「うわー…眩しい」

園子ちゃんに招待されて訪れたレストランは、なんというかこう、キラキラしていた。

「そんな緊張する必要ないわよ。オーナーのスピーチが終わればあとは好きにしていいし」
「雫さん、お酒もあるみたいですし私達に気にせず楽しんでくださいね」
「じゃあ少しだけ飲もうかなぁ」

一角に設置されたバーコーナー。
あそこで好きなお酒注文すればいいのか。
どうしよう、なに飲もうかな。
外だし一、二杯位にして、ごはんいっぱい食べようかな。

「雫さん楽しそうだね」
「そりゃあ勿論!コナン君は楽しくないの?」
「ううん、僕も美味しいものいっぱいで楽しみ!それに雫さん元気になったみたいでよかった」
「心配かけてごめんね、お詫びに食べたいものあったら私がとってあげるよ」
「ありがとう雫お姉さん!」

にっこり笑ったコナン君はやっぱりあざとかった。

オーナーのスピーチも終わり各々談笑を楽しみながら散る中、コナン君の手を引いて真っ先にビュッフェコーナーへ向かった。

「コナン君はどれ食べたい?」
「えっと、じゃああれと、そこのやつがいいなぁ」

子供の背丈では届かないテーブルが見えるように抱き上げて、言われた物をよそっていく。

「他には何かあるかな?」
「んーん、とりあえずこれだけで大丈夫。雫さんも沢山好きなの食べてね」
「沢山有るから迷っちゃうなぁ」
「なーに言ってんのよ。ビュッフェなんだから食べたいもの全部食べなきゃ損じゃない」
「あれ、もう挨拶は終わったの?」

知り合いの方々へ挨拶をしていた園子ちゃんと、それに付き合わされていた蘭ちゃんもビュッフェコーナーに来ていたらしく、好きなものをよそっていく。

「挨拶ばっかやってても食べれないからね。そうだ、折角だから今日はそのガキの面倒そのまま雫さんにみてもらったら?」
「ええ、そんな悪いよ。雫さん楽しみにしてくれてたみたいだし」
「蘭、あんたいっつもガキの面倒ばっか見てんだからたまにはゆっくり過ごしたらいいじゃない」
「コナン君さえ嫌で無ければ私は気にしないけど、どうする?」

凄いなぁ、本人目の前にして邪魔もの扱いとか。
園子ちゃんは本気で嫌って言ってるわけでもないし、どちらかと言えば折角のパーティーを蘭ちゃんに楽しんでもらいたいのだろう。

「うん、じゃあ僕雫さんと居るね!」

と元気に答えたものの、やっぱり蘭ちゃんの事が気になるのか、別れてから暫く経った今もその視線は度々彼女の姿を確認しては安心したように戻される。

「結構食べたし、デザート類は蘭ちゃん達と食べよっか」
「うん。って雫さん沢山食べたのにまだ入るの?」
「別腹って言うでしょ?勿論デザートも沢山食べます」

はは、と呆れたように笑うコナン君は素直でよろしい。

「私お手洗い行ってくるから、先に蘭ちゃん達のところ行っててもらっていいかな?」
「うん、わかった」
「一人で大丈夫?」
「すぐそこだし大丈夫だよ」
「そっか、人にぶつからないように気をつけるんだよ?」

良い子のお返事で蘭ちゃん達の所へ向かうコナン君を暫く見送っていると、ふと視界の片隅に入り込んだ姿。

「…なん、で」

にこにこと人好きのする笑顔で会場にいる人に挨拶をするのは、あの男だった。
不意に重なる視線。
ぶつかった時のことを覚えていたのか、笑顔のまま小さく会釈をした男に同じように頭を下げてから急いで会場を出た。
ばくばくと破裂しそうな程煩い心臓を抑えながら。
…血はまだ、出ていない。

ーーーーーー

「こんばんは、先日ぶりですね」

お手洗いを出た先で掛けられた声に振り向くと、そこに居たのはあの男だった。
私を殺した男にそっくりな男が、人好きのする笑顔で私を見て居た。
逃げるように立ち去った私を、まるで待ち伏せるかのように、そこに居た。

「先日はすみませんでした」
「…い、え。私のほうこそ、余所見をしていたので…」

落ち着け、似てるだけだ。
ただそっくりなだけだ。
自分に言い聞かせて紡いだ声は、震えを抑えようとして不自然に途切れてしまう。

「以前初めてお会いした時も驚かれてましたが、僕に何か?」
「…知り合いに、似ていたもので」

思わず目をそらして答えれば、何が面白かったのかクスリと笑う声が聞こえた。

「それってナンパの常套句じゃないですか。もしかしてデートのお誘いですか?それとも…」

最後だけ不自然に落とされた声のトーン。
がらりと変わった雰囲気に顔をあげれば、あの時見たのと同じようにニヤリと笑った男の顔。
ブレるように重なった当時の姿に思わず後ずされば、逃げ場をふさぐように背中が壁へと当たった。
はやく、はやく逃げなければ。
無意識に胸を押さえたその時、男の片肘が顔のすぐ横へと押し当てられ、もう片方の手が私の顎をすくい上げた。
逃げるどころか、顔をそらすことも許されない状況に、蘇るのは掲げられたナイフの光景。

「…俺に殺された人?」

どくん。心臓が大きく跳ね上がった。
動揺は肯定と捉えたのか、男は愉しそうに、まるで歌でも歌うかのように上機嫌に言葉を紡ぐ。

「ははっ、やっぱりな!初めてぶつかったあの日の驚いた顔!そして今日も向けられた驚きと恐怖に怯えるその目!いいねぇ、ぞくぞくする。あの時俺が殺した奴らの目にそっくりだ」

