近頃、週休3日という企業が増えてきた。
その一つが薬剤師である。
働くパパママも安心して勤められるというホワイトもびっくりなホワイトっぷりである。
今までのホワイトはオフホワイトであり、こちらは真のピュアホワイトだ。

…何言ってるんだろうね。

どうせ薬剤師を週休3日にするのなら医師も増えたし他のスタッフもそうしよう!という流れとなり、以前の職場ではあり得なかった週休3日を異動先で獲得した私は休日を持て余していた。
こっちに来るまでは仕事に打ち込むように仕事漬けだったせいもあり、正しい休日の過ごし方なんてとうの昔に忘れてしまった。
みんなオシャレをして休日に出かける中、スウェット姿で丸一日部屋で過ごすなんてザラだった女子力ゼロの私は、前世からなにも成長していなかった。
喪女がデーター引き継いで二周目の人生スタートさせた所で所詮喪女は喪女である。
低スペックは高スペックにはなれないのだ。
だからといってお洒落が嫌いかと聞かれれば別に嫌いではないし、全く興味がないわけでもない。
ただちょっとめんどくさいだけだ。

「いらっしゃいませ」

仕事漬けで溜まる一方だった貯金をつかうべく、デパートに来ていた。
どうか店員さんにつかれませんように。と祈りながら、店内を練り歩く。
雑誌とか読まないから流行りなんて分からないし、年齢ももう若くもないから落ち着いたシンプルなものがいい。
どうしたものかと悩んでいると、誰かに名前を呼ばれて振り返る。

「えっと…毛利探偵の娘さんの蘭ちゃん、だよね?」
「はい、お久しぶりです」

友達と来ていたのか、隣にはカチューシャをしたこれまたスタイルのいい女の子がいた。
鈴木園子と名乗った子はどうやら鈴木財閥のお孫さんらしいが、元気のいい良い子だった。

「雫さんもお買い物ですか?」
「もしかしてデートの服選びとか?」
「ちょっと園子ったら…」
「いいじゃんいいじゃん。雫さんキレーだし、ワンピースとかロングスカートもにあいそうよね!」
「確かに。綺麗な雰囲気のお洋服似合いそうだよね」

私を置いてあれこれと服を選び始めた女子高生二人。
アラサー女子には眩しいな…
あれ待って、私JKの時こんなキャピキャピしてたかな…いや、してないな。
私がテンション上がるのって専ら食べ物関連ばかりだ。
花より団子とはこれいかに。
花の女子高生なんて一周目二周目共になかったとかニューゲームの意味ある?

「これ持って更衣室いったいったあ!」
「え、ちょ、へ?助けて蘭ちゃん!」
「雫さん、これも似合いますよ!」
「まじでかー」

神は私を見放したというのか。
気づけば現役JKに服とともに更衣室へと押し込まれた。
女子高生こわい。

「うーん、やっぱ暖色系より寒色系かしら」
「あ、じゃあこっちは?」
「いいねぇ!じゃあ今度はこれね」

女子高生の着せ替え人形となるアラサー。
誰か助けてくれ。
あれやこれやと服を渡され言われるがまま。

「…って、何をアラサーに着せようとしてるのかなぁ?」
「やっぱり、雫さん脚も綺麗だからこれ位見せなさいよ!」
「なんでそんなおっさんみたいなことを…」
「いいじゃない減るもんじゃないんだし!アラサーって言ってもまだ27でしょ?見えない見えない!」
「そうですよ、とってもお似合いですよ」

蘭ちゃんは天使か…荒んだ心が癒されていくが、これはない。
流石にない。
膝上なんてもんじゃない。
屈んだらパンツ見えるんじゃね?ってレベルで短い。
短パンだから見えないけど、でも短い。
こんなの一度たりともはいたこともないし、なんなら私のキャラじゃない。
痛いおばさん間違いなしだ。

「これは私が耐えられないかな…」
「じゃあスリット入りのワンピースね」
「スリット…」
「じゃあ短パンにする?」
「…ワンピース買います」

いえーい!とハイタッチをするティーン。
おばちゃんついてけないよ…
結局深めにスリットの入ったワンピースと、清楚なロングのフレアスカートとブラウスを買ったが、まぁワンピースは着ないだろうね。
チャイナ服かよと言いたくなるような作りのそれは、とてもじゃないがアラサーには無理だ。

「二人はよかったの?私ばかり付き合って貰っちゃったけど」
「私達はもう済ませてるので」
「選ぶの楽しかったー!で、どんな彼とデートかカフェで聞くわよー?」
「いや、デートも何もないんですけど…」

