兄さんとちゃんと話せた翌日、出勤前の恒例で私はポアロでいつものモーニングを食べていた。
本当はカレーが食べたかったのに、あの後冷蔵庫に仕舞われて必ず朝はポアロで食べろと念を押されてしまったのだ。
そして何が悲しくて苦手な安室透のイケメンスマイルを向けられながら朝ごはんを食べなければいけないのだろうか。

「今日も美味しそうに食べますね」
「安室さんがいなかったらもっと美味しいんですけどね」
「そんなこと言わずに、コーヒーのおかわりは如何ですか?」
「…ねぇ、雫さん昨日安室さんと何かあったの?」

あったも何もありすぎたわ。
その言葉は注がれたコーヒーと共に飲み込んだ。
詳しいことは言えないけれど、仕事の関係で今は安室透として過ごしている。と簡単に現状を説明した兄は、とんでもない発言もかましてくれやがった。
安室透も好きになって欲しいと。
普通にお断りした。
降谷零が演じてたって安室透だけは無理だ。
安室さぁん。と離れた席から猫撫で声の女性の声がして頬が引きつった。

「ねぇ、やっぱり昨日何かあったよね?雫さんここまで露骨に嫌ってなかったよね?」

どこで仕入れた情報なのか、どうせ蘭ちゃんあたりだろうけど、私と安室さんが水族館へ行ったことを知っているらしいコナン君はしきりに問いかけてくる。

「コナン君、アイスコーヒーとオレンジジュースとアイスティーならどれのみたい?」
「え、じゃあアイスコーヒー…」
「お姉さんの奢りだからこれ以上余計なことは聞かないでね」

安室さんにアイスコーヒーを注文して、コナン君を黙らせる事にした。
何も触れるな、お願いします。

「なんか雫さん初めてあった時と雰囲気変わったね」
「被らなくてもいい猫を被ってもしょうがないからね」
「へ、へぇー」
「社会に出れば君もわかるよ」

今日もコーヒーが美味しい。

「あれ、安室さんその指どうしたの?」
「ああ、これかい?」

黙らせたつもりが黙れないのが江戸川コナンらしい。
左手の薬指に巻かれた絆創膏を目ざとく見つけたコナン君に、安室透は爽やかに笑ってみせた。
ちらり、とこちらに寄越した視線は知らんぷり。
やっぱりコーヒーはおいしい。

「甘えん坊な猫に噛まれちゃって」
「っ!?ぐ、けほっ」
「大丈夫ですか雫さん、これお水です」

この野郎。
無視されたのが嫌なのか、はたまたからかいたかっただけなのか、言うに事欠いて猫とか何いってんのこの人?
差し出された水をゆっくりのんで落ち着かせる。
睨みあげようとも完璧なイケメンスマイルで流す安室透は性悪だ。
中の人などいない。
そして神もいなければ慈悲もないのだ。

「…あれ、雫さんも絆創膏…?」

ほらね、神なんていやしないのだ。

「野良犬と戯れてたら怪我しちゃってね」

仕返しと言わんばかりに答えれば、安室透はやっぱり笑ったままだった。
そうだよね、安室透はこんなこと言われたところで痛くもかゆくもないもんね。
中の人もそういう性格だもん。
成る程、性悪なとこはそっくりだ。

「雫さん動物好きなんだね」
「どうだろうね。躾がなってない野良犬は苦手かもね」
「僕は躾のなっていない猫も愛らしくてすきですけどね。ちゃんと僕が躾けてあげますし」
「へぇ。安室さんってなんでもできるんですねぇ爆発しろ」

遠回しにお前のことだよと視線を寄越すのやめてください。

「そう言えば今日はコナン君一人なんだね。毛利さんと蘭ちゃんはどうしたの?」

朝顔を合わす時は大抵三人で朝食をとっていることが多いのに、今日はコナン君一人だった。

「おじさんが寝坊しちゃったから先にいっててって言われたの」
「そっか。なら一緒に食べようか」

良い子のお返事をするコナン君にどれがいい?とメニューを見ていると、毛利さんと蘭ちゃんがやってきた。

「雫さんおはようございます」
「朝から雫さんにお会いできるとは、今日は素晴らしい1日になりますな!」
「お父さんったらもう…」

元気な父を持つと娘は大変だなぁ。
二人に挨拶をして、蘭姉ちゃん達きたから僕向こうで食べるね!ありがとう!と笑うコナン君に手を振った。
まぁすぐ後ろの席なんだけどね。
勿論私はカウンターだ。
別にカウンターが好きで座ってるのではなく、安室透が必ずカウンターに案内するせいだ。

「そういえば雫さん、安室さんとのデートどうだったんですか?」

花の女子高生の頭は恋愛のことでいっぱいらしい。
こっそりと問いかけてくる蘭ちゃんの瞳はきらきらしていて、私にもこんな時期あったかなぁと思い返しても虚しいだけだった。
なかったなかった。
人生2回目だけどどっちもないわ。

「どうもなにも、私安室さん苦手だからなぁ」
「ええっ、で、でも安室さんすっごく楽しみにしてたみたいですけど…」
「安室透はね、そういう男なんだよ」
「え、それってつまりそこまで仲良くなれたって事じゃないですか…!?」

断じて違う。
安室透とは仲良くなった覚えはない。

「おや、何の話ですか?」

白々しい。
どうせ聞こえてるくせに、僕にも教えてくださいよと人好きのする笑みで入ってきたら、そりゃあ蘭ちゃんは普通に答えちゃうよね。

「デートどうだったんですか?」
「それはもうとても楽しかったですよ。雫さんのお家にもご招待されましたしね」

ね。じゃねーよ。
わざと蘭ちゃんの想像を掻き立てるような言い回しをしてくる安室透は苦手というよりもう嫌いの域だった。
やりたい放題やりやがって。
安室透はやだと拒否し続けたのがそんなに嫌なのか。

「安室透は招待してませんねぇ」
「そんな、あんなに濃密な夜を過ごしたのに忘れちゃうなんて酷いじゃないですか」
「の、濃密な夜…って、ぇえ!?」
「ほんといい加減にしろよ安室透!女子高生からかって遊ぶな!」

思わず素で怒れば、肩を竦めて笑ったまま僕の言い方が悪かったですね、ごめんなさい。と言ってのけたイケメン。
絶対謝る気ない。
離れた席から悲鳴が聞こえたのは気のせいだ。
気のせいだっていったら気のせいだ。

「なんだぁ冗談か…じゃあ雫さんの好みのタイプってどんな人ですか?」
「僕としても好きな人のタイプは気になるので是非とも聞かせてください」

なんだこいつ。
兄さんは完全に楽しんでいる。
安室透として絶対楽しんでる。
離れた席からやっぱりとかなんとか聞こえてくるのは気のせいだ。
やめろ安室さんの好きな人ってあの人なのかぁ。とか言わないでお願い違います少なくとも私は安室透苦手です。

「ファンサしないイケメン」

降谷零と安室透の大きな違いはこれだろう。

「ファンサしないイケメン…?」
「安室さんみたいに愛想を振りまいて蜂蜜みたいに甘ったるい笑顔でいる人とは違って、包容力のある人かな」
「包容力…あ、じゃあ昴さんとかかな」
「ら、蘭姉ちゃんそろそろごはん食べよう!冷めちゃうよ!」
「え、ええ。そうね」

…昴さん?
どんな人なのだろうと首を傾げていると、とん、と絆創膏を突くように置かれた人差し指。
その先には目が笑っていない安室透…いや、これは降谷零かな?

「余所見、しないでくださいね」

…安室透はいいんですかおにーさま。





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