恍惚に歪む顔で男は続ける。

「ただの知り合いなわけがないだろう?あんたみたいに綺麗な顔した女、一度見たら忘れねぇよ…今の俺は一応いい人を演じてるんだ、そんな俺にそんな目を向ける奴もいない。となれば一個前の生で俺に殺されたって考える方が納得がいく。違うか?」

さあ、答えろ。と歪んだ笑みで男が問う。

「…ち、が」
「何がだ?俺に殺されたこと?確かに俺の記憶じゃああんたを殺した覚えはないが、なんたって沢山殺ったからなぁ?俺が忘れてるだけかもしれない。それで、殺された気分はどうだいお嬢さん?」

聞かせてくれよ。と耳元で男が囁いた。
恐怖で震える唇は、何も返すことはできなくて、まるで金縛りにあったかのように動けない体が情けなかった。

「雫さん!」

突如響いた声に男の顔がそれる。
視線だけで追った先に居たのは、コナン君だった。

「おや、君はもしかして彼女の弟かな?」

べっとりと貼り付けたような笑顔だった。

「一緒に連れてきてくれたお姉さんだけど、お兄さんはお姉さんに何の用?」

互いにうわべだけを取り繕った顔だった。

「ごめんね、あまりにも彼女が素敵だったものだから、つい声をかけてしまって…」
「ならもういい?僕お腹すいちゃって、お姉ちゃんとご飯食べたいんだ」
「ああ、それは申し訳ないな。じゃあこれだけ伝えたら僕はもう帰るから」

再び私に向けられた顔が、近づいてくる。

「…人殺しでも何でもない今の俺をあんたが捕まえることはできないよ」

コナン君には聞こえないように低く、そして笑い交じりに囁かれた言葉。

「そんな顔しないでくださいよ。また何処かで同じようにお会いしましょうね」

名残惜しむように頬を撫でてから去っていった男に、張り詰めていた空気が解けた気がして、一気に力が抜けていく。

「雫さん!?」
「ああ…ごめん、大丈夫だから」

ずるずると壁を伝いながら座り込んだ私に駆け寄ったコナン君に笑いかけた。
うん、大丈夫、ちゃんと笑えるよ。
それでも彼は納得がいかないらしい。
何も言わなくても君、顔に出てるよ。

「ふふっ、コナン君、顔」
「あのねぇ、笑ってる場合じゃないんだよ?今の人、何を言われたの?」
「さあ?君がもうちょっと大人だったら教えたかも 」
「雫さん」
「子供にはまだ早いよ」

誤魔化すように頭を撫でつければ、私がこれ以上話す気が無いことを察したらしい彼は、小さく溜息を吐いてからその小さな手を差し出した。
どういうことだろうと首を傾げれば、にこり、と笑って口を開いた。

「ほら、美味しいものいっぱい食べるんでしょ?」
「…そうだった、折角だからいっぱい食べるんだって楽しみにしてたんだ」

小さな手を掴んで立ち上がって、ビュッフェを楽しまなければ。

「…ありがとう」

無理に聞こうとしなくてありがとう。
狡い大人でごめんね。
この件を彼が掘り返すことも、蘭ちゃん達に言うことも無いままま、この日は無事に帰宅した。

頭に残るのは、また何処かで同じように会おうと言った男の言葉。
その同じは、果たして今日のことを指しているのか、もしくは前世を指しているのか。
何処かで同じように。
その言葉がひっかかっていた。

「…おなじ」

あの時刺された胸に手を当てて考える。
同じように会う。
言われた時、重なって見えたのは殺人者の顔。
人を傷つけることを、殺すことを心から楽しむような顔。
ぞわり。
嫌な予感が頭をよぎる。
もし、もしも、あの男が今までいい人間を演じていたとしても、その根っこは殺人者のものだとしたら?
もし、人を殺すことに快楽を見出していたら?
同じように。
その言葉通り、男がまた無差別殺人を計画していたのなら?

「…だめ、だ」

だめだ。
そんなのは、許されない。
許されていい訳がない。
あんな風に誰かの命が奪われるなんて、あっていいわけがない。
失われるだけじゃない、命を奪われた人の家族や友人、関わる人をも不幸にする。
そんなことを繰り返させるわけにはいかない。
もしまたあの男が犯行を犯すとしたら、きっと同じように沢山の人で溢れる場所だ。
だってあの時もそうだった。
あの時の私は、人混みの中殺された。
悲鳴が上がるあの人混みの中で。
止めなければ。
…でもどうやって?
今を生きるあの男に、誰かを殺した前科があるわけじゃない。
作られた言動からしても、いい人を完璧に演じてきたのだろう。
そんな男が殺人を計画しているかもしれないなんて誰が信じる?
証拠もないのに、捕まえることなんて、止める術なんてないじゃないか。
それでも、私の記憶が、要らないと思っていた以前の記憶が、あの男なのだと警告を鳴らす。
絶対に同じ事が繰り返されると、私に訴えるかのようにあの光景を思い出させる。

「…はは…っ、もしかして、この為、とか…?」

友達も家族もましてや当時の自分の顔も名前もぼやけて思い出せないくせに、殺されたあの時のことだけは鮮明に覚えている。
それって私に止めろってことだったんじゃないの?

「神は乗り越えられない試練は与えない、ね」

だとしたら、やはり神などいないのだ。
だってもしそんなものが居たのなら、あの時私は死んでなんかいない。







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