嫌いと言わないと出れない
嘘でも言いたくない兄「いっそここにすむ!!」

ーーーー

「嫌いと言わないと出れない部屋…なんだ、楽勝だねにいさ…兄さん?」

司令文に書かれた簡単な司令。
ラッキーと言わんばかりに兄を見れば、その顔は私とは対照的なものだった。

「…言わないといけないのか?」
「いや、だって言えって…」

なんでそんなこの世の終わりみたいな顔してるの?

「だって言うだけで出れるんだよ?」
「嘘でも言いたくない」
「真顔やめて」

徹夜明けかな?頭のネジ飛んだかな?

「ねぇ兄さん、言うだけで出れるんだからいいじゃん。たかが言うだけだよ」
「たかが言うだけでも思ってもいない事は言いたくない」
「兄さん嫌い」

さっさと終わらそうと口にすれば、崩れ落ちる兄。
…これ何徹目だろう。
完全にネジとんだポンコツに成り下がっている。またの名をシスコン。
絶対寝てないなこれ。
ある意味閉じ込められてよかったのかな…こうなったらさっさとここから出て寝かしたいんだけど、意地でも言わないよなぁ。

「なんでそんなこというんだよ…」
「ごめんね兄さん、嘘だから泣かないでよ」
「…ないてない」

ぎゅうぎゅう人のこと抱きしめてぐすりと聞こえた音。
ぐりぐりと胸に押し付けられた頭を抱え込みながら、重症具合に頭を抱えたい気分だった。
普段はあんなにしっかりしているのに、徹夜のせいで思考力が落ちた兄さんはまるでぐずる子供のようだ。

「ねぇ兄さん」
「やだ」
「まだ何も言ってないんだけど…」

重症だ。
医者も裸足で逃げ出すレベルの重症だ。
医者は私か。私も逃げ出したいレベルだから仕方ない。

「嫌いって言うだけだよ?」
「そんなこと言うくらいならいっそここに住む…!」
「無理だって…」
「雫が居るなら生きていける」
「私が無理なんだって」

潤んだ瞳が私を見上げた。
…ずっるいよなぁ。
これでアラサーとか世の中どうなってるの?おかしいじゃん。わたしの方が歳下だよね?なんでこんなにかわいいかなぁ。
そんなこと言うなよ。と訴えてくる瞳に負けるわけにはいかないのだ。
いつも折れてやってんだから今回くらいお前が折れろよとか思われそうだけど、ここは折れちゃいけないところだ。
頑張れ私。

「だってここには何もないんだよ?」
「雫がいる」
「私は食べれないよ?お腹すいたら困るでしょ?」
「大丈夫、雫は甘いから」
「…身の危険を感じるんですけど」

っていうかそういう話はしていない。
実に本能に忠実な返答をした兄に思わずお巡りさーん!と叫びたくなった。
…まぁ目の前のこの人がお巡りさん側なんだけどね。
世も末ってこういう時に使う言葉なんだろうな。

「はぁー…もういいよ、好きなだけいていいから、とりあえず今は寝ようか。ね?」

いつも自分がされるように広い背中をポンポンしながら、もう片方の手で頭を撫でてやる。
大丈夫大丈夫、何徹もした兄さんはこれですぐ落ちる。
…ほらね、あっという間に寝息を立て始めるんだから相当きていたのだろう。

「…起きるまでこのままかぁ」

仕方ない。
普段頑張って働いているのだから、好きなだけ付き合おう。
寝て起きた兄が冷静さを取り戻していることを祈りながら、同じように目を閉じた。






戻る
top