休憩から戻った先に見つけた姿に、顔を覆いたくなった。
部屋着は俺の古着しかないんだろうかと思うくらい、俺のスウェットやTシャツを着ている率が高い妹はそのスウェット姿で蘭さんたちと話していた。
話に加われば行き先はパーティーで、日時は明日。
どう考えたって無理だろお前。
蘭さんたちには平静を装っているが、その顔は何処と無く気怠げだ。
けれど本人が行きたがっているのなら、それを無理に止める訳にも行かないだろう。

ーーーーー

昨日見た不安そうな表情は何処にもない妹は今、気まずそうに目の前で正座をしていた。

「昨日はすみませんでした…!」
「俺は謝られたくないんだが」

落ち込んでいるのか視線はカーペットに落とされたまま。

「謝るって事は、お前は間違った事をしたと思ってるのか?」
「…だって、沢山我儘言ったし、途中から記憶ないから、もしかしたら兄さんを困らせたかも知れない」
「お前、起きて自分の体見たか?」
「…なんか凄いことになってた」

そりゃそうだろう。
首等の見えそうな位置には付けなかったが、それ以外には思う存分痕を付けたのを はっきり覚えている。
本人からは見れない背中にもしっかりと。
あんな背中の開いたドレスを着せられる予定だったと知っていれば、もう少し気を使ってやれたが…いや、あの状況では其処までの配慮はできないか。
好き勝手マーキングするように痕を付けた男が、困らされてるわけがない。
寧ろ求められる度に愛しさが込み上げて、手加減出来ずに抱き潰してるんだからな。

「困らされてる奴は其処までしないよ。雫は嫌だったのか?」

否定するように上がる視線が俺を捉えて、切なそうに歪んだ。
まさかそんな顔をされるとは思ってなくて詰め寄れば、伸びてきた白い腕が背中に回って抱き着かれる。

「…なんか、自分でもよく分からないけど、ぎゅって苦しいような、切ないような、なのにあったかくて幸せで、初めての感覚だから、なんて言っていいのかわからない…」

好きだけど、切なくて、苦しくて、よくわからない。
そう続けた妹がどうしようもないくらい可愛らしくて堪らなかった。

「俺も、雫の事を考えると切なくて苦しくて、抱きしめたくなる位好きだよ」
「今までの好きと違って、もっと欲しいって、一つになれたらいいのにって思った」

どうしよう兄さん、初めてでよくわからいよ。
教えを請うように顔を埋めて、好きなのに苦しくて、でも幸せだと妹は言う。

「嫌じゃない。もっともっと繋がりたかった。全部あげたいし、全部ほしいって思ってた」
「なら謝る必要なんてないだろ。それに、俺はずっとそう思っていた」

好きの意味が違うのだと思っていた頃、ずっと俺は全てが欲しかったし、同じように与えたいとも思っていた。
やっと同じ想いが繋がったようで、一つに溶け合うような感覚が幸せだった。

「謝るならそうだな…俺が手加減出来なかったこと位だな」
「普通は違うの?」
「普通はもう少し気を使ってやれる」
「でも私は嬉しかったよ?兄さんと一つになれたみたいで。兄さんの熱で溶かされて、混ざり合うみたいで、ずっと兄さんが好きって事しか考えられなかった」

無自覚に人の理性を崩しにかかってるのかと言いたい位の殺し文句だった。

「普通じゃなくてもいいよ。意識がなくなるまでずっと好きって思えて、愛してもらえてたから、起きた時満たされてたんだね」
「…明日予定キャンセルして暫く有給とらないか?」
「なんで?」

何故ここまで言われて我慢しなくてはいけないのだろうか。

「兄さんは体平気そうだね。あんなに我儘言ったのに、どこも痛くないの?」
「あれ位で支障が出る程柔じゃないよ」
「筋肉結構ついてるもんね。ぴったりくっついた時に、男の人の身体なんだなぁって思った。兄さんしか知らないから他は分からないけど」
「知らなくていいんだよ。俺だけでいい」
「でも兄さんは私以外を知ってるよね」

さらりと吐き出された言葉に何も言い返せなかった。
嫉妬ではなく、ただの感想のそれは、益々居た堪れない気持ちになる。

「…昔は私のお兄ちゃんなのにって可愛く言っていたのに…」
「え、嫉妬されたいの?」
「もう少し拗ねてくれてもいいだろう」
「えぇ…嫉妬とか普通に経験してるでしょ?兄さんモテるんだし」
「俺は雫にされたい」
「難しいなぁ…」

あの時は確かに小さいながらも嫉妬してくれていたのに、今では気にならないんだろうか。
むしろ関係性の変わった今こそ嫉妬してくれてもいいはずなのにな。

「だって兄さん、今私が居るのに自分の欲の発散に他の女性抱かないと思うし」

嫉妬のしようがないよ。と絶対の信頼を寄せる妹。

「だから私が知る限りずっと彼女居なかったんだよね。私が昔寂しがったから。ごめんね」
「雫が気にすることじゃないよ。俺が必要ないって思っていたし、雫が居ればそれでよかったんだ」

寄せられる好意は自分が本当に欲しいものではなかった。
俺が求めていたのは昔も今も雫からの好意だけだ。

「雫、明日から暫く会えなくなるが、大丈夫か?」
「大丈夫、沢山我儘言って、沢山貰ったからもう平気だよ」
「一週間くらい会えなくなるかも知れない」
「もし何かある前に人を頼るから大丈夫。兄さんは自分のやるべき事を優先して。全部終わるまでちゃんと待つよ」
「…ああ、必ず戻るよ」

どんなに危険に身を晒しても、必ずお前の側に戻るよ。
待つと言う妹にただいまを言うまで俺は死ねない。






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