流れ星は宇宙にあるゴミが燃えた事により見える現象と言われている。
流れ星を見て綺麗だと言って浪漫を感じるその裏で、真実はただの燃えかす。
死んだゴミ。

「…私と同じだ」

周囲の人を守るために、自分を犠牲にした記憶を失う前の私は、命を張ったあの瞬間に流れ星と同じで輝いて、そして残った燃えカスが私だ。
人は以前の私との綺麗な記憶を、思い出を語る。
もう消えてしまった記憶を、思い出を懐かしみ、取り戻せと、思い出せという思いを込めて語るのだ。
私からしたら死んでしまった記憶。
私は持ち合わせない別の記憶。
失った私には最初から存在しない記憶。
無いものを取り戻せ等、無茶を言う。
燃えカスは所詮燃えカスでしかなくて、人々に求められた輝きはとっくに消え失せている。
1が0になることはあっても、0が1になることはあり得ない。
だって1を失ったから。
0パーセントは1パーセントにすらなれないのだ。
毎日同じルーティンを繰り返し、記憶の鍵を取り戻すなんて無理だ。
だって1を失った燃えカスの私には初めからない記憶。
燃えてしまった記憶の中で、唯一残ったのが燃えカスのこの私。
なのに身に覚えのない感覚がふとした瞬間に浮かぶのだ。
その殆どはあの人と居る時で、けれど理由が分からない私には不可解な感情だ。
私自身の感情じゃないのに、ふとした瞬間それを自分自身の感情と勘違いしそうになる。
向けられる眼差しはきっと、私自身へ向けられているわけじゃないのに。

「…ばかばかしい」

期待の眼差し。
応えられない自分。
燃えカスになる前の私を知る人は燃えカスの私を悲しんでいて、星には戻れない燃えカスの私には為す術がない。
なんて不毛なんだろう。

「君は誰なんだろうね」

鏡に映るこの姿は確かに誰かの記憶に残る姿なのに、中身は誰にも望まれない燃えカスだ。
私はこんな姿だったのだろうか、こんな名前だったのだろうか。
その器と付けられた名前は私の知らないもので、中身だけが私なのだと感じられるのに、周りはその逆で、この中身だけが違うのだと思っているのだろう。
本当の死とは人々に忘れられた時だと聞いたことがある。
この世界でこの私を、記憶を失った私を知る人はきっと誰も居ない。
彼らが一方的に知っているのは、記憶を失う前の星だった私だ。
だからこの私は死んでいる。
誰にも知られない私は、初めから生まれてすら居ないのかもしれない。

「…忘れられていない星なら、ちゃんと生きていてくれればいいのに」

流れる星は落ちた後の事なんて考えちゃいないのだろう。
だからあんなに輝けるのだ。
なんて理不尽な話。
燃えカスだというのなら、こんな中途半端に残らずそのまま消えてしまえばよかったのに。
誰の記憶にもないこの私は、きっと生きてすらいないのだ。

「…虚しいな」

生きてる心地がしないまま、ずっと自分の知らない自分を取り戻すために毎日知らない私がしていたことを繰り返すなんて。
今の私は、何がしたいのだろう。
どうしたいのだろう。
分からなくなって、財布と携帯だけをポケットに入れて部屋を出た。
私の知らない私なんて、知るわけがない。
目的地なんて無いけれど、私の知らない私のルーティンワークをこなす気にはなれなかった。
足は反対方向へ向いていた


ーーーーーー

笑顔は受容のサインとも言われるが、時にそれは受容に見せかけた拒絶にもなる。
人と一定の距離を保ちながら当たり障りなく過ごす為の手段。
毎日のように知らない誰かが知らない私に話しかける度に、それを繰り返した。
何度も何度も同じように。
私が知らない私を見ながら話しかける人達。
その私の話は聞けば聞くほど別人で、笑顔を貼り付けた裏側で、言いようのない不快感は募っていく。
記憶を取り戻すためにと医者に言われたように、人から聞いた私の知らない毎日を繰り返す。
私じゃない私の日常。
それは苦痛でしかなかった。
出勤時は必ず喫茶店へ行く。
喫茶店へ行けば私の知らない私を知る人達に声を掛けられる。
毎日、毎日毎日毎日毎日。
記憶はまだ戻らないのかと、空気が語る。
毎日会う、私の知らない私を知る人達。
私ではない私を待ち望む人達。
吐き気がしそうだった。
求められる私を取り戻せない自分にも、私ではない私を重ねる人達も。

「おっと、大丈夫ですか?」

嫌気がさした。
だから毎日のルーティンワークを無視して、通勤ルートとは反対の道をもくもくと歩いていたら、誰かにぶつかってしまった。

「…すみません、考え事をしていたもので」

見上げた先には眼鏡を掛けた優しそうな雰囲気の青年が居た。

「顔色が悪いようですが、どこか具合でも?」

私に対して掛けられる言葉を、記憶を失ってから初めてかけられたような気がした。
ただ純粋に、この私だけにかけられた言葉。
私の知らない私に向けてではない言葉。
重ねることもなく、ちゃんと私を見て発せられた言葉。
たったそれだけなのに、どうしようもないくらい安心してしまって、自分でも無意識の内に涙が溢れていた。

