ベルモットととの任務を終えて解散した帰り道。
ふらふらとした足取りで隣を駆けて行った見覚えのある姿に急いで追いかければ、それは紛れもなく妹のもので、ぐらりと膝を折って苦しそうに呼吸をする姿に思わず名前を叫んでいた。

「大丈夫…大丈夫…ゆっくりでいいから」
「に…さ…っ」

肩に埋められた顔と縋るように抱きつく体に、安室透として接することはできなかった。
これだけ酷い状況なら、きっと落ち着いた頃には疲れ切っているのだろう。
ならば寝かせてしまえばいい。
今だけは、雫の求める降谷零で居なければ。

呼吸が落ち着いたのを見計らって、寝かしつけるように優しく背中を叩けば、嫌だと言わんばかりに微かに首を振られたが、ごめんな、今は大人しく寝てくれ。
狡い兄でごめん。
身勝手な兄でごめん。

「…にぃさん…」

じわり、と肩が涙で濡れた。
そばに居なくてごめん。
離れてごめん。
戻れなくてごめん。
完全に力が抜けて眠りに落ちたのを確認して抱き上げる。
微かに香るアルコールの匂い。
走れるくらいだから酔うほどは飲んで居なかったのだろう。

「どこ行きやがったあのアマ!」

雫が駆けてきた方向から聞こえてきた怒声。
…まさか。
人目のない場所で男がこちらにくるのをひっそりと待ち構える。
…来たな。

「おっと、危ないので気をつけてくださいね」

わざと雫を抱いたまま姿を現せば、雫を見て怒りに顔を歪めた男。
…こいつか。

「その女俺のツレなんで返してもらっていいっすか?」
「ツレ?彼女が?」
「一緒に飲んでたら調子悪くなったとか言って走ってったから心配で」

酔ってるくせに口は回るらしい。
成る程、よりにもよって雫をツレ扱いか。
どう考えても雫が関わるとは思えない頭の悪そうな男。

「彼女が貴方のツレだなんてまさか本気で言ってるんですか?」
「そうだって言ってるだろ!早く返せよ!」

埒があかないと思ったのか怒鳴り始めた姿は元々耐え症がないのか、激情するのは思って居たより早かった。

「そうは見えませんけど?」
「お前こそなんなんだよ」
「それはこっちの台詞なんですけどね」
「ーっのやろ…っ!」

逆上して殴りかかって来た男を足払いすれば、面白いくらい簡単に地面に倒れこんだ。
勢いよく来ただけに、倒れる時の勢いも凄いな。

「…ぐ…っ」
「おっとすみません。生憎彼女は僕の大事な人でして。僕も穏便に済ませたいので二度と彼女には関わらないと約束していただけませんか」

怪我、させたくないので。
人当たりのいい安室透の笑顔を向けながら背中を踏めば、苦しそうな顔で必死に頷く男。

「それはよかった。では僕たちはこれで失礼しますね」

あの様子なら雫に手を出すことはないだろう。
そこまで馬鹿ではないだろうし、雫に何かしたら俺の耳に入るくらいは考えが行くだろう。


ーーーー

鞄の中から見つけ出した鍵に表示された部屋の番号まで行って鍵を開ければ、思っていたよりも物が少なく片付いていた。
片付けが苦手で、片付けろと言うたびに後で!と返していた面倒くさがりの妹の姿が懐かしい。

「…掃除は行き届いて無さそうだ」

ほんの少し埃が溜まってる本棚は、やはり妹の部屋だと思うには十分だった。
本棚って掃除いるの?だって本詰まってるじゃん。埃入る隙ないよ。と真顔で言っていたのを思い出す。

ベッドへ寝かせた雫の顔は昔と変わらず青白くて、不安になる。
幼い頃は少し運動をしただけで息を切らして、次の日には必ずと言っていい程熱を出していた妹。
成長すると共に多少は体力もついたようで、準備運動さえしっかりすれば熱を出すことも倒れることもなくなったが、それでもいきなり全力で走るようなことをすれば今日のように倒れこんでしまう。
いつから妹のことを妹として見れなくなったのだろう。
ずっと昔から気にかけていた大切な妹が、大切な妹だけじゃなくなったのはいつからだろう。
気づけば自然と意識は変わっていて、一人の異性として好きになっていた。
兄さん兄さんと懐く妹がかわいくて嬉しくて、他の誰でもない兄である俺だからこそ気を許して擦り寄る妹が愛しかった。

「…おやすみ、雫」

このまま此処に居るわけにもいかず、最後に頭を撫でてから部屋を出た。
鍵をかけて郵便受けの部分から中へ鍵を入れて、目が覚めた時雫がどんな顔をするかは考えるのをやめた。
朝食を食べに来る雫を安室透として笑顔で迎え入れて、いつものモーニングメニューを出して、美味しそうに食べる姿を思い浮かべた。
降谷零としてはまだ会えない。





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