いーからいーから!と強引、グマイウェイとでもいう園子ちゃんに、すみませんと申し訳なさそうな蘭ちゃんを見たら断れないのも仕方ない。
決して誤字にあらず。
それ程園子ちゃんは強引で、けれどその裏表のなさそうな性格からか不思議と嫌な気はしない。

「で、誰といくのかしら?」

各々のドリンク片手にそんな話題を打ち込まれ、アラサーは引きつった笑いしかできませんでした。

「誰も彼もないよ、私には無縁だからね。そういう花の女子高生な二人はどうかな?」

めんどくさいこの手の話題は相手の話題にすり替えるのが一番だ。
柔道やってる彼氏やら、有名な高校生探偵のハイスペック幼馴染との恋やらと語る二人はとても輝いていた。
恋する乙女はかわいいとは正しくこういうことだろう。

「そういえば安室さんとはどうなんですか?」
「え!何々?あのイケメン店員といい感じ?」

誰だ余計なこと言ったやつ。
思い浮かぶのは安室透本人か、はたまた眼鏡のキラキラネームか。

「以前コナン君から雫さんと安室さん一緒に御飯食べに行ったみたいって聞いたものだから…」
「何それデートじゃん!」
「ただ一緒にご飯食べただけなのに!?」
「何言ってんのよ、男女の二人がディナーなんてそんなんデートに決まってるじゃない」

で、どうなったの?と迫る園子ちゃん。
どうもこうもねーよ。なんて言えるわけもなく、適当に笑って流すことにした。

「普通に美味しいお店教えて貰っただけだよ」
「雫さんにその気がなくても、向こうはわからないじゃない」
「いや、あのイケメンは誰相手でもあの態度だと思うよ」

にこにこ笑って愛想を振りまくサービス精神旺盛なイケメンが私の中での安室透だ。
しん。と静まるJK。
…まてよ、嫌な予感が…

「「嫉妬!?」」
「ちがう!!」

珍しく声を荒げて否定をすれば、店内中の視線が集まって、あまりの気まずさに乗り出した体を静かに椅子に戻した。

「もういい、二度と二人とは話さない」
「雫さん、ごめんなさい、そんなこと言わないでくださいよ〜…折角なら仲良くしたいですし…」
「そうそう、どうせ暇なら今からポアロ行きましょ!ケーキも食べたいし、折角なら買った服も着てさ」
「…園子ちゃんは日本語が通じないのかな?」

思わず溢れた本音を拾ったのは蘭ちゃんだけだった。
もういいよ、蘭ちゃんが謝ることはないから。
恋に興味津々なうら若き女子高生は、他人の世話をやくのも楽しいのだろう。
余計な世話だとはこのたのしそうな顔を見たら言える筈もなく、大人しく適当なとこまでつきあうことにした。
安室さんが居なければ面倒なことにはならないだろう。
そのまま美味しいケーキを食べて解散できますように。


ーーーーーーーー


神は居なかった。

カランカランとドアを開けたその先で出迎えたのは、梓さんと、そして注文を取っていた安室さんだった。
なーる。
これが安室さん目当てに押しかける女性客と、混む時間帯か。

「さて、混んでいるみたいだから私は帰るね」
「ちょい待ち!満席じゃないんだからいいじゃない」
「園子さんのいう通りです。さぁ、此方の席へどうぞ」

爽やかイケメンスマイルでスマート案内をするパーフェクトな店員安室透にかかれば、逃げ場など無いも同然だった。

「これじゃあ折角の服あんまり見てもらえないね」
「美味しいものを美味しく食べるのが本来の目的です」
「ワンピース諦めてフレアスカートで妥協してやったってのに、これじゃあ何のために妥協したか分からないわ」
「ねぇ聞いて。お姉さんのお話聞いて」

もう少し年上の話を聞いてくれてもいいと思うの。
着る気もないワンピースは後で売るか、寝巻きにする。

「スカートなんてスーツでも滅多にはかないのになぁ…高校生以来かも」
「え」
「嘘でしょ?なんのためのその脚よ!」
「歩くための足ですけど?」

観賞用はグラビアのおねーさんで十分でしょ。
見せるためにはくとはさすがティーン。
若すぎて共感できない。

「あ、でも結構お客さん減ったね」
「そうだね。ケーキも美味しく平らげたし、私はそろそろ帰るね」
「待ちなさい。何のために来たと思ってるの?」
「少なくとも私は美味しいケーキ食べに来たんですけど」