「もしよろしければ落ち着くまでの間、お茶でもいかがですか?勿論無理にとは言いませんが、そんな顔をした女性を放っておくわけにもいきませんから」
「…ご迷惑、ですし」
「丁度暇を持て余してまして、話し相手になって頂けると僕も助かります」

安心した、のかも知れない。
ちゃんとこの私とはじめましてをしてくれる人がいたことが。
私自身と話をしてくれる人がいたことが。
記憶を失って初めて、まともに息が出来た気がした。

ーーーーーー

案内されたのは画面越しにでしか見たことないような豪邸だった。
お洒落な内装にびくつきながら入れば、それを見た青年が「僕も初めて来た時は驚きました」と笑ってくれたことで少しだけ緊張の糸がほぐれた気がした。
どうやら私と同い年らしい彼は沖矢昴と言うらしい。
博士号を取得するために大学院に通う院生で、いろんな経緯があった後、今は有名作家のこの家を借りているらしい。
工藤優作というミステリー作家で、奥さんは有名な元大女優。
その息子もまた有名な高校生探偵だと知る人も多い筈のその話を、昴さんは何も知らない私に優しく教えてくれた。
穏やかな口調で語る昴さんとの会話は、とても楽しかった。
お互いはじめましての人とする会話。
私も彼を知らないし、彼も私を知らない。
そんな当たり前の事が、嬉しくて仕方なかった。
私が記憶喪失であることを話しても、私の知らない私を重ねられる事はない。
あの視線を、罪悪感を、息の詰まるような空気を感じなくて済むのは心地よかった。
記憶を失ってからずっと自分が本当に存在しているか曖昧な感覚がつきまとっていたが、今ようやく、私は生きていると思えた気がした。

「…ようやく自分が生きている気がしました」
「生きている、ですか?」

沢山話をして、充実した時間を過ごした。
こんなにも安心を実感したのは、記憶を失ってから初めてかもしれない。

「人が本当に死んだ時、それは人から忘れさられた時だと思ってたんです」

この私は誰も知らない。
誰も望んでいない。
重ねられるのは私の知らない私。
ハナから人の記憶に存在すらしなかった私は、生まれてすらいない。

「私の知らない私を知る人達からしたら、この私はハナから存在しなかったようなもので、望まれる私を取り戻せないことが息苦しくて仕方なかった。
声を掛けられるたびに、視線を向けられる度に、私じゃない私を重ねられていたから、今まで生きた心地がしなかったんです」

輝く星だけが求められ、燃えカスには誰も目を向けない。
燃えカスが星に戻る事などできないのに。

「貴女は以前の自分を取り戻したいと思いますか?」
「それは、分かりません」

取り戻したいかと聞かれれば、取り戻さなくてはならないと思う。
それはきっと義務であり、当然の事なのだと言い聞かせてきた。

「私の意思ではなく、取り戻さなくてはならない。という義務なんだと思っています」
「義務、ですか」
「はい。以前の私は星、今の私は燃えカスだから、難しいんですけどね」
「星が燃える、まるで流れ星のようですね」

人の目に見える綺麗な星。
人から見えなくなった流れ落ちた燃えカスが今の私だ。

「燃えカスは星に戻れるんでしょうか」
「果たして貴女は本当に燃えカスなのでしょうか」
「ええ。誰の目にもとまらない、燃えカスですよ」
「それは不思議ですねぇ。僕には確かに貴女が見えているのに」

面白そうに笑って告げられた言葉。

「…どうにも初めましての人と話していなかったせいか、その言葉が嬉しくて仕方ないです」

私は何度この人の前で泣くのだろう。
嬉しくてもぽろぽろ涙が溢れてきて、笑ってしまった。

「おや、器用に泣かれますね」
「これが嬉し泣きってやつですか」
「まさしく言葉通りですね」

暖かかった。
確かに私は存在していて、そして生きている。

「こんなに泣いたのも、笑ったのも久しぶりかも」
「それはよかった。泣く事によってストレスを発散できると言いますし、笑う事は健康にもいいと聞きますので」
「…本当だ。気持ちが軽くなったみたいで、楽になりました」

貼り付けた笑顔の裏に抱えていた重い不快感は、少しだけ軽くなっていた。

「無理に思い出す必要もないと思いますよ。人らしい感情を失っては元も子もありませんからね」
「確かに、以前の自分どころが、人間としての感情すら忘れてしまいそうでした」

作業のように毎日を過ごして、笑顔を貼り付けて距離を置いて、これでは人と話すも何もない。
求められていない私だけど、今の私を知らない人と改めて初めましてをしたいと思えた。
思い出せなくてごめんなさい。
今の私とはじめましてをしてください。
そして私の知らない私の話を、今の私としてください。
今の私が知らない貴方の話を聞かせてください。
今の私と、話をしてください。
…次からは素直に言えるような気がした。
今の私を拒絶されるのが怖くて、向き合う事を避けていたのだと漸く気づけた。

「昴さんとお話ができて本当に良かったです。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました」
「もしご迷惑でなければまたお話してもらえませんか?」
「ええ勿論。丁度僕も茶飲み友達が欲しかったところですので」

茶飲み友達。
なんだか少しばかり年寄り臭い発言に笑ってしまった。

「今日はお邪魔しました」
「よければまたいらしてください」
「はい、是非」

いままで重く感じていた足どりは軽やかで、自分の存在を感じることがこんなにも心地いいなんて知らなかった。







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