうぞ」と声を掛ける。
ドアを開いたのはデイビット・ゼム・ヴォイドだった。デイビットは何も言わず、仏頂面を貼り付けて彼女の目の前に設えられた椅子に着席した。模様の沈んだ美しいヴァイオレットが彼女を射抜くので、何か話さなくてはいけない気がして唇を震わせても、喉から溢れるのはあの歌だけだ。
特に親しくもない男と二人っきりの室内は居心地が悪い筈で有るのに、静寂が心地居よい。耳の奥で響く耳鳴りも、一心に向けられる視線も自分を繋ぎ止めてくれる気がしたのだ。
彼女が目を覚ますと見慣れた天井が名前を迎えた。しかし違和感が有る。身体を包む香りが違った事も要因の一つで有ったが、部屋の中には自分以外の気配が有る。慌てて上体を起こし室内を見回すと、何故かデイビットが居た。彼は椅子に深く腰掛けて腕を組んで瞳を閉じている。眠っているのだろう。何故自分の部屋に彼が居て、其の上睡眠を取っているのか理解出来ずに居たが、徐々に覚醒していく頭で考えてみれば自ずと答えは見えてくる。
此処は彼の部屋であり、彼がベッドで眠らないのは自分がベッドを使用しているからだろう。
「なんで…?」
しかし何故自分が彼の部屋に居るのかは分からないので、名前はベッドから恐る恐る下り、寝息も立てずに静かに眠るデイビットの肩に触れると、彼の頭が持ち上がりヴァイオレットの瞳と視線がかち合い、彼女は驚いて一歩其の場を退いた。此の程度で起きるとは思っていなかったのだろう。
デイビットは金の睫毛を数回瞬かせた後、硬直する名前を凝視した。夢の中と似た状況に此処でもまた何か話さなくてはいけないような気がして無理やり唇を開けば喉から溢れたのは歌ではなく、意味のない汚い音だった。其の喘ぎが羞恥を煽り頬に熱が上がる感覚がしてもう一歩後ずさると、膝の裏にベッドの隅が当たり身体がベッドに投げ出される。何とも間抜けで情けない格好だ。
彼女の鼓膜を、椅子の軋みと革靴が床を打つ音が揺らす。彼はベッドの脇に立ち、自らの醜態に呆然として仰向けになった彼女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か」
「は、い…大丈夫です。あの、なんで私は貴方の部屋に居るんでしょうか」
「オレが此処まで運んできた」
「私の部屋から…?」
「廊下を徘徊している君を此処まで運んできた」
「徘徊?私、そんな事してません。ずっと部屋で眠っていたんですよ」
「君は妙な歌を口ずさみながら虚ろな顔をして歩いていた。睡眠時遊行症を患っているのか?」
「夢遊病は子供の頃に完治しています。それに此処に来てから今までベッド以外の場所で目覚めることなんてありませんでした。夢遊病な訳ない…」
「今までは誰にも干渉されずに済んでいたから自力で部屋に戻ることが出来ていたが昨夜はオレが引き止めたことで症状が落ち着き倒れ込んだという見方も出来る」
「其れは貴方の想像でしょう」
「夜中に歩き回る君を見た者は少なからず居るようだが?カルデアの幽霊の話は君も聞いた事がある筈だ」
「幽霊が…」
幽霊が自分と如何関係あるのか。問いが口を突く前に、名前には彼の言わんとしている事が理解できてしまった。白い衣服を着て歌を口ずさみながら深夜のカルデアを徘徊する女の幽霊の正体は自分であると、彼は言っている。勢い良く上体を起こし、突きつけられた現実に混乱し、酷く取り乱した様子で頭を強く掻き毟って喚く。
「そんな、またなの…!?夢だけじゃない、また歩き回ってたっていうの!?」
「落ち着け」
「落ち着けるわけ無いでしょう!私が一体何をしたっていうの?今まで真面目に生きてきて悪いことなんて何一つしてこなかったのに…」
「君は何もしていない。其の咎は君の両親の物だ」
「は…?」
「懇意にしている調査機関に君の事を調べさせた。端的に述べると、君に巣食う者は呪いなどという単純な物ではなく、君を媒体として両親が呼び出したとある神。君が見ている夢は其の神と“鍵”と呼ばれる何らかの物品が共鳴している為に起こる現象だとの報告が上がっている。」
「神の召喚なんて有り得ない…。確かに私の両親は邪教を信仰していましたし、私の家にはそういった部屋も存在していました。仮に両親がそういった者の召喚を試みたとして、成功するはずが無いじゃないですか!英霊の召喚ですら膨大な魔力量と正確なタイミングが必要なんです。神霊でもなく神其の物の召喚なんて絶対的に不可能だって、貴方もマスターなら知っている筈でしょう?」
「オレも報告を鵜呑みにしている訳ではないが神の召喚は理論上可能だ。君の状況と照らし合わせても辻褄が合う。…報告には君が“鍵”に相当する物品を所持している可能性が高いと記されていたが、心当たりは無いか。」
「鍵なんて持ってません!」
「“鍵”は必ずしも鍵の形状をしているという訳ではない。両親に関係した何かを、君は所持している筈だ」
そんな物は無い。そう言い切ろうとしてはたと動きを止める。名前には思い当たる節があった。今も身に着けているアメジストのネックレスは、母から譲り受けたものだ。此れを手渡す時、母は「何があろうと手放すな」と言っていた。それは、此れが両親の悲願を成し遂げる「鍵」であるからだったのでは無いだろうか。
夜着の上から震える手でアメジストを握りしめる彼女に、デイビットが手を差し出す。名前はゆっくりとした動作で首の後ろの留め具を外し、彼の手の上にネックレスを渡した。
「此れは両親のものか」
「母に貰ったネックレスです。絶対に手放すなと言われていて…もしかして此れが?」
「今の所確証は無いが、此れと君が引き離され夢を見なくなったのなら決まりだろう。暫く預かっても良いか」
名前が頷くと、デイビットは懐にアメジストを仕舞い込んだ。胸の内に吸い込まれていく遺品を見届けながら、名前は僅かに安堵していた。これでもうあの夢を見ずに済むかもしれない。自分の意思に反して夜中に歩き回ることも無くなるかもしれない。自分が自分で無くなる様な漠然とした不安を忘れることが出来るかもしれないと思ったのだ。
其の安堵は彼女の顔にも表れており、其の様子を見てデイビットは薄く笑う。
「解決に一歩近づいたな」
「有難う御座います。本当に調べてくれていたなんて」
「魔術師は魔術師との約束を必ず守る。反故にした後の代償が恐ろしいからな」
「貴方、意外と誠実なのね」
「君は一言余計だな」
静寂の中、二人は笑顔を交わし合う。此の空間は酷く穏やかな雰囲気で満たされている。
これから起こる大波乱など今の彼らには知る由もないのだから。