「それはずるい!!!」

帰宅早々聞こえて来たのは妹の声だった。

「何やってるんだ?」

リビングには風呂上がりなのかラフな格好でタオルを首に掛けた透と、顔を赤くして透に怒ってる?のか、あれ。
どちらかと言えば拗ねてる時の顔に近い雫はそれ以上返す言葉がないのか、黙り込んだまま透を見ていた。
こっちからじゃあ透の後ろ姿しか見えないが、あいつまた雫にちょっかいかけたのか?

「零兄さんおかえり!」
「ああ、ただいま」

俺を見てすぐさま笑顔で駆けつけたのを抱き締めれば、嬉しそうにすり寄ってくる。
別に機嫌が悪いわけじゃない所を見ると、たいしたことはされていないようだ。

「透、何かしたのかお前」

にいさんにいさん、とぎゅうぎゅうしがみ付いてくるのは可愛いし嬉しいが、何もないわけもないだろう。

「お兄ちゃんに照れてどうしたらいいかわからなくなったんだよね、雫」

にこにこと楽しそうに妹をからかうのは、いつも通りの弟。

「照れる?何したんだお前」
「別に?ただ前髪が邪魔だからかきあげただけですよ」

確かに普段は下りている前髪が今は濡れてる事もあり後ろへと撫で付けられていた。

「ドキドキした?」
「うるさい」
「透、あんまちょっかいかけるな」

わざと耳元で囁いてみせた透に拗ねた声で返す雫。
お前そうやってからかうから性格悪いって言われるんだぞ。

「もーやだぁ…普通にかっこいい…っ」

両手で顔を覆って呟いてみせる姿は、いつだったか、特撮出の俳優がドラマに出ているのを見た時の姿と似ていた。
少し違うのは微かに耳が赤くなっているのと、本気で参ったような声になっている事くらいだろうか。
…オールバックが好きなのか。

「…ちょっと、何してるんですか零」
「妹の好みに合わせてみた」
「馬鹿ですか?」
「お前に言われたくない」

手早く髪をセットした俺に呆れた視線を向ける透だが、調子に乗ってるお前にだけは言われたくない。俺もかっこいいって言われたい。

「雫」

軽く肩を叩いて呼びかければ、指の間から瞳を覗かせた雫が俺を見る。

「…反則だ」

ぽすり。と胸元に顔を埋める姿はやはり可愛らしかった。
普段は俺達双子に対して照れることの無い妹がこうも照れた姿を見せてくれるのなら、イメチェンするのも悪くないかもしれない。
…やたら童顔だと言われるしな。

「雫雫、こっち向いて?」

今度は何処からか持ってきた眼鏡を掛けて雫を呼ぶ透は、どんな反応を見せるのか分かっているのか上機嫌だった。
そろりと顔をあげて透を見る雫。

「う、うわあああ鬼畜眼鏡だぁ」

どうしよう兄さんリアル鬼畜眼鏡だよかっこいいよこわいよかっこいい。と訳の分からないことを言い始めた妹に、流石にどうしたものかと対応を悩んでしまった。
…たかが眼鏡しただけだろ?
ただ言えるのは、ドヤ顔をかます透が腹立たしいことだけは確かだ。
何勝ち誇った顔してるんだお前。

「雫は眼鏡好きだもんね?」
「違う!眼鏡がじゃなくて、兄さんが眼鏡したら反則なの!前も言ったじゃん!ずるい!ずるいずるいずるい!!」
「…前?」

つまり以前も見たってことか?

「変装道具で使ってたのを見た雫が顔赤くして照れたんですよ。普段は大好きなヒーローに向ける顔なのにお兄ちゃんがカッコよすぎて照れちゃったんだよね?」
「うるさいこのナルシストめ!」
「図星だからって怒らないでよ雫」

完全に妹をからかって遊ぶ弟は昔と何も変わらなかった。
お前雫が小さい時散々からかって泣かせてから反省したんじゃなかったか?
好きな子程構いたくなる小学生男子のような所はやはり変わらないらしい。

「透、その辺にしとけ」
「じゃあ雫が素直に透お兄ちゃんかっこいい好きって言ったらやめてあげようかな」
「お前な…」

流石に俺でも引いた。
というか自分の片割れがそんなことを言ってる事実に引いた。
そして俺に抱きつく腕に力が込められた。
…まぁそうだよな、腹立つよな。
ぽんぽん、と慰めるように背中を叩けば、助けを求めるような声で零にいさぁん。と呼ばれた。

「どうしても言いたくないらしい。諦めろ」
「いつも零は美味しいところ取ってくんだからほんと狡い」
「お前自分の言動振り返れよ」

どう考えても自業自得だろ。

「ねぇ雫、雫は僕のこと嫌い?」

…またか。
こうなると透は必ずこんな風に汚い聞き方をする。
本気で嫌いと言うことが無いのを知っていて聞くんだ。これじゃあどっちが下か分からないな。

「意地悪するから透兄さんなんて嫌い」
「本当に?」
「…きらい」
「僕は雫のこと好きだよ」
「っ、だから狡い!そういう狡いとこはほんとに嫌いだからね!?」
「じゃあ僕自身のことは好きなんだ?」
「ーっ!!もう!好きだよこのイケメンめ爆発しろ!!!!」

訳の分からない捨てセリフを可愛い顔で吐き捨てて、バタバタと自室へと行ってしまった妹を、弟は満足気な顔で眺めていた。

「お前、その内本気で嫌われても知らないからな」
「雫が僕を嫌うわけがない。それより自分の心配をしたらどうです?」
「流石性格悪い方の兄さんだな」
「言っとくけど、だからって零が性格いい方の兄さんとは限りませんから」

このくそ兄貴。と笑顔で暴言をおまけしてくれたくそ生意気な弟のことは一生可愛いとは思えないだろう。
もっとも、こいつが俺をかっこいい兄など思う日もこないだろうが。
結局のところ、俺達をかっこいい兄。なんて言ってくれるのは可愛い妹しか居ないわけだ。
そしてどちらもその妹の一番になりたいと思ってるのだから双子というやつは厄介だ。
あの妹が俺達に順位を付けることなど有り得ないと分かっているのにな。







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