東都水族館。
以前リニューアルオープンしたにも関わらず、観覧車が壊されてから暫くは修理の為やっていなかったが、最近またオープンすることになったらしい。

「…絶対に、同じ事は繰り返させない」

もしもあの男がまた同じように犯行に及ぶのなら、似た環境を選ぶ筈だ。
ニューオープン、人混み、テーマパーク
園子ちゃんにも聞いてもらって当てはまったのが今から行く東都水族館。
男が今日居るとは限らない。
もしかしたら私の思い過ごしかもしれない。
それでも、行かないわけには、確かめないわけにはいかなかった。

「…大丈夫」

顔を隠すようにマスクをして、帽子を被った。
園子ちゃんたちには風邪気味とでも言っておこう。
絶対に見つかるわけにはいかない。
犯行直前に捕まえなくては。
証拠がないのなら、誤魔化しきれない証拠を作ればいいだけだ。
その為なら、私は刺されたって構わない。
誰にも被害を出さない為に、きっとあの記憶は残されていたんだ。


ーーーーーーーー

「うっわ、何なのよその格好」

私だけ現地集合にしてもらってついた瞬間、呆れた顔をした園子ちゃんに出迎えられた。

「ごめん、ちょっと風邪気味で…」
「ええ…大丈夫なんですか?もし体調が優れないようならまた今度でも…」
「ううん、大丈夫。ちょっと鼻の調子が悪いだけだけし、折角一緒に楽しめるんだから遊びます!」
「ったく、変なとこでガキなんだから」

ごめんねぇ。と呑気に返しながら、それならと気を取り直した二人にホッと息をついた。
嘘をつくのは苦手だけど、なんとか誤魔化されてくれたようだ。
幾つかアトラクションに乗りながら、あの男の姿を探した。
もし居るとしたら、きっと同じように帽子を深く被ってる筈だ。

「ねぇ、ショーってそろそだよね?」
「ああ、イルカのショーでしょ?混む前に早めに席とっとく?」
「そうだね、雫さん人混み苦手って言ってたし、空いてるうちにいきましょうか」

きっと人がたくさん動く瞬間を狙ってあの男は来るだろう。
あの時と同じように、ショーを見る為に移動する人混みを狙って。

「あ、じゃあ私先に風邪薬のみたいから水買って来るね。園子ちゃんたちは先に行ってて」
「了解。迷子にならないでよ?」
「子供じゃないんだから大丈夫だよ」

またね、とその場を離れようとした瞬間、片手を引かれた。
その先にはコナン君の姿。
…まずったなぁ、この子恐ろしい位勘も頭もいいからな。
でも付き合わせるわけにはいかない。
ここから先は誰にも言わずに一人でやらなくてはいけない事だ。

「僕も一緒に行くよ!」
「お手洗いも行きたいし、蘭ちゃん達と先に行っててくれるかな?」
「僕も喉乾いたからついでだよ。それにトイレも行きたいし」
「トイレならそこの入り口にあるし、飲み物なら買ってきてあげるから」
「でも何があるか分からないし」
「電話してあげるから安心して?あ、薬忘れたから医務室で聞いてみようかな…」

わざわざ医務室まで戻るとなると、流石について来ようとは思わないだろう。
仮にコナン君がついて来る気でも、園子ちゃんか蘭ちゃんが止める筈だ。

「コナン君、飲み物なら連絡くれるっていうし、トイレも近くだから先に席取って待って居よう?」
「でも…」
「ほら、そんなとろとろしてたら混むんだから早くしなさいよ!」
「ごめんね、じゃあ席取りよろしくお願いします!」

言い聞かせられているコナン君を見ながら、今の内だと道を引き返した。
人が移動するタイミングを狙って、男は会場の近くにいる筈だ。
三人がそれよりも先に会場内へ入れば被害にあう可能性もないだろう。
犯行はきっと、入り口付近から行われる筈だ。
園子ちゃん達が会場内へと入るのを遠目に確認しながら、付近を探し回る。
…もうそろそろ、かな。
進んだ時計の針と人の波が移動し始める。
居るとしたら後ろだ。
いつもは怖いはずの人混みも、あの男を見つけることだけに集中していれば平気だった。
今の私の全神経は、あの男を探すことだけに向けられている。
…居た。
目深に被った帽子。
ポケットに入れられた片手。
すれ違い様に捉えた顔は、あの日見たのと同じように笑っていた。
どうする。
どうすればいい。
ナイフを持っている確証はない。
けれどここから声を掛けて逃げられるわけにはいかない。
警備員は並ぶようにして道の両サイドに数名。
…いくしか、ない。
もし男がナイフを持っているのなら、私が刺されてすぐに取り押さえて貰えばいい。
大丈夫、大丈夫。
大きな声をあげて、周囲の人に知らせればいい。
本当は怖い。
怖くてたまらないけれど、それができるのは私しかいないんだ。
私が、やらなくてはならない事なんだ。
震えそうになる体を必死に抑えながら、人の波をかき分けて男の前に体を滑り込ませた。
…合う視線。

