※高校生兄と小さくなった妹

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目が覚めたら体が縮んでいた。

「…なんで?」
「戻るまで兄ちゃんとずっと一緒に居ような」
「がっこうは?」
「休む」
「いや、だめでしょ」

後ろからぎゅうぎゅうに抱きしめながら駄々をこねる兄にどうしたものかと首を捻った。
どうやら五歳児くらいに縮んだらしいこの体は、うまく舌が回らないせいで舌ったらずになってしまう。
頭も心なしか重い気がするし、まさか子供体験3回目とか笑えない。あとこの状況も笑えない。

「おーい、ゼローまだか…ってなんだこの状態」
「ひーくん!」
「…雫?随分小さくなったなぁ」
「かわいいだろう?俺のだからな」
「ひーくんこのひとがっこーサボろうとしてます!」

やめろ頬ずりするな!
片方の手は感触を確かめるように頬をふにふに触ってくるわ頬ずりをされるわでまるでぬいぐるみになった気分だ。
むにむにするなー!と声を上げても兄はご機嫌に笑うだけだ。助けてひーくん。

「サボりじゃない」
「はいはい、まぁこんなちっさくなったら心配だもんなぁ」
「流石持つべきものは友だな。上手いこと言っといてくれ」
「だめだよ!サボりだ!ひーくんもきょーはんしゃだからね!」
「怒ってもかわいいなぁ」
「当たり前だろ。俺の妹だぞ」
「…もうやだ」

頼みの綱であるひーくんまで頭のネジぶっ飛んでる

ーーーー

「あらぁ可愛らしい妹さんねぇ。お兄ちゃんとお買い物できてよかったわねぇ」

非常に遺憾である。
抱き上げられた私ににっこり笑顔で話しかける買い物客。
すれ違う人達が私達兄妹を微笑ましそうに見守るスーパーの居心地の悪さよ。

「ほら雫、お返事は?」
「うん、おにーちゃんとおかいものできてうれしー」
「あらあら、ほんとにかわいいわねぇ」

バイバイ、とにこやかに去るご婦人。
満足そうに笑う兄。
ぐったりと疲れたようにその首元へ顔を埋める私。
なんだこれ。
お昼の買い出しに行こうと連れ出されたスーパーは、普段なら喜び勇んで子供向けのお菓子コーナーに行くが、現在兄の腕の中で微笑ましそうな視線を集めていた。
居心地の悪さときたら半端ない。
幼児3回目とかマジで洒落にならない。
そして幼いかわいらしい妹と、その面倒を見る優しい兄の図で見てくる周囲の目に、思わず想像通りの妹を演じてしまった自分が何よりも嫌だった。
…なにこの茶番。
あと物凄く嬉しそうな顔してる兄が一番腹立つ。
きっと当時は可愛げがなかったから嬉しいとか思ってるんだろうな。
悪かったですね、可愛げのない妹で。
アラサー女子の記憶引き継いでニューゲームしてる幼女が普通の幼女なわけないだろう。

「本当はあれに乗せたかったんだけどな」
「ほんきでおこるからね」

子供を乗せれる仕様のカートを見ながら呟いた兄さんは本気で残念そうだった。
将来ご自分のお子さんにしてください。
入店時に当たり前のように乗せられそうになって必死に抵抗した結果がこのだっこなんだけどね!!!!

「ほら、今日は特別に三つまで買っていいぞ?」

必要な食材をカゴに入れ終えて連れてこられたのは子供向けのお菓子コーナー。
思わず見上げた顔はにこにことご機嫌だ。
どうした、いらないのか?と言われて慌てて兄の腕の中から手を伸ばした。

「これっ、このヒーローと、こっちのと、これっ!」

いつもは一つだけなのに今日は三つも買っていいなんて兄さんは神か。
すっかりご機嫌である。
嬉々として選んだ三種類のウエハースを指差せば、ぽんぽんとカゴへ放り込まれる。
嬉しくてありがとうにいさん!と抱きついた。
こんなに買ってもらえるのなら、体が縮むのも悪くない。

ーーーーーー

子供の体というものは不便だ。
いままで普通に出来ていたことができなくなるというのは中々うまくいかない。

「…ん…」
「眠いなら寝ていいぞ?」
「…や、だいじょ…ぶ」

むにゃむにゃと力が抜けて動かし辛い口を必死に動かしながら、襲いくる眠気に打ち勝とうと一生懸命兄さんにしがみついた。
食後の眠気がこんなにも強烈とは…
ぽんぽん、とあやすように背中を叩きながら夢の世界へ誘う兄の手はまるで魔法の手だ。
ふわふわと夢心地のこの状態の気持ちよさときたらない。

「ちゃんと起こすから安心して寝ろ」
「や…ぁ」

何が嫌とかではないけれど、なんとなくこのまま寝るのも嫌だと首を振る。
これが寝ぐずりというやつだろうか。
やだやだと顔を埋めたまま何度も首を横に振る。

「…にぃ…しゃ…ぁ」
「…ん?どうしたんだ」
「に…しゃ…」

優しい声が耳元で問いかける。
温かい手が背中をたたく。
ぽん、ぽん、と優しいリズムに意識が遠のいていった。
寝ちゃったら、兄さんと一緒に遊べなくなっちゃうのに。
もったいないなぁと頭の中で呟きながら意識を手放した。

ーーーーーー

「なんだ、寝てるのか?」
「ああ、少しグズったが、それすら可愛かった」
「…お前ほんと雫のこと好きだな。折角遊んでやろうって思ったのに、これじゃあ暫く起きそうにないな」

口では残念そうに言うくせに、その顔は穏やかに笑っていた。
そっと触れるように頭を撫でながら、かわいいな。と呟く幼馴染に俺の妹だからなと返せばやはり笑われた。

「雫は子供ん時大人びてたからなぁ…ちゃんと子供やってたか?」
「オマケつきの菓子を三つまで買っていいと言ったら喜んで選んでたよ」
「あぁ、ヒーロー物のやつか…多分今でも喜びそうだけどな」
「だろうな」

お目当てのカードが出た時は拳を突き上げて喜ぶ程好きらしい妹は、幾つになってもそんな事を繰り返すのだろう。

「…ん…にぃしゃ…ぁ」
「お、好きなのはこっちも同じか。ほら、大好きな兄ちゃんだぞー?」
「おい、起きたらどうするんだ」

寝言で俺を呼ぶ雫を突き出されて受け取れば、首に回る細い腕。

「どんな姿でも雫の側に居るのはゼロが一番似合うな」
「当たり前だ」

誰よりも長く側に居たんだ、そう簡単に一番は譲ってやるものか。








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