「なーる。やっちまったぁー…」

昨日の出来事を思い出してへたり込む午前8時。
シャワーを浴びて居る間にあれよあれよと蘇る記憶も、全ての支度を終えた頃には完璧である。
成る程ね、ほろ酔いになるまで飲んでこの様ね。おーけーおーけーなんて日だ。

「ま、いっか」

心なしか気分はスッキリしていた。
不思議なもので、考えてもしょうがないことは考えなければいいし、一度すっぱり決めてしまえばなんてことなかった。
安室さんが兄じゃないかとか、兄に合わせる顔がないとか、もうこの際どうだっていい。
だって考えたって仕方ないから。
本人が安室透だって言うんなら安室透だ。
もし降谷零でしたって言ったらその時は殴ればいい。
それで謝って話をすればいい。
そこから先はその時はその時ってやつだ。

「なんかスッキリしたなぁ」

一瞬凹んだけど、こんなに気分のいい朝は久々だ。

「朝ごはん食べに行くぞー!」

いつも通り文庫本を鞄に入れて、元気よく部屋を出た。
いってきますの言葉はやはり虚しく響いただけだけど、今日は自分でいってらっしゃいと声を返して見た。
ちょっとだけテンションが落ち着いた。


ーーーーーー

「いらっしゃいませ」
「安室さん、おはようございます」
「おはようございます。カウンターでもいいですか?」

出迎えてくれたのは安室さんだった。
爽やかな笑顔は女性受け間違いなしだろう。
ほんとこの人凄いな。
昨日同様お客さんは少ないらしく、この時間帯は当たりのようだ。

「どうぞ、モーニングセットです」
「ありがとうございます。それと、昨日はご馳走さまでした」
「こちらこそ、楽しい時間を過ごせたのでありがとうございます」

うっわぁ。
にこやかな爽やかイケメンは私には眩しかった。
さらりとよくもまぁそんな台詞を吐けるものだ。
ブラックなのにコーヒーが甘く感じるのは気のせいだろうか。

「そうだ、昨日連絡先をお渡しするの忘れてましたね。これ、僕の名刺なので是非連絡お待ちしてます」
「…何か依頼がありましたら是非」
「仕事じゃなくても、いつでも待ってますから。ごはん、連れていってくれるんでしょう?」

否定したらこちらが罪悪感を感じそうな程、完璧だった。
なんであんな約束しちゃったんだろうなぁ。
無理言ってでも半分払えばよかった。
私このイケメンオーラ本気で苦手だ。

「…そうですね、また連絡しますね」
「絶対ですよ?僕待ってますから」

なにこのイケメンほんとやなんだけど。
キラキラと光って見えるのは幻覚だろうか。
兄さん助けて。
兄さんと同じ顔をした別人が無駄にイケメンオーラ振りまいてくる眩しい。
この手のタイプに絡まれて嫌そうにしていると、いつも兄さんが間に入って連れ出してくれたのを思い出す。
兄妹顔が似てないからお互い名前がバレない限りは付き合ってると勘違いさせていたこともあったが、私たちが直接付き合ってるなんて言ったことはないのであれはセーフだ。
勘違いする方が悪い。
おかげで兄に想いを寄せる女生徒に勘違いされて問い詰められたこともあるけど、普通に妹ですって言うよね。
その後兄さんに怒られたけど。
…なんて理不尽なんだろうか。

「ご馳走さまでした」
「また是非いらしてくださいね。いってらっしゃい」

会計を済ませて店を出る際に掛けられた言葉。

「…いってきます」

照れ臭くて、嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしい気持ちのまま返した言葉に、安室さんに手を振って送り出してくれた。
…だれかにそう言われるの、いつぶりだろう。

「…へへ、まずい、顔が戻らない」

嬉しくて嬉しくて、頬が緩んでしまう。
挨拶って大切だ。




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