この会話さっきもしなかった?
どうしてこう人の色恋沙汰に首を突っ込みたいのやら。
面倒過ぎて私には一生理解できないだろう。

「安室さーん!」
「ちょっと園子、やっと落ち着いたばかりなのに悪いよ」
「なぁに言ってんのよ蘭、このまま帰したら来た意味ないじゃない」
「でも…」

もう知らない。
我関せずと二人を意識の外に追いやって、コーヒーを飲む。
勝手に勘違いをして暴走する機関車には止まれという機能は付いていないのだ。
もう好きにしてくれ。
こういう時は適当にあしらって流すのが一番だ。
安室さんも可哀想に、折角客が引いて落ち着いた時にこれなんだから、私ならストレスで胃が痛むレベルだ。
彼女たちが悪い子ではなく、善意のつもりでやってるからこそ叱れないのがまたタチが悪い。

「服、ですか?」
「そうなの!ほんとはスリット入ったセクシーなワンピース姿見せるつもりが、雫さんたら嫌だって言って聞かなくて」
「安室さんはどんな服が雫さんに似合うと思いますか?」

本人そっちのけでどんどん会話は進んでいく。
昔、兄のお古でいいと言ってまともに服を選ぶことすらなかった私に、痺れを切らした兄が無理やり服屋へ連れ出して選んでくれたのを思い出した。
スカートは動きにくいからやだという私し、せめて1着は持っておけと選んでくれたのはシフォン素材の涼やかな色をしたロングスカートだった。
懐かしいなぁ。
結局兄と出かける時だけはいていたスカートは、兄が居なくなってからは一度もはくことはなくなった。

「ほら、ぼうっとしてないで立つ!」

昔を思い出していると、園子ちゃんに指摘されて仕方なしに立ち上がる。
嫌だなぁ。
人に見せるために服を着ているわけでも、評価をされるために着ているわけでもない。
勿論似合う服を選んでもらえるのは楽だし嬉しいけれど、この空間はなんとも居づらい。

「スカート、お似合いですよ」
「…ありがとうございます」

さぁ女子高生共よ、これでいいだろう。
ある程度歳を重ねた良識ある人というのはこういうものである。
社交辞令もお世辞も息をするように無意識にできるようになるのだ。
それを素直に受け取ってまるで自分の事のように喜ぶ彼女たちは可愛らしい。

「フレアスカートも素敵ですが、僕はシフォン素材のスカートも似合うと思いますよ」
「…え」

にこり、と笑った安室さん。

「ほら、やっぱパンツスタイルもいいけどスカートだって!」
「雫さんあんまりスカートはかないみたいですけど、これを機にどうですか?」
「そうそう、蘭の言う通りスカートはこうよ!脚綺麗なんだからミニもいけるって!安室さんもそう思うでしょ?」

暴走機関車は止まれない。
成る程、やはり神は居なかったか。

「うーん、そうですね。似合わなくはないと思いますが、個人的にはあまり肌を見せるような服は…」
「お!もしかして妬いちゃう?俺以外には見せるなってやつ?」
「ええっ、そ、そうなんですか…!?」
「さぁ?それは秘密です」

長い人差し指を口元に当てて何か含みを持たせるように笑って見せたイケメンに、女子高生二人のテンションは最高潮。
余計な事しやがってと私のテンションは急降下。
この後始末は私がするしかないのに、なんて身勝手なことをしてくれたものだ。
やっぱり安室透は苦手だ。

「女子高生諸君、ここはお姉さんがご馳走してあげるから、暗くなる前に帰るんだよ」
「そんな、悪いです…!」
「子供じゃないんだしまだいいじゃない」
「物騒な世の中が悪いけど、気をつけるに越したことはないからね」
「雫さんもう行っちゃうんですか?」
「家の掃除もしたいし、久々に料理をするのもいいかなって思って」

お先に失礼するね。
とまだまだ喋り足りない女子高生を置いて席を立った。
もうちょっといるのならドリンク頼むだろうし、少し多めに支払っておこう。
これは服を選んでくれたお礼だ。

「次、僕と食事するときは是非スカートでお願いします」

なんだあのイケメン滅びろ。
出勤時に店に来る度、八割くらいの確率で会うようになった安室さんは、言葉を交わすたびに容赦ないというか人の事からかうような言動がまじるようになったのは気のせいだろうか。
その分私も包み隠さない本音をもらしてるから悪いのだろうか。
でもこれくらい許せ。

「夜道にお気をつけくださいね」

この確信犯的たらしめ!




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