兄さんが今している仕事は、なんとなく、唯くんと同じ仕事なのかなと思う。
唯くんは長期の仕事だと言って、兄さんは名前を変えて別人として過ごしている。
だからといって私の兄が消えてしまった訳でもなく、たまに私の住むアパートに来てくれるようになったし、会えない訳ではないからもう寂しくはない。
ただ、今まで会えなかった分、兄さんが来てくれた時は思う存分甘えてしまうけど。
一つだけ不満を挙げるとしたら、それは目の前に居る安室透だろうか。

「コーヒーのお代わりは如何ですか?」
「結構です」

にこり、と笑う安室透は軽い。
わざとそういう笑顔を作っているとしか思えない、好感度を上げる為の作った笑顔。
29歳の癖してあざとさを身につけた安室透はやはり苦手だった。
たとえそれが兄が演じる人格であっても、正直関わりたいとは思えない。

「そうですか。もし必要になったらいつでも言ってくださいね」

嫌そうな顔をしても崩れることのない完璧な笑顔。
そして降谷零は文句を垂れるのだ。
なんでお前はこんなに俺に甘える癖に、安室透には冷たいのだと。
そんなもの、降谷零じゃないからだ。といくら言っても引かない兄は安室透としても甘えてほしいのだろうか。
多分私の兄が安室透だったら普通にドン引きだし、対応も塩だと思う。
降谷零だからいいのに。
最後の一口を飲みきって店を出た。

ーーーー

「せんせーまたね!」
「うん、またね。気を付けて帰るんだよ?」

ばいばい。
と最後の患者を見送れば、受付のスタッフに手招きをされた。

「降谷先生、実は明日のシフトなんですけど…」
「確か小学校の健康診断でしたっけ?」
「ええ。本当は院長が行くはずだったんだけど、外せない面会が入ってしまって申し訳ないんですが降谷先生にお願いしたくて」

今まで医師は院長とその息子の二人だけだった病院も、私が入って人員に余裕ができてからは研修やら会議やらと先生方が出る事も少なくはない。
こうして予定を変更されても気にしないのは、スタッフ全員の人柄の良さ故だ。
勿論構いませんよ。と微笑めば、安心したように笑って来院した子供と同じように飴玉をもらった。
あの、私27歳の大人なんですけど。
どうにも年上のスタッフが多いせいか、27歳も子供扱いらしい。
まぁ貰えるものは貰っておこう。と早速口に放り込んだ。

ーーーー

「あれ、雫さんどうしたの?」

仕事帰りに部屋探しをしようと貼り紙を眺めていると、其処にはコナン君を筆頭に首をかしげる子供たちの姿。

「こんにちはコナン君。今帰り?」
「うん、みんなでサッカーやった帰りなんだ」
「見ない顔だなねーちゃん」
「お姉さんコナン君の知り合いなの?」

大柄な男の子とカチューシャをした可愛らしい女の子が声を掛けてくるので目線を合わせるように膝を折る。
後ろにはそばかすの男の子と何処か大人びた雰囲気の女の子。
…私って小学生の頃あんな感じだったかな。
子供らしくないと言われていた時を思い出した。

「はじめまして。お姉さんは向こうにある小児科の先生をしている降谷雫です」

自己紹介をすれば次々と名前を教えてくれる小学生達。

「それより雫さん引っ越すの?」
「ほんとだ、それって見取図って言うんだよね?」
「よく知ってるね。みんな偉いんだね」

小学校一年生で見取図という言葉を知ってるのは中々賢いだろう。
えへへー。と自慢気に笑う子供たちは見ている方が癒される。

「今住んでいるところがセキュリティ甘いから引っ越せって言われちゃって」
「何かあったの?」
「ううん、何も。ただ兄さんがうるさいから」
「雫さんお兄さんが居るんですか?」
「うん、世界一かっこいいお兄さんが居るんですよ〜」
「雫お姉さん美人だから、お兄さんもきっとイケメンさんだね!」

幼くても女の子は女の子か。
小学一年生の口からイケメンという言葉を聞く世の中になるとは…その内幼稚園児も言うようになるのかな。

「ねぇ、雫さん、お兄さんに会えたの?」
「そうだよ。コナン君、あの時嘘ついたでしょ」

笑って頬を突いてやれば、神妙な顔で手招きをされたので耳を近づければ、内緒話をするように小さな手があてがわれる。

「…もしかして安室さんのことも知ってるの?」

成る程、安室透イコール降谷零を知ってる訳か。

「さぁ、どうだろうね?」
「え」

わざと惚けて見せればぽかりと開いた口。
最初にはぐらかしたのは君なんだからこれ位の仕返しはいいだろう。
またね!と子供たちに手を振れば、まって雫さん!と呼ぶ声。
残念先生はもう帰ります。
ひらひらと振り向くことなく手を振った。

翌日、健康診断で訪れた帝丹小学校で再会したコナン君にしつこく追及され、帰る頃にはヘトヘトになっていた。
何あの子絶対小学一年生じゃないでしょ。
ちゃっかり連絡先の交換までさせられてしまった。
大丈夫かな、これお巡りさん案件じゃない?世間に勘違いされない?