「へぇ、わざわざ追ってきたんだ?」
「二度と、同じ事はさせない」
「帽子とマスクで気づかなかったなぁ」

にたり、笑う顔。

「…じゃあ祝福すべき一人目の被害者はあんただ」

大丈夫、予想通りじゃないか。
大丈夫、大丈夫。
ポケットから取り出されるナイフが私の脇腹目掛けて迫る光景がやけにスローに見えた。

「うわああああああああ!!!!」

刺される前に、出せる限りの声を出した。
騒めき距離を取る人々。
びりびりと喉が痛むのも気にせずに絞り出した声に上がるどよめき。
一瞬驚いたように止まった腕が直ぐに押し出されーーーーとすり。
予想通り私の脇腹へと突き刺さった。
…大丈夫、大丈夫。この位置なら、まだ大丈夫。死にはしない。
痛さなんて、気にしてる暇はない。
渾身の力でその手を掴んだ。

「っ、何して…!」

きっと抜いたらまた、別の誰かをすぐに刺すのだろう。
させてたまるか。
わさわざ刺されてやったんだ、他へ行かせてたまるものか。
出せる全ての力をもって、ナイフを持つ男の手を必死に押さえつけたままじっと耐える。
火事場の馬鹿力って、本当だったんだな。
細い頼りない腕でも、抑えつけることができているんだから。
早く、早く今の内に誰かこの男を取り押さえて。
抜かせてたまるものか。
このまま誰かに捕まるまで、この手は離すわけにはいかないんだ。

「っ、この、クソが!」

思い切り突き飛ばされ、その衝撃に倒れこむ体。
…大丈夫、ナイフは刺さったままだ。これなら誰かが刺される心配はない。
走る犯人。けれどすぐに視界の片隅で犯人が吹き飛んだのが見えた。
…あれ、サッカーボールじゃん。
やっぱコナン君普通の小学生じゃないって。
ていうか戻ってきちゃ危ないじゃん…あぁ、園子ちゃんと蘭ちゃんまで居るや…でも、無事でよかった。
吹き飛ばされた犯人が、警備員に抑え付けられているのが地面からでもちゃんと見えた。
…よかった、他に被害がなくて。
止めれて、本当によかった。
何事かと私へと駆け寄る人々。
蘭ちゃんが、園子ちゃんが、コナン君が、何かを必死に言っているけど、何も聞こえてこない。
ごめんね、心配かけたよね。
涙を浮かべる二人と、怖い顔したコナンくんに何を言われているのか、全くわからないや。
音が、遠のいていく。
もしかして、私の人生ってこの為だけに与えられたのかな。
だから、私は前世の記憶をもったままこの世界に生まれ落ちたのかな。
この世界に降谷雫は必要なくて、本当に必要とされていたのはあの時殺された私だったのかな。
この為だけの存在、だったのかな。
…それってちょっと酷いじゃないか。
どっちも私には変わりないのに。
でもいいか、誰も傷ついていないのなら、記憶を持って生まれてきた意味はあったのだろう。
今度はもっと、ちゃんと私として生きれる人生、欲しいなぁ。
…私って、結局誰だったんだろうね。
降谷雫は世界に必要とされてなくて、顔も名前も思い出せない過去の私が必要とされていたのなら、その両方を持ったこの私は一体だれだったんだろう。
この私の存在は、誰に望まれて生まれてきたんだろう。
薄れゆく意識の中、もう、誰の顔も浮かばなかった。
この誰かも分からない私は、空っぽだ。
ただ、どうしようもなく虚しくて、涙がこぼれたことだけは、覚えてる。
犯人は捕まったのだから、この私はもう、この世界にとって不要な存在なのかもしれない。

要らなかったのは、前世の私じゃなくてこの私だ。









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