「とりっくおあとりーと!」
「はい、お菓子をあげるから悪戯しないでね?」

診察室へ入るや否や、可愛らしい声で両手を差し出す子供の手に用意しておいたお菓子を乗せてやれば、これまた可愛らしい笑顔を見せてくれた。
すみません。と困ったように笑うお母さんに微笑みかければ、今度はありがとうございます。と返ってきた。

「ありがとう先生!」
「こちらこそありがとう。ハロウィンの気分を味わえて先生も嬉しいよ」

だから気にしないでください。と遠回しにお母さんに伝えてから、良い子の診察を始めた。
今日は10月31日。
子供もウキウキのハロウィンだ。

「泣かずに診察を受けれた良い子にはプレゼントがあります!」
「ほんと!?」
「ほんと。だから帰りに受付のお姉さんからちゃあんとプレゼントを貰ってから帰ってね」
「おねえさん?おねえさんはいないよ?」
「おかしいなぁ、良い子にはお姉さんに見えるはずなんだけど…」
「ぼくちゃんとおねえさんにみえるよ!」
「うん、良い子」

年上の女性は全てお姉さんって思っていれば君の人生は軽くイージーモードだよ。
おばちゃんという言葉は時として人を傷つける。特に子供の純粋な言葉なら尚更だ。
良い子のお返事で手を振りながら診察室を出て行く背中を見送って、今日の診察は終わりだ。

「降谷先生今日もモテモテでしたね」
「お菓子の力って偉大ですね」
「ふふっ、先生はそんなものなくても人気者ですよ」

そう言ってコーヒーの入ったマグカップとチョコレートをデスクに置く看護師さんは間違いなく癒し系だ。

「トリックオアトリート、ね」

お菓子がもらえる素晴らしいイベントは、果たして大人にも通用するのだろうか。
どちらかというと大人は仮装か与える側のイメージだもんなぁ。

「悪戯したい方がいらっしゃるんですか?」
「いえ、どちらかといえばお菓子をもらいたい人、ですかね」
「あら、そしたらちゃんと呪文を唱えなくちゃいけませんね」

まぁ呆れられるんだろうけど。
でも最後はちゃんとくれるのは知っている。

「ええ。一語一句間違える事なく唱えます」


ーーーーーーーー

「トリックオアトリート!」

部屋に入るや否や、子供のような無邪気な笑顔で手を差し出す妹はすっかりハロウィン気分らしい。
仮装も何もしていないが、お菓子だけはちゃんと貰おうという気持ちが前面に押し出されている。

「どんな悪戯をしてくれるんだ?」
「え。お菓子くれないの?」
「お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうんだろう?」
「私のはお菓子を頂戴の意味だよ」

知ってるよ。
とは言わずにその手を掴んで抱き寄せれば、拗ねたように首元に顔を埋められてしまった。

「なんでないのー」
「なんであると思ってたんだ…」
「だっていつもくれたじゃん!」
「歳はいくつかな?」
「27歳児だからね。仕方ないよね」
「開き直るなよ」

拗ねたかと思えば今度は楽しそうに笑って、またトリックオアトリートと歌うように紡いだ声。

「ほら、あーん」
「あー」

素直に開けた口の中へチョコレートを放り込めば、嬉しそうに口の中で転がし始めた。

「美味しいか?」

こくこくと頷く顔は満足そうで何より。
さて、それじゃあ俺も呪文を唱えようか。

「トリックオアトリート」
「…ん?」
「トリックオアトリート」

こくり、とチョコレートを飲み込んで後ずさろうとする体を押し倒せば、ずるい!と上がる抗議の声。

「何がずるいんだ?」
「兄さん今まで言ったことないじゃん!」
「俺だって言いたくなるさ」
「アラサーなんだからイベントで浮かれるのってどうかとおもうよ」
「盛大なブーメランだって気づいてるか?」
「黙れイケメン」

それは悪口のつもりなんだろうか。

「で、俺にくれるお菓子は?」
「…10分待ってくれたら用意できる」
「俺は今すぐにじゃなきゃ嫌だ」
「わがままめ!」

必死に俺の両肩を押しながら距離を取ろうとするが、大人しく引くつもりはない。

「そんな雫に朗報だ」
「なに」
「今俺の目の前に美味しそうなお菓子がある」

指先でその甘そうな唇をなぞれば、何が言いたいのか悟ったらしい妹がひくりと口の端を引きつらせた。

「まって、それはよくない。ちゃんと胃に溜まるものをオススメします」
「待たない」

阻止しようと俺の口をおさえようと伸ばされる手を掴んでその唇に食らいつけば、ほんのりと感じたチョコレート。

「んぅ…っ」

つい先程までそれを舐めていた舌からは確かにチョコレートの味がした。

「ご馳走さま」
「…この悪魔め」
「え?まだ悪戯され足りない?しょうがない、もう嫌だって言うくらい悪戯してあげるよ」
「誰もそんなこと言ってな…っ、ちょ、どこ触って…!っひ、肌をなでるな!っ、まってまってそれほんとだめだって…っ!」

この悪魔め!!!と翌朝目覚めた妹に叫ばれたのは言うまでもないだろう。
ハロウィンも中々悪くないな。







戻る
top