甘い香りがした。

「…わざとでしょ」
「何が?」
「香水」

男物とか女物とかの違いは分からないけれど、兄がつけるには到底思えない甘い香りを指摘すれば、白々しく肩をすくめた。
分かってるくせに。

「甘い」
「へぇ、どんな風に?」
「…よくわかんないけど、引き寄せるような、手招くような、甘い蜜で誘う花的な?」
「ならそんな顔をする必要はないと思うけど」
「…兄さんが自分でつけた匂いじゃないでしょ、それ」

分かってるくせに。
分かっていてわざと言わせようとするのだからタチが悪い。
兄さんってそういうとこあるよね。ちょっと腹立つというか性格悪いっていうか。

「だから?」
「…性格悪」
「何が嫌でそんな顔してるんだ?ちゃんと言わなきゃわからないだろう」

ほんと、腹立つ。

「誰かに匂いが移るほど近寄られて、そんな匂いをつけてる兄さんが嫌だ。私だけの兄さんなのに」

するりと身を寄せて誘う美女が思い浮かぶような、そんな匂いをわざと纏ってる兄さんが腹立たしい。
普段はそんなことしないくせに、どうせ私の反応が見たかったからに決まってる。
まんまと思惑通りに嫉妬すれば、私とは対照的に嬉しそうに顔を歪めていた。
どうかこの腹立つイケメンに金ダライを落としてやってほしい。ほんと腹立つ。天からいきなり金ダライの雨に降られろマジで。

「なら雫の匂いを移してもらわないとな。お前のものってわかるように」

とろり。
甘くとろける蜂蜜のような顔で誘う兄には甘い香水なんて必要ないのだろう。
耳元で私の名前を甘く囁く声に、いつだって溶かされてしまうのだ。

「…まずはその匂いを落としてからね」
「じゃあ一緒に風呂に入ろうか」
「…ほんと、性格悪い」
「嫌か?」

…わざわざ聞いてくるんだからやっぱり性格悪い。

「そんなところも嫌いじゃないから腹が立つ」
「つまり?」
「好きって言ってんだろ兄さんのばか!」

ぼすり、とその胸に頭突きをすれば、くすくすと笑いながら抱き込まれてしまった。

「俺も、好きだよ」
「…狡いなぁ」
「そんな俺も好きなんだろ?」
「そーだよ。これで満足ですかー?」
「あともう一息。まぁそれは今からもらうとするよ」

気障ったらしく髪にキスをした悪魔に美味しくいただかれるのだろう。
小悪魔ってきっと兄さんみたいな人の事を言うんだろうなぁ。







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