家に帰ると、抱き枕が消えていた。

「私の抱き枕!なんで?なんでないの?」
「落ち着けって」

真っ先に零兄さんにしがみついて問いただせば、よれよれだから処分したと言われてしまった。

「新しいの買ってやるから」
「今日は?今日はどうするの?」
「今日は兄ちゃんが抱き枕」
「雫、そこのむっつりはやめて僕と寝ようね」

そういう問題ではない。
勝手に人のもの捨てるのってどうなの?酷くない?
諦めろと頭をぽんぽんしてくる零兄さんの手をはたき落した。

「人のもの勝手に捨てる人の言うことは聞きません」
「だから言ったじゃないか。雫に怒られるって」
「そのままにしてたら絶対捨てないだろ」
「酷い兄さんの事なんて放っておいて僕と寝ようか」
「ひーくんと寝る」
「「へ?」」
「景光くんと、寝る」

ハッキリゆっくり言ってやった。
みるみる内に青ざめる二つの顔なんて知ったことか。
勝手に捨てた零兄さんも、ちゃんと止めなかった透兄さんも悪いんだ。

「今日は帰らないから!!!」
「「待て、雫!!」」

仲良くハモる双子なんて無視して、家を飛び出した。
向かうのは勿論私の避難所でもあるひーくんの所だ。


ーーーーーー

参った。
どうしようもないくらい、頭を抱えたい気分だった。

「なぁ雫」
「やだ」
「ですよねー」
「そうですよ」

ぎゅう、と俺の枕を抱きしめてベッドを占領する可愛らしい幼馴染。
すっかり可愛げが身についた降谷家のお姫様は、上に君臨する二人の王子様に激おこらしい。

「雫一人でお泊まりだと俺が殺されちゃうんだけど」
「じゃあ私がひーくんを守ってあげるよ」
「やだこのお姫様イケメン…」

でもお前の兄ちゃん達は最強のセコムだからやっぱり俺は殺されると思う。
手を出さなくても、兄より幼馴染を選んだという理不尽な理由で殺されそう。

「だって勝手に捨てるんだもん」
「捨てたのはゼロだろ?なら透と寝ればいいんじゃないか?」
「透兄さんは口で軽く言っただけで本気で止める気ないんだもん」
「…まぁ、想像はつくな」

大方雫が怒るのを予想していて、敢えて言うだけに留めていたんだろう。
そうすれば雫はゼロに怒る代わりに自分と一緒に寝るだろうとか思ったんだろうな。
俺も話を聞いただけならそう思ったしそうであって欲しかったけど、何故か此処にいるんだよなぁ。
…どうしたものか。

「しかもだよ?零兄さん全然謝らなかったんだよ?信じられる?さも当然って顔してたからね。許さない」
「じゃあ謝ってきたら許すのか?」
「…新しいの買ってきてくれたら許す」
「つまり今日は絶対帰らないと」
「帰らない」

俺の枕締め付けられ過ぎてすごい事になってるんだけど形変わらない?大丈夫か?

「景光!」
「開けろ景光!!」

鬼が来た。
しかも二人。
容赦無く人ん家のドアを叩くとか鬼か。鬼だな。知ってた。

「…お兄様のお出迎えだぞ?」
「…居留守使えば?」
「俺ん家のドアがご臨終するんだけど」
「………」
「頼むよ雫」

なんで俺がお願いしてんだろうな。
俺何も悪くないよな?

「「雫っ!!」」
「触ったら一生許さない」

ドアを開けた瞬間、抱きしめようと腕を伸ばす兄に言い放った妹の顔は冷めていた。
あんな顔初めて見たな。
いつもは所構わずイチャついてるような兄妹の氷河期がそこにあった。
崩れ落ちるゼロと、笑顔のまま固まる透。
双子とは言え反応は様々だった。

「ねぇ雫、雫の物を零が勝手に捨てようとしたのを止めれなかった僕も悪かった。ごめんね。零は無慈悲に捨てたけど、僕は雫と一緒に寝れるかもって思ったら止められなかったんだ…僕のこと、嫌いになったかい?」

流石透だ。
ゼロを蹴落としながらも自分の株をちゃっかり上げようとする話術は流石としか言いようがない。
流石性格の悪い方と妹に言われるだけある。
一直線な零と違って捻くれている透は、口のうまさに関してはゼロよりも上だ。

「…きらいじゃない」

嫌いかと聞かれれば、勿論答えはノーだろう。
困ったように視線を落として弱々しく吐き出された言葉に、性格悪い方の兄は笑みを深めた。
雫、まんまとハマってるぞお前。
教えようにもそんなことをしたら命がないので黙っておく。
双子の兄弟喧嘩に巻き込まれて無傷だった事は一度もないからな。

「じゃあ僕と一緒に寝てくれる?」
「ちょっと待て」

そしてここで黙っていないのがゼロだ。

「なんです?勝手に可愛い妹の所有物を捨てる酷い兄が何か?」
「お前だってあの後古いならまぁしょうがないとか言ってただろ!」
「それは零がもう替え時だって言ったからでしょう?一度は止めました」
「その後同意したならお前も共犯に決まってるだろ!雫!勝手に捨てた事は謝るが透も共犯だからな!」
「共犯共犯って言いますけど実行犯の方が罪が重いに決まってるじゃないか!雫!勝手に捨てたのは零だ!」

人ん家の玄関で勃発する第何回かも分からない妹争奪戦。
ここ俺ん家なんだけどマジでやめてくれ。
お前ら双子の喧嘩はシャレにならないんだよ。物壊す前に帰れ。

「…もういい」

ぴたりと鳴り止む口論。

「帰って。兄さん達とは一生寝ないから。枕戻るまではひーくんが私の抱き枕だから」

ぎゅう、と腰に回った細い腕。
もう知らない。とだけ告げて双子から隠れるように背中に押し当てられた顔。
これだけなら役得なんだけど、目の前の鬼二人がなぁ…

「あー…まぁほら、お前らのお姫様がこう言ってるし、手は出さないから安心しろって」
「「当たり前だ!!」」

舌打ちをする透と、涙目のゼロが去っていくのを見送った。
その数十分後、新品の抱き枕を抱えて現れた双子にお姫様を返したのは言うまでもない。
彼奴らこういう時だけ仲良いよな。






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