「で、なんで待ち伏せなんかしてるのかなコナン君?」

先生一緒に帰ろ?とあざとく姿を見せたコナン君は無邪気な子供を演じながら手を取って歩き出す始末。
君いろんな人にそんな事していないよね?
ただでさえ綺麗な顔してるのに、そんな風に振る舞ってればいつ何処で誘拐されるか分からないよ。

「君ね、もうちょっと警戒心持った方がいいよ」
「雫さんは悪い人じゃないでしょ?」
「ペドフェリアではないね」

ひくりと引きつる笑顔。
そうかそうか、ペドフェリアの意味を知っているのかこの小学一年生は。

「ぼ、ぼく小学生だからわかんなぁい」
「先生が懇切丁寧に教えてあげようか?」
「んーん!僕それよりも雫さんと安室さんのことが知りたいなぁ」

そうだよねぇ。君本当はペドフェリアの意味知ってるもんね。
隠せてないぞ。

「私はコナン君と安室さんの事が知りたいんだけどなぁ」

様子を伺うように見下ろせば、えぇーと困ったように視線を泳がせる。

「…何が知りたいの?」

あんまりいじめるのも可哀想かとしゃがんで問いかければ、いいの?と首を傾げる。

「知りたくないなら先生帰りまーす」
「うそうそごめん!聞きたい!僕すっごく聞きたい!」
「素直なことはいいことだよ」

病院に来る子供達にするように頭を撫でればほら、何処となく不満そうな顔。
小学校一年生って大抵は喜ぶか、子供扱いするなよ!って声を荒げて拗ねるかのどちらかなのに、この子は違う。
仕方なく合わせてやるか。なんて空気を感じる様は、まるで大人の対応だ。

「前にも聞いた事なんだけど…」
「安室さんのことだよね。知ってるよ」
「やっぱり…なんで誤魔化したの?」
「それ君が聞く?」
「…ごめんなさい、あの時は安室さんのお仕事の関係で言わない方がいいかなって思って」

それはそうだ。
長期の仕事で名前も変えているのだから潜入調査なんだろう。
それも人が死ぬくらいの危険のある仕事。

「雫さん、何処まで知ってるの?」
「それは君が何処まで知ってるかによるかな」
「なんか安室さんみたいだね」

非常に不愉快である。
悪気なく言われた言葉に複雑な気持ちになっていると、そんなに嫌なんだ…と表情でさっしたコナン君が苦笑をもらした。
小学生に苦笑いはまだ早いよ。

「ほんと、君は何者なんだろうねぇ」
「ぼ、僕のことより安室さんのお話しようよ!」

動揺するとすぐに幼い子供ぶるのがまた面白い。
君他の子達の前では大人びた態度してるの、先生今日見てたからね。

「私安室さんは本当に苦手なんだよ」
「安室さんのこと知ってるのに?」
「安室透があまりに完成され過ぎていて無理」
「あ、そこまで言っちゃうんだ」
「29歳にもなってあざといポーズしてるんだよ?しかも似合うと分かった上で。キツくない?」

アイドルか何かと間違えてるんじゃない?
アラサーのくせに。と話していると、コナン君の視線は何故か私の頭上に向かっていた。

「コナン君?人とお話する時はちゃんと相手の顔を見ようね」
「それでは雫さんはちゃんと僕の顔を見て今していたお話をしてください」

ね?とにこやかに笑う安室透が其処に居た。

「ストーカーかな?」
「雫さん!?」
「そんな言い方をされるとは、流石に僕も傷つきますね」
「これがね、あざといって言うんだよ。コナン君もよくしてるやつ」
「え、僕そんな事してないよ!」

してるって。
小さなコナン君を抱き上げて安室透に差し出せば、素直に受け取った。
片手にはスーパーの袋。
ポアロの買い出し途中だったらしい。

「それではあざといお二人様、私はこれで失礼します」

猫を被って踵を返せば、ちょっぴり怒ったようなコナン君の声が私の名前を呼んだ。
そんなに聞きたければ安室さんに聞けばいい。
どうせ私とコナン君が話したところで、向こうが腹を割らない限りは腹の探り合いみたいな会話にしかならないんだから。
そういう会話は疲れるからしたくない。
微かに聞こえるまぁまぁ、と彼を宥める声に全てを任せて家に帰った。

因みに引っ越し先は未だ見つかって居ない。




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