「お願いします!」
「頼むよ姉ちゃん!」
「雫さんお願い〜っ!」
両手を合わせて拝むように私に頭を下げる子供が三人。
…どうしてこうなった。
事の始まりは数分前。
夏の暑さに負けて仕事終わりに通りがかったポアロで涼んでいると、ソファー席で何やら楽しげに話していた子供達が私に声を掛けてきた。
どうやらその子たちは私と知り合いだったらしく、久しぶりだの元気ですかだの記憶喪失って本当なのと矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
その辺りは全部コナンくんが説明してくれたから楽だったが、問題はその後だ。
子供達はどうやら夏休みに海水浴へ行く計画を立てていたらしいが、保護者として一緒に来ていた博士と呼ばれる老人が急に予定が入ってしまったらしい。
一気に落胆の声を上げる子供達。
まぁ楽しみにしていた夏休みの計画が先延ばしになればそうなるよな。と他人事のように眺めていれば、突然何か思いついたように声を上げた子供達。
嫌な予感がしてさっさと逃げかえろうと思ったが、それを察知したのかすぐさま冒頭の台詞で私の逃げ場は塞がれた。
…勘弁してくれ。
ただでさえ暑くて怠いのに子供のお守りなんてやってられるか。
確実にめんどくさい。
見るからに元気一杯な小学一年生達を引率できる程、私はできる大人ではない。
「これ君たち、我儘を言ってはいかんよ」
やはり常識のある大人は違うらしい。
すまんのぉ降谷先生。と頭を下げる老人に愛想笑いを浮かべた。
いいぞ、そのまま子供達を諦めさせてくれ。
「いつも暇って言ってただろ!」
「外で遊ばないと元気な大人になれませんよ!」
「雫さんお肌白いし、少しは日焼けした方がいいよ!」
なんで子供に世話焼かれてるんだ私。
どうやら子供達が知る私はどうしようもない大人だったらしい。
…強ち間違ってないけど腑に落ちない。
「お前らなぁ、雫さんも記憶なくて大変だろうし、今回は諦めろよ」
「コナンくんはいつも雫さんにポアロで会えますけど、僕たちはこんな機会でもないと雫さんとお話すらできないんですよ?」
「そうだそうだ!あと病院行った時くらいじゃねぇか!」
「コナンくんばっかり仲良しになってずるいよー!」
…成る程、降谷先生大人気ですね?
どうやら健康診断で小学校に行った際人気者になったらしい。
そういえば外歩いててもやたら親子連れに声かけられるし、以前の私はかなり子供の扱いに長けていたのだろう。
正直信じられない話だけど。
「すまんのぉ降谷先生」
そのすまんのぉは行く事前提の謝罪ですか?
「この子達言い出したら聞かないもので…」
前提だったかぁ。
「でも私、免許はあっても記憶がないので運転も止められてまして…」
「なら僕が車を出しましょうか?」
なんとしてでも断ろうとする私の背後からひょっこりと姿を現したイケメン。
「安室のにいちゃん!」
…どうやら彼も子供達と親しかったらしい。
世の狭さを呪いたい気分である。
「そしたら雫さんも行けるしどうかな?」
「「「やったぁー!!」」」
私の意見など関係なしに、休日の予定が決められた。
子供達に見えないようにため息を吐く私の背に置かれたのはコナンくんの手だった。
…君は本当に小学一年生か。
彼の気遣いにほんの少しだけ泣きたくなった。
優しさとは時に人を傷つけるって知ってる?
