※結婚後
※娘居ます
※娘にはお父さん呼び、外では零さん呼び、二人きりの時は兄さん呼び
※娘は2、3歳くらい?

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「うわぁあああおかあーさぁああああ!!!」
「…え、なになにどうしたの…!?」

台所で夕飯の支度をしていると聞こえてきたのは娘の盛大な泣き声だった。
珍しく早めに帰ってきた兄さんと遊んでた筈なのに、どうしたんだろう。
只事ではない叫び方に慌ててリビングに飛び込めば、其処には赤い液体を溢れさせながらうつ伏せに倒れこむ旦那様の姿と、手に戦隊ヒーローのおもちゃの銃を片手に泣き叫ぶ娘の姿があった。
…何やってんのこの人。

「お、おと、さ、が…っ、おとーさ、がぁ…っ」

ひっくひっくとしゃくりあげながら必死に状況説明しようとする娘を抱き上げて、あやす様に背をたたく。
大丈夫大丈夫、床にひれ伏す君のお父さんは全然元気だから。今からお母さんが倒すけどね。

「零さん」

何やってんの?と言わずに名前だけを呼べば、バツが悪そうに顔を上げた兄。
ほんと何やってんのこの人。

「お、おとーさ、いきかえった…!おかあさんがまほーつかったの?」

流石子供というのは純粋だ。
この純粋で愛らしい子供をおふざけのつもりで泣かせた罪は重い。
分かってるよね?

「お父さんはね、殺しても死なない人だから大丈夫だよ。もし死にかけてたらお母さんが今みたいに起こしてあげる」
「おかあさんすごいねぇ!」
「ありがとう。お母さんは今からお父さんが本当に元気になったか確かめなきゃいけないから、少しだけお部屋で待っていられるかな?」
「わたしもいたらだめなの?」
「今から使う魔法はね、誰かに見られたらもう使えなくなっちゃうの。お母さんが魔法使いっていうのも誰かにバレたら使えなくなっちゃうから、秘密にできるかな?」
「うん!わたし約束できるよ!」
「いい子だね。ご褒美に今日のお夕飯はデザートも付けちゃおう!」

きゃー!と喜びの舞を披露して部屋にかけていく小さな背中を見送って、血糊をべっとりとくっつけたまま正座をする旦那様を見下ろした。

「なにやってんの」
「いや…その、ごめん」
「ごめんは答えじゃありません」
「ただ倒れるだけなのも芸がないかと思って、つい迫真の演技を…」
「あのさぁ、自分の演技力のレベル分かってる?潜入調査官やれちゃうレベルだよ?っていうか子供とのお遊びで血糊っている?」
「…いりません」
「いらないよね?流石に怒るよ?」

どうせすぐに笑って冗談だよって言うつもりが、娘が本気で泣き喚いて冗談だとは言えない空気に困ってたんだろうけど、いくらなんでもやりすぎです。

「暫くは一人で寝てね」
「え」
「文句あるの?」
「いや、久々の我が家なのにそれは酷くないか?」
「先に酷いことしたの誰かな?」

ちゃんと片付けしといてね。とだけいい付けて、大人気ない大人に背を向けて娘を迎えに行った。
やり過ぎ?泣かせる方がやり過ぎです。


「おとーさんないてるの?」
「いいや、泣いてないよ。心配してくれるのか?」
「さっきからずっとおちこんでるから。わたしのプリンたべる?」

きっと今頃罪悪感に押し潰されそうになっているに違いない。
うちの子は純粋無垢で可愛いんだ。
そんな子にあんな迫真の演技したらそりゃ泣くに決まってる。
数日ぶりに娘に会えて嬉しいのは分かるけど、やり過ぎはいけない。

「おかーさん、ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさまでした。今日も全部食べれて偉かったね」
「いっぱいたべておっきくなったら、おとーさんみたくなるの!」

…どうしよう、一緒に特撮見過ぎたせいか、娘は魔法少女よりも特撮ヒーローに憧れてしまったらしい。
そしてその先が国を守るお父さんときたものだから母は内心冷や冷やしてます。
元気の良さや体の丈夫さは兄さん似なのは良いことだけど、将来に一抹の不安を抱えた。
やっぱり魔法少女にも手を出しておくべきだったか。

