あれから連絡先の交換をして暫くしたものの、向こうから連絡が来たことは一度もなかった。
わざと雫が来る時間帯にシフトを入れて出来るだけ話せるようにしたものの、それでも向こうから近づく気はないらしい。
それもそうだ。
どう考えたって安室透は雫の最も苦手とする部類の人間だから。
安室透の人物像を崩すことなく雫の苦手意識を解くのはどんな難解な謎を解くよりも難しい。

「…スカート、はいてたな」

蘭さんたちに無理やり連れてこられたのか、スカートをはいた妹の姿は久しぶりに見た。
私服のスカートは昔俺が選んだシフォン素材の一着のみで、それも俺と出掛ける時にだけはいていた。
制服と俺が選んだ物以外のスカートをはいた雫は初めて見た。
もう何年も昔のものだから、あのスカートは処分されただろう。
性懲りも無くあんな態度をとった手間、此方から連絡をしても苦手意識は深まるばかりだろう。
何であんなことを言ってしまったのか。なんて考えたところで、安室透だからああ言ったとしか思えない。
最後に言った言葉がトドメだったのか、完全な嫌味を笑顔で言われてしまった。
俺は安室透として雫とどうなりたいのだろう。

「ミニか…」

見たくないと言えば嘘になるが、その姿で外を歩くのを想像したら余計な虫が群がるのが目に見えた。
雫のことだから絶対にはかないだろうが、早く本人は周りから自分がどう見られているか気づくべきだ。

問題はそんな事ではない。
自ら言い出した約束を破る事はないだろうが、このままだと安室透の好感度が地に着くのは時間の問題だ。
悩んだ結果、通話ボタンを押していた。

『はい、降谷です』
「こんばんは、安室です」
『こんばん…っわ、ちょ、あっち!?』

がしゃん、ごとん。
何かをひっくり返すような音の後、携帯を落としたらしい音がして、遠くから嘆く声が聞こえてきた。
そういえば久々に料理をすると言っていたもんな。
簡単なものであればやろうと思えば出来るはずなのに、携帯越しの妹は「私のらーめん」と弱々しい声で呟いていた。
…インスタントラーメンか。
インスタントは料理じゃないって何回も言ったはずなんだがな。

『…すみません、ちょっとしたハプニングが起きたもので。後で直ぐに折り返します』

一方的にまくしたてるように告げられて切れた通話。
もう何年も関わりを絶っておきながら、こうして再び関わりを持ってしまうと、些細な事が心配になってしまう。
やっぱり健康的な食事ができてないんじゃないか、あいつも医者なのだからそれくらいちゃんとできているだろう。とあれこれ考えてしまう。

「…はぁ…勝手に逃げ出しておいてこの様なんだから笑えないな」

気づけば雫の家の方向に車を走らせていた。

「…まぁ、そうするよな」

見覚えのある後ろ姿がコンビニに向かっているのを見つけて、徐行して車を近づける。
どう見ても部屋着の短パンのスウェットは、昔俺が着ていたものだった。
どう見ても大きいそれは丈も膝下で、半袖の筈の上も五分袖になっていた。
俺が高校生の頃に着ていてサイズが小さくなったと言ったら直ぐに私が着る!と言われて渡したものだ。
…いくら家で寛いでいたとはいえ、あんな格好で夜に出歩くのはあまりいい気がしない。

「雫さん」
「っわ、安室さん?」

誰かに絡まれる前にと声を掛ければ、不思議そうに首をかしげる。

「こんばんは。ちょうど見かけたもので、よかったら送りますよ」
「あー、いえ、直ぐそこなのでお気遣いなく」
「僕もコンビニに寄るところでしたし、気にしないでください」

有無を言わさず押し通せば、断るのが面倒になったのかじゃあと言って先へ進んでしまう。
流石に見えてるとこまでは乗らないよな。
車を停めてからコンビニに入れば、カゴを片手に弁当のコーナーで悩みこむ姿。
カゴの中には缶チューハイ一本とサラダ。

「美味しそうなお弁当はありましたか?」

後ろから顔を覗き込むように見れば、真剣に悩む顔が一瞬で鬱陶しそうに歪んだ。
こんな顔をされた事はなかったから、ある意味新鮮で、少しだけこたえた。
安室透の好感度が下がっていくのを身を以て感じた。

「安室さんの買い物はいいんですか?」
「僕も夕食をどうしようかと思ったんですが、この時間だとあまり残ってないですね」

弁当は全て売り切れていて、残っているのはおにぎりが三つ。
これは真剣に悩むわけだ。

「インスタントもカップ麺ももう食べたくないし…安室さんはどうされます?」
「そうですねぇ…折角買うのにおにぎりじゃ寂しいですし…」
「この近くに牛丼屋さんあるんですけど、よかったら一緒にどうですか?この間のお礼には物足りないのでそれは改めてするので、今日はとりあえず」

誘ってもらえるだけまだいいのかもしれない。

「ええ、是非」

お互い高校生だった頃、帰り道で突然牛丼が食べたい!駄々をこねた妹を思い出した。
じゃあ今日は牛丼作るかと言えば、そこにあるじゃん!一緒に行こう!と牛丼屋まで腕を引かれて、脂身が多くて安い牛丼だってたまにはいいじゃん!と俺と二人で居る時の雫は、いつだって笑っていた。





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