インスタントラーメンひっくり返してなんやかんやあって現在、安室さんと共に近所の牛丼屋に来ていた。

高校に上がったばかりの頃、兄と一緒に通えるのが嬉しくて帰り道で駄々をこねたのと同じチェーン店。
トッピングを欲張れば、兄は呆れたように溜息を吐いて、それからおいしいね!と喜ぶ私の頭を撫でて笑った。
それがどうしようもなく嬉しくて、度々帰りに買い食いをしたいと言うようになったのを思い出した。

隣で牛丼を食べる安室さんは、普段の彼の姿を思うとなんとなくミスマッチな気がしてこんな所につれ込んだことをほんの少しだけ申し訳なく感じた。
中身が違うだけでこんなにも印象が変わるとは…
安室透は洒落たバーとかレストランで美女と過ごしてるのがお似合いだと思う。
あの寒気のする気障ったらしい台詞を吐いて笑うのだろう。
…想像しただけで寒気がした。
その手のイケメンは本当に苦手なんだから仕方ない。

「あまり進んでませんが、どうかしましたか?」
「少し考え事をしていて…なんか前に食べた時と味が違うような…」
「そうですか?僕はあまり変わらない様に思いますけど」

この人も食べたことあったんだな。
紅生姜と共にかきこんだ牛丼は、昔兄と食べた時の方が美味しかった。


ーーーーーー


牛丼屋はちゃんと私が払わせてもらった。
これで安室さんが持つとか言いだしたらどうしようかと思ったけど、あっさり引いてくれたのでホッとした。

「すぐ近くなのにすみません」
「女性の夜道の一人歩きは危険ですから気にしないでください」

この人こんなことばっかやってて勘違いされないんだろうか。
絶対面倒事になるだろうに、それ程までに安室透は完成された人格だ。
人間なんだから嫌なこともあるはずなのに、この人は笑って流すのだろう。
…それは私も人のこと言えないけど。

「ありがとうございました。ごはんの件は改めてご連絡しますね」
「あの、食事以外でもいいですか?」
「食事以外…?安室さんがそれでいいのなら」
「よかった。予定がついたらまたこちらから連絡します」

おやすみなさい。と人当たりのいい笑顔で手を振る安室さんに、同じ様に返しながら部屋へ戻った。
食事以外か、まぁ別に苦手なだけで悪い人とは思わないし、嫌なことじゃない限りはいいか。
向こうが連絡してくれるというのならこっちがわざわざする必要もなくて楽だし。

「んー…でもやっぱり牛丼は前の方が美味しかったな」

一人でも美味しかったらへらへらして食べてしまうのに、思い出の味とは違った牛丼の味は、自然と笑えなかった。
そう言えば私、外で牛丼食べたのあの日以来初めてだ。

「安室さんに会ってから、兄さんのことばっか思い出してるなぁ」

安室透じゃなくて、降谷零に会いたいな。
別人として割り切ったくせに、安室透に降谷零を探してしまうのだ。

「ホームシックってこういう感じなのかな…」

やっぱり私は昔から兄が恋しいだけの子供で、何一つ成長できていないのだろう。
私の好きと兄の好きは本当に違ったのだろうか。
好きの種類なんて分からない。
好きなものは好きなのに、どうしてカテゴリー分けをしなくてはいけないのだろうか。

「…にいさん」

せめてもう一度、夢の中ででもいいから兄さんに会いたい。
そんな風に思ったのは何年振りだろう。
兄が出て行ってからも心配して連絡をくれていた幼馴染は、いつしか連絡がつかなくなっていた。
兄と同い年の、もう一人の兄貴分のような人だった。
会いたい人は、もう側にはいないんだ。





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