「じゃあ歯を磨いて、お父さんとお風呂入ったらおやすみしよっか」
「えー、まだねむくないよぉ」
「お父さんにポンポンされたらすぐ眠くなるよ」
「それおかーさんのはなし?」

ちょっと待って、いつの事言ってるのこの子。
子供の前でした覚えないんだけど。

「よーし、じゃあ一緒歯磨きしに行こうか」

すかさず娘を抱き上げて洗面所へ向かう兄を見ながら、犯人は奴かと確信した。
何子供に言ってんのあの人。

「…まぁいいか」

いいふらしたりしなければの話だけど。


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「あのね、おかーさんがきょーはおとーさんひとりでねるって。ほんと?」
「本当はお父さんも三人で寝たかったんだけど、お母さんが駄目って言うんだ」
「どうして?おとーさんのこときらいになったの?」

湯船に浸かりながら不思議そうにこちらを見上げる娘の瞳はどこか不安そうで、安心させるように笑いかけた。

「お母さんはたまに素直になれない時があってね。それが偶々今日だったみたいだ」
「じゃあほんとはおとーさんのことだいすき?おかーさんもみんなでねたいの?」
「ああ、お母さんは本当はお父さんのことが大好きで仕方ないんだ」
「おとーさんも?」
「そう、お父さんも」

じゃあみんなでねないとね!と笑う娘は世界一可愛い子供だ。

「でもね、お母さんは今お父さんに素直にならないから、お父さんの代わりにみんなで一緒に寝たいってお母さんに言えるかな?」
「うん、わたしがんばるね!」
「いい子だ。今日は好きな絵本2冊読んであげよう」

きゃー!と嬉しそうに抱きつく娘はやっぱりこの世で一番可愛い自慢の娘だ。


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やられた。
風呂上がりにもじもじと何か言いたげな顔で足に抱きつく娘に目線を合わせるようにしゃがみ込めば、内緒話をする様に「あのね、おかーさんとおとーさんといっしょにねたいな。だめ?」と言われた後に上目遣いで小首を傾げた娘。
恐らく無自覚でやってるそれは、それはもうとてつもない破壊力をもって私の胸を貫いた。
くそう、兄さんめ、吹き込みやがったな…!
将来的に娘があざとい系女子になるんじゃないかと不安になるのは、かつてあざとい系のイケメンを演じた兄のことがあるせいだ。

「…みんなでねたいな」
「そうだね、三人で寝ようね!お母さんはお片づけがあるから、先にお父さんと寝てられるかな?」
「うん!きょーはね、えほんにさつよんでくれるの!」

確定。やっぱり吹き込んだな兄さんめ。
絵本2冊はその報酬か…!

全ての片付けを終えてお風呂から上がると、待ち構えていたかのようにドライヤーを持った兄が居た。
…なにしてんの?

「あの子は?」
「1冊目を読んでる途中で寝ちゃったよ」
「っていうか兄さん反省してないでしょ」
「してるしてる」

慣れた動作で私の髪を乾かし始めるあたり、絶対反省してないよね?っていうか子供にあんなこと言わせた辺りで反省する気もないよね?

「眠くなったか?」
「…ねむくない」

髪を乾かされたころにはうとうととしてきたが、ここで寝るわけにはいかないと軽く頭を振れば、追撃と言わんばかりに抱きしめられた。
ポンポン、とあやすように叩く手は狡いと思います。

「まだ怒ってるのか?」
「…にーさんはずるい」
「ははっ、その喋り方あいつそっくりだな」
「だってわたしのむすめだもん。あざといとこはにーさんにだね」

くそう、この手に抗えた事は一度もないせいか、大人しく体を預ける事しかできない。
このまま寝ちゃいそうだ…

「さて、ここからは提案なんだが、今なら此処に前払い頂ければベッドまでお運びしますよお姫様?」

そういって唇を指差すのは王子とは程遠いずる賢さだ。
けれどもう動くのも億劫で、せめてもの抵抗として噛みつくようなキスをしてやった。
可愛いだけのお姫様、なんて私には荷が重いからね。

「…このまま二人目を作るって提案は?」
「調子に乗るなよエセ王子」

やっぱり反省してないな。








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