板チョコ三枚を適当に手で砕いたものを耐熱タッパーに打ち込んでレンジにかけて溶かす。
何度か様子を見ながらとかしたそれに卵を一つとホットケーキパウダーを適量打ち込んで、ダマにならないように混ぜ合わせたものを、これまた適当にアルミホイルで作った器に流し込んでオーブンレンジに打ち込みタイマーを回す。
時間?これも適当である。
その間に沸いたお湯で用意して置いたインスタントコーヒーで二人ぶんのコーヒーを作ってテーブルへと運ぶ。
「随分と雑な料理を作るんだな」
「まともな料理する暇があると思ってんのか」
研修医で先輩や上司にこき使われながら、あのクソ兄にもこき使われてる多忙な私にそんな暇はない。
「それにしても医者がする食事とは思えんな」
「なら早く終わらせて欲しいものですね」
兄に渡したデータと同じものにプラスして、頼まれていた情報も入れたUSBを投げ渡せば、大人しくそれを受け取る男。
兄と同じく組織の人間であるライというコードネームを持つこの男は、FBIからの潜入捜査官だった。
基本的には兄から言われたことしか調べないからこの男の正体に気づくことなどなかったのだが、本業が忙し過ぎて兄の命令を先読みしてあれこれ調べてたらうっかり見つけてしまった情報。
それがライの正体である。
そりゃあもう余計なものを見つけてしまったと焦った私は一度自分のパソコンに入れたそのデータを考える間もなくデリートした。
だってこんなの兄に見つかってみろ。
すぐ様この男は消されるだろう。
こんな危ない犯罪組織は潰されて当然である。
私は一刻も早くこの組織との関わりを断ちたいが、兄がいる限りそれは不可能に近い。
ならば組織ごと丸っと消してもらうしかないのだ。
だからこうして彼に手を貸している。
勿論兄には秘密で。
バレようものなら私が消される。兄に。
「…またか」
「何が?」
「動きが少し鈍い。大方理不尽な暴力を受けたんだろう」
「…その洞察力怖過ぎません?」
いくらFBIだからってそんな些細なことでよくもまぁそこまで見抜けるものだ。
因みに病院関係者は誰一人気づかなかった。
「まぁ仕事に支障はないし、ちゃんとお医者様として現場に立てるから問題ないですね」
あくまで私の本業は医者である。
それさえこなせれば兄の暴力など耐えられる。
何より昔から行われてきたことだし、気持ちの面では慣れている。
「それにあっちも暴力のプロなんで、絶妙な加減でやってくれるお陰で周りを誤魔化すのも簡単ですよ」
まぁライには見抜かれたけど。
「…禁煙って言いませんでしたっけ?」
受動喫煙反対。と続けて、ちゃっかり煙草を取り出し始めたその手を抑えて阻止すれば、なんの悪びれる様子もなく肩を竦めてみせた色男。
お前人んちで寛ぎ過ぎたから。
「そういうところだけは医者なんだな」
「余計なお世話だ」
吸うならベランダへ行けと指差せば、大人しく腰を上げて慣れた様子で向かう様は、まるでこの部屋がライのもののような気すらしてくる。
勘弁してくれ。
「ついでに食べていきます?」
焼きあがったゲロ甘ケーキを持っていけば、あからさまに嫌そうな顔をされた。
「…一口だけ頂こう」
「そうこなくちゃ」
「待て、コーヒー無しに食えと言うのか?」
「それくらい自分でとりいけよ」
なんだかんだで言うこと聞く私も私だけどな。
「…コーヒー」
放り込んだケーキを数回咀嚼して、なんとも言い難い顔をした男に大人しくコーヒーを差し出した。
「君の舌はどうなってるんだ」
「いや、ストレス溜まった時にしかやらないからこれ」
そう言って残りのケーキにそのままかぶりつけば、呆れたようなため息。
うん、クソ甘。
「まさか一日で食べきるんじゃないだろうな?」
「むしろ今完食しますが?」
「太るぞ」
「激務でカロリー消費中なんでいいんですー」
ストレス過多の状態だとこのゲロ甘クソ甘劇物ケーキが美味しく感じるのだから不思議である。
きっと体が一度に高カロリーを求めているのだろう。
「暫くはまた病院に箱詰めだから、もし急を要する仕事があったらメールでも入れといてください」
「ああ、助かるよ」
「お代は組織の壊滅でいいですよ」
きっと他にも動いてる人間は居るんだろうが、あまり調べ過ぎても何処で兄にバレるかわからない。
それにライの場合は死にものぐるいでパソコン弄ってたら偶々見つけちゃった情報なので仕方ない。
データバレないようにパソコン一台お釈迦にしたけど、後悔はない。
そしてこの数日後、機嫌のすこぶる悪いお兄様がライはFBIだったとブチギレながら乗り込んできたことにより、私のささやかな希望は消えたのである。
ふざけんなおい。
サンドバッグにするだけして帰って行った兄の背を床に這いつくばりながら見送った後、おージーザス。と顔を覆いたくなる程にはショックだった。
兄の話から察するに、ジン捕獲作戦とやらを組んでいたらしい。
それが失敗して逃げたということだから、死んではいないのだろう。
当然ながら契約を切られて繋がらなくなった連絡先。
「…まぁでも、これで引く男ではないもんなぁ」
絶対戻ってくるだろう。
なんせ借りは返してもらってないのだから、そうでなくては困る。
私の希望はまだ消えない。
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