「安室さんのお車って確かスポーツカーですよね?定員オーバーじゃないんですか?」
そうだ、彼の車は白の無駄にかっこいいスポーツカーだったはずだ。
定員オーバーなら自然と私が弾かれてもおかしくはない。
「なら昴の兄ちゃんにも車出して貰えばいいんじゃねぇのか?」
「実は昴さんにも付いてきてもらう事になってのう…」
「大丈夫ですよ、ちゃんと全員乗れる車をレンタルしますので」
抜かりないなこのイケメン。
「でも走りなれた車の方がいいでしょうし、私は遠慮しておきます」
「気にしないでください。偶には違う車を運転するのもいいですし、それに歩美ちゃんも女性の貴女が居た方が過ごしやすいでしょうし」
ね?と笑顔で押されては何も言えまい。
いくら子供とはいえ女の子は女の子だし、男ばかりの中1人だけ女の子というのも何かあった時に困るだろう。
「…ではお願いします」
つまり、私に逃げ道など無かったわけだ。
ーーーーーー
どんなに嫌だと思っても時間は止まってはくれない。
結局訪れた当日にうんざりしつつも、せめて子供達が楽しめるようにと腹を決めた。
…はずだった。
「…あっつー…」
更衣室から出ると攻撃的なまでに突き刺さる紫外線。
はぐれないように手を繋いだ歩美ちゃんは楽しみだね!とニコニコ笑顔だった。
…これが若さか。
「雫さん水着きなくてよかったの?泳げないよ?」
「私は泳がないからいいよ。みんなが危なくないように見守るのが私のお仕事だからね」
「えー!せっかく海に来たのにもったいない!」
パーリーピーポーで溢れるビーチで下着同然格好で肌を晒す勇気は私にはないんだごめんね。
もしもの為に着替えは持って来てあるし、浅瀬くらいだったら付き合うつもりだ。
半袖Tシャツの上にパーカー羽織って短パン姿という女子力を捨てたような格好だが、来ただけ多めに見て欲しい。
「歩美ちゃん日焼け止めは塗った?」
「あ!持ってくるの忘れちゃった…」
「じゃあ安室さんがパラソル立ててくれるって言ってたから、そこで塗ろうか」
濡れても大丈夫なやつ持って来たから。と続ければ、ありがとう!と元気のいいお礼が返って来た。
…若いなぁ。
「あゆみー!雫さん!こっちだぞー!」
元気一杯な元太くんの声に導かれ、漸くパラソルの下という日陰にありつくことができた。
「雫さん大丈夫?」
「…うん、大丈夫大丈夫」
ごめんうそ。
むっちゃしんどい。
この体が悪いのか、それとも歳のせいか、直射日光に抗えずパラソルの下に着くまでに大分体力を持ってかれた。
アラサーにこの日差しはキツイ。
「…日焼け止め塗ってあげるからおいで」
早速海へと向かう元気な男子に混じって駆け出そうとする歩美ちゃんを引き止めて、念入りに日焼け止めを塗ってあげた。
いくら元気な子供と言えど、日焼けの痛みには抗えないだろう。
そうならない為にもムラなく塗って送り出せば、早速聞こえる楽しそうな声。
「お疲れ様です」
「…来たばかりなんですけどね。私要ります?」
にこりと笑いながら声を掛けてきた安室さんに返せば、勿論。と返ってきた。
「流石に僕が歩美ちゃんに日焼け止め塗るわけにはいきませんから」
「いくらイケメンと言えど犯罪臭がしそうですもんね」
…しまった、どうやら暑さで脳も溶けているらしい。
うっかり口を滑らせたにも関わらず、彼は相変わらず愛想よく笑っていた。
「水着じゃないんですね」
「安室さんはばっちりパリピですね」
水着似合い過ぎだろ。
童顔なせいもあってか、夏休みを満喫する大学生に見えなくもない。
むっちゃ逆ナンされてそうだし、ギャルに囲まれていても違和感ないだろうなこれ。
「安室さーん!」
「一緒に遊ぼうぜー!!」
「雫さんも早く早く!」
「…呼ばれてますよ安室さん」
「雫さんもですよ」
「…まだ体力的にキツイので先に行ってて下さい」
あの中に入る元気はまだない。
