「男は狼なのよって物理だったかー」
「何言ってるんだお前」
出て行った時のお返しとしてキスをしたら、食べられるんじゃないかって思うくらいのキスをされた。
大丈夫?私まだ口ついてる?
「長かったなぁ」
「…ああ、長かったな」
「ちゃんと話せてたらここまでかからなかったのに」
兄さんみたいに兄妹だからとか、恋人としての好きだとか分からないけど、でも同じ好きって言うのは分かったし、とても嬉しかった。
安室透で口説こうとしてきてたのは許さないけど。
「ねぇ兄さん、私と一緒に生きてください」
「…プロポーズみたいだな」
「じゃあ左手貸して」
不思議そうにしながらも差し出された左手の薬指に、思い切り噛み付いてやった。
「い…っ!?」
「歯型の指輪!」
「お前いい加減にしろよ!」
「笑ってるじゃん!」
「うるさい馬鹿」
ちょっとこいと手招きされて言われるままに従えば、首の付け根を思い切り吸われた。
「っ、何するの!」
「仕返し。指思い切り噛まれたかったのか?」
「…すみませんでした」
確かに思い切り噛んだよ。
血は出てないけど見事に痕になってるし、声出すくらい痛かったのだろう。
「やっぱりはっきり痕になるな」
自分がやったくせにまじまじと人の首元を見て満足そうに呟く狼。
大丈夫?肉抉れてない?
手鏡で確認すれば見事なまでの鬱血の痕。
青白い肌に浮かぶそれはなんかちょっと痛々しい。
「そう言えば肌白いからキスマークつきそうとか言われたなぁ」
「は?何処のどいつだ」
「お兄ちゃんこわい」
「都合よく使い分けるな」
満更でもないくせにー!とは言わなかった。
流石にもう怒られたくない。
「兄さんさ、あの時助けてくれたでしょ」
面倒な酔っ払いに絡まれて逃げた日、確かにあれは兄さんだった。
「俺が近くにいなかったらどうするつもりだったんだ…あの男近くまで来てたぞ」
「え、会ったの?」
「厳重に注意しておいた」
「…へぇ」
厳重に、ね。
これ以上は何も聞くなと言わんばかりに笑顔を貼り付けた兄。
いい子だから余計な詮索はしません。
「兄さん、おかえりって言ってもいい?」
おかえりって言えたら、また一緒に暮らせるんじゃないかって、そう思った。
でも安室透という別人で居たのは、きっと兄さんの仕事の関係なんじゃないかと気になっていた。
警察学校へ行って無事警察官になった事は幼馴染からの連絡で知っていたから。
その頃兄さんとは完全に連絡が取れなくなっていたから、全て幼馴染の唯くんがくれる電話でしか知れなかった。
唯くんも兄さんと同じ警察官になったのは知っていて、長期の仕事で暫くは連絡が出来ないと言われたきりだ。
「まだ、それは聞けない。今関わっている仕事が全て終わったら、その時改めて言って欲しい」
「…うん」
「我儘言ってごめん」
「兄さんの我儘は我儘じゃないよ」
もう一度ごめん、と呟いた兄さんが消えてしまいそうで、怖くなって抱きしめた。
やっぱり昔よりも硬いのは、私が知らない間に沢山鍛えて成長したからだろう。
筋肉も肩幅も、昔よりも逞しくなっていた。
「…兄さん、ひーくんのこと聞いてもいい?」
長期の仕事で連絡ができないと言っていたから、あまり聞いてはいけない事なのかもしれないけど、それでもいつも私達兄妹を気にかけてくれた幼馴染が気になった。
「…景光は、殉職した」
「…そっか…」
それ以上は何も言えなかった。
悔しそうに震える声で言った兄さんは、それきり何も言うことなくただ私の背中に腕を回し続けた。
きっと兄さんは私が知らない間に沢山の経験をして、沢山大切なものを失ったのかもしれない。
ひーくんと兄さんはいつも一緒に居て、兄さんの側には必ず私かひーくんのどちらかが居た。
あの時、ひーくんから兄さんとちゃんと話をしろと言われた時、逃げずにいたら、彼に仲直りできたよと言えたのだろうか。
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