「さくらんぼのヘタを口の中で結ぶってやつあるじゃないですか」
食べ終わったアイスに乗っていたさくらんぼを見てふと思い出したことを言ってみる。
さくらんぼのヘタを片手で摘めば、安室透はお行儀が悪いですよ。とまるで兄さんみたいな事を口にした。
「でもほら、他にお客さんも居ませんし、店員も安室さんだけですしいいじゃないですか」
「やるなら家でやって下さい」
「えー…」
「さくらんぼ買って行ってあげますから」
「じゃあやめます」
たった二人きりの店内で、どんなやり取りをしているかを知るのは私たち二人だけなのに、客と店員を演じているのがなんだか面白くて笑えば、安室透は不思議そうに小首を傾げた。
ほんの一瞬だけ素がみえたような気がしてまた小さく笑えば、今度はどうしたんですか?と声がかけられる。
「いえ、別に。ただ面白いなって思っただけですよ」
「普段はあんなに嫌そうなのに、どういう心境の変化ですか?」
「そうですねぇ…貴方と二人だけの空間に流れる穏やかで平和なこの空気がなんとなく、居心地がいいからかもしれませんね」
兄さんとは呼べなくても、二人だけの空間はとても穏やかで、安心できる。
「からかう子達も居ませんし?」
「そんなに嫌ですか?」
「だって私が好きなのは安室透じゃないですから」
勿論嫌いでもないけれど、でもたった一つだけ私の中にある特別な好きは降谷零だけだ。
「それは残念だ」
「そういうのを人前、特に女子高生達の前で言うのはやめてくださいね」
「もう帰るんですか?」
「寂しいんですか?」
わざと質問で返せば、安室透は笑って答えるのだ。
「そうですね、その分は貴女の大好きな方と埋め合わせをしてもらいましょうか」
つまり今夜は兄さんが来るってことか。
「それは楽しみですね。今夜はハンバーグが食べたいなぁ」
「僕に言われても」
そう言って肩を竦めてみせるのは、安室透には毒を吐く私への仕返しだろうか。
「私の大好きな人はなんだかんだで甘いって知ってるので、楽しみに待ってますね」
「…分かっててやっているのならとんだ小悪魔ですね」
「アラサーのくせしてあざといことやってる人には言われたくないです」
遠回しに安室透のそういうところが嫌だと伝えれば、わざとあざといイケメンスマイルを向けて来るのだから性格が悪い。
ーーーーーーーーーー
「やっぱり兄さんは甘いね!そんなところが大好きだよ!!」
「…お前な」
美味しかった!!とリクエスト通りのハンバーグとデザートを平らげて笑う妹はご機嫌だ。
「まさかタダでしてもらったと思ってないよな?」
へらへらと緩みっぱなしの顔で抱きつく腕を捕まえれば、何かを察したのかそっと身を離そうとするのが分かった。
離すわけがないだろう?
「…そういうの狡いと思います」
「ちょっと遊ぶだけだよ」
「その遊ぶが怖いんですけど」
デザートとして出したさくらんぼのヘタを摘めば、何をするのか察したらしい。
「競争するの?」
「競争はしないよ。ほら、あーん」
素直にぱかりと小さな口を開ける様はまるで餌を待つ雛鳥のようだ。
そんな事を言えば怒られるのは目に見えているから黙って口の中へとヘタを落とす。
「ん…」
首を伸ばして必死に舌を動かして居るのか、もごもごと動く口を眺めながら顎に手を添えれば、不思議そうな瞳がこちらを見つめる。
それに笑顔で返しながら、唇を重ねれば予測しなかった事態に驚いて微かに開いた口。
その隙間から舌を差し込めば、抗議するように胸を押されたが今更止めるわけないだろ。
「んー!ん…っ、ふ…んぅ」
わざと舌を絡めるようにヘタを探り当てれば、何をするのか気づいたらしい。
胸を押す力が強まった。
「…スケベ」
見事結ばれたヘタを見た妹が発した第一声はそんな言葉だった。
「大変そうだったから手伝おうと思って」
「白々しい!!イケメンだから何しても許されると思うなよ!!兄さんのスケベ!エッチ!変態!」
「そんなに言われたら期待に応えないとな」
「嘘です嘘ですごめんなさい!!兄さんったらすっごい器用!流石私の兄さん!すごいなー!!!」
「じゃあ改めてやり直そうか」
にっこりと笑う俺とは反対に、何を?と引きつった顔で呟いた妹の頬に手を当てて、何も含んでいない口内に今度はキスに集中できるように舌を絡ませた。
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