結局痺れを切らした子供達にお迎えに来られ、彼はその輪に入って行った。
「で、君は遊ばなくていいのかな?」
その代わりにパラソル下に来たのはコナンくんだった。
「うん、僕も疲れちゃったから」
「そっか。じゃあ飲み物買って来てあげるから、君は此処で大人しく休んでて」
財布片手に立ち上がろうとすれば、掴まれた手。
「コナンくん?」
「なら僕も一緒に行くよ」
「有難いけど、君は此処で荷物番しててくれると助かるな」
誰も居なくなってしまえばこの人混みだ、貴重品はすぐ持っていかれるだろう。
「どうしたんです?」
「安室さん、実は雫さんが飲み物一人で買いに行こうとしてて…」
大人なんだからそれくらいできるというのに、何故そんな報告をされなくてはいけないのだろう。
「女性一人で歩かせるには危険ですし、僕が行って来ますよ」
「いえ、車まで出してもらってますし、私が行きますよ」
「貴女に何かあっては僕が嫌なんです」
ね?とイケメンスマイルをぶちかますイケメンはいつもこんなことばっかやってるのだろうか。
親切も行き過ぎると身を滅ぼすだろうに、よくやるな。
「…安室さん抜けたら子供達が退屈しちゃいませんか?」
「そこはコナンくんにバトンタッチしますから。ね、いいだろう?」
「うん!僕もう元気だから行ってくるね!」
やはり若さとは回復の早さなのだろうか。
そのまま駆けていく小さな背中にそんなことを思いながら見送った。
「何から何まですみません」
「気にしないでください。雫さんのおかげで歩美ちゃんも安心して遊べるんですから」
まぁ見ている限り彼女は私が居なくても平気そうだけどね。
せめてお金だけでもと思ったが、あっさりと却下されてしまった。
イケメンは全てにおいてイケメンだったらしい。
結局体力のないアラサーは大人しく日陰で子供達を見守ることにしました。
ほんと、元気だなぁ。
「ねぇお姉さん一人?」
「よかったら俺らと遊ぼうよ!」
眩しいなぁ。
陽の光でキラキラ輝く海もだけど、はしゃぐ子供達がなにより眩しかった。
「あれ、無視?おーい、聞こえてる?」
「ねぇ、遊ぼうって」
「…え、私ですか?」
ああ誰かナンパされてるなぁ。流石海、パーリーピーポーと思っていたが、どうやら絡まれて居たのは私らしい。
すみませんカツアゲなら他を当たってください。
「お姉さん以外に誰がいんのさぁ。面白いねぇ」
「つまんなそうだし、俺らと一緒にどう?絶対楽しませてあげるからさ!」
「いえ、連れがいるので遠慮しておきます」
とりあえず当たり障りなく断って最後に愛想笑いを浮かべたが、どうやらこの男二人は耳が付いていないらしい。
顔の両サイドに付いたそれは飾りかな?
「ほら、こっちこっち!」
「なんならお姫様抱っこしてあげよっか?」
今度は力技に出るらしい。
無理矢理たたせようと人の腕を掴んで引き上げる男。
頭の沸いたパリピはおかえりください。
と思っても力で敵わないし、言っても無駄な現状にどうしたものかと困っていると、男達の背後に捉えた姿。
「彼女に何か用ですか?」
人数分のドリンクを持った安室さんが居た。
…眩しい。
男二人の顔面偏差値を一気に振り抜くイケメンの登場にも、彼らは食ってかかるらしい。
中身も外もイケメンな彼に敵うはずがないだろうになんて無謀なことを。
「なんだぁ兄ちゃん、彼女のツレか?」
「悪いけど女の子に暇させるような優男にゃ用はねぇんだよ!」
…勘弁してくれ。
気づけば少しずつ集まる周囲の視線。
目立ちたくないし、なによりこんなとこで揉め事とかめんどくさいにも程がある。
子供達が楽しく遊べなくなったらどうしてくれるんだ。
こうなったら手段なんて選んでられない。
「透くん、ずっと待ってたのに遅いよ。寂しかったんだからね!」
めんどくさい彼女役に徹することにした。
アラサー痛いという言葉は捨て去った。
彼氏大好きパリピになりきるしか浮かばなかったんだから仕方ない。
「ごめんよ、混んでたものだから」
「離れてた分、ぎゅってしてくれなきゃ許さないんだからね!」
自分で言っていて吐きそうだった。
…大丈夫、まだ心は折れていない。
「ほら、これでいいかい?」
腕を伸ばす我儘な彼女を抱きしめる彼氏といったところだろうか。
パーカー越しに感じた腹筋は固かった。
この顔でこの筋肉ってすごいギャップですね。
そうしてバカップルを直視した男二人は舌打ちを残して去って行きましたとさ。
…結果オーライなんだから泣くのは耐えろ私。
心に大きな傷を負った気がした。
「雫さんと安室さんお付き合いしてたんだね!」
歩美ちゃんの無邪気な声に完全に心が折れた。
子供の無邪気さって本当、残酷だよね。
…其の後、子供達の勘違いを解くのには骨が折れた。
おのれ頭の沸いたパリピ共め、一生許さないからな。
ーーーーーーーーーー
「…今日は本当にすみませんでした」
帰る頃にはすっかりお眠な子供達を無事送り届け、二人きりになった車内で頭を下げた。
私如きがいくら演技であってもこのイケメン様の彼女のフリなど身の程知らずもいいところだ。
「何がですか?」
「…いくらフリとはいえ、あんな真似をしてしまったので」
言うのも思い出すのも恥ずかしいのに口にさせるのやめてほしい。
「ああ、僕にとってはむしろ役得でしたし気にしないでください」
「…いつもそんな感じなんですか?」
私との関係性を誤魔化すくせに、こうやって思わせぶりな態度を取る彼の事がよくわからない。
「少なくとも貴女には」
「誰にでも言ってそうな台詞に聞こえますけどね」
彼の言葉はどこか掴めなくて、何が本心か読み取れない。
だからその全てを信用する気にはなれない。
「貴女だけですよ」
その声があまりにも真剣で、思わず見やれば、彼はいつもの読めない顔で笑っていた。
「なんて言っても貴女は信じてはくれないでしょう?」
また、だ。
初めて見たときの、一瞬だけ見えた彼の苦しそうな顔を思い出した。
悪いことをしたわけではないのに、ぎゅ、と罪悪感に胸が締め付けられるような感覚。
ごめんなさいと無意識に浮かぶ言葉。
「…貴方にとっての私は…いえ、もうそろそろ着きますね」
「はい、此処でお別れですね」
…私、何を聞こうとしていたんだろう。
マンションの前に停められた車。
いつもと変わらず笑顔の安室透。
「…ありがとうございます」
「こちらこそ、とても楽しい一日を過ごせませましたから」
何事も無かったかのように車を降りれば、彼もまた先程の会話なんて無かったかのように笑う。
「おやすみなさい」
「…おやすみなさい」
何故か彼と交わす挨拶は、慣れずにむず痒くなる反面、暖かく感じてしまう。
…なんなんだ、これ。
彼に対して疑問が浮かぶくせに、何処かで彼と話せることに、姿を見れることに安心を覚える自分がいる。
「…やめろ、考えるな」
これ以上考えたら、余計な事に気づいてしまう。
それは、それだけは、絶対に嫌だ。
だってそんなの、あり得ない。
本気にするな、惑わされるな、好感なんて、抱いてない。
「…最悪だ」
何故か彼の顔を見ると、安心してしまう自分がいる。
彼と会話をすると、はぐらかされてばかりなのに何故か何処かで安心する。
直感的、感覚的に、安心する。
最悪だ。
物事には必ず理由が付いて回る。
なのに私が彼に無意識に感じるこの感情は、この私にはなに一つ理由が見つけられない。
以前の私がどうだったかなんて知らない。
少なくとも今の私は彼と会って間もない筈なのに、こんなの、おかしいじゃないか。
「最悪だ」
鏡に映る顔が誰の顔かなんて、分からなかった。
君は本当に私?
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