最近の私はとても快適だった。
いや、病院に泊まりがけでもうずっと家に帰れてないし、オペやら会議やら研修医の教育やらで多忙で死にそうだったけど、医者として働いてる間は組織と離れて居られる。
病院に居れば兄が来ることもないので暴力の心配もない。
なんて素晴らしき社畜。
犯罪者の片棒を担がずに済むのは良いことである。

そんなふうに組織とは縁のない生活を送って居ると、兄からメールが入って居た。

どうやらライがNOCだとバレたらしい。
最後のオペを終わらせてその文面を見た時の脱力感たるや。

その日は工事現場の事故が起きたということで病院に箱詰めだった。
休む暇なくオペオペオペオペ…
先生!とあちこちから私を呼ぶ声に駆けずり回りながら、必死に命を繋ぐためメスをふるってくたくたな体に精神的ダメージを食らったのだ。
そりゃへたり込む。
先生!?と廊下に座り込んだ私に駆け寄る看護師に手を振って、重い足取りで家に帰ることにした。

そうして疲れ果てて我が家に帰れば、不機嫌丸出しのお兄様のご登場である。
まぁそうですよね。
裏切り者発見したらいい気分ではないですよねー!
医者になってから一人暮らしを始めたものの、このお兄様はまんまと場所を探り当てて犯罪の片棒を無理やり担がせてきたのだから本当は私の好きなんじゃないかコイツとか思ったけど、やっぱそんなことはなかったよね。

「ライの野郎、裏切りやがって…!」

組織にどっぷりハマってまるで胡散臭い宗教にハマった信者の如く、裏切り者を憎む兄はそりゃあもう激おこぷんぷん丸だった。

「他に裏切り者がいないかどうか探れ」

今までそんな要求してこなかったくせに、今回はジンに傷をつけやがって!と激おこお兄様は本気で見つけ出す気らしい。
一度しか見たことのないジンという男は視線だけで人を殺せるんじゃないか。と恐怖を覚える程の男だったが、この兄はそのジンとやらが大好きらしい。
馬鹿だな、そんな簡単にスパイを見つけられたらそもそも潜入捜査官なんて紛れてないのに。
いやまぁライの件は多忙を極め過ぎて必死こいてやってたら見つけちゃっただけだけど。

「あと此奴らの情報も洗い出せ」

少ない情報しか記載されてないそれを人の顔面目掛けて叩きつけた兄は、私に一発蹴りを入れることを忘れず帰っていった。
ねぇほんといい加減本物のサンドバッグ買ってくれ。


ーーーーーー

結局、どこの機関もセキュリティが厚すぎて進入できない。と誤魔化しながら、別件のデータだけを渡すことにした。
舌打ちをしながらも適当に上手いこと言いくるめれば、ハッキング知識などない兄は私に手を挙げるだけで引いてくれるので助かる。
実行犯として暗殺ばかりする兄からしたら、そりゃあ情報の引っ張り方なんてわからないんだろう。
ほんとうに馬鹿な兄でよかった。

そんなこんなで誤魔化しながら、本業に励む私はここ最近病院に箱詰めだった。
そろそろお家のベッドが恋しいです。


「苗字、最近休めてるか?」
「…そう見えます?」
「見えないな」

なら聞くな。
先輩から缶コーヒーの差し入れを受け取って一息いれれば、思っていたよりも疲れていたのか一気に押し寄せる疲労感。

「親が偉大なのも大変だな」
「…それより兄が失踪したことの方が大変ですよ」

あの人が跡を継ぐとばかり思っていたのに、いきなり失踪して居なくなったかと思えば、代わりに医者になったばかりの私の元へ訪れて犯罪の片棒を担がせるのだから本当に勘弁してほしい。
再開された暴力は私の疲労を加速させる。

「精神科医にでもなろうかな…」
「馬鹿、お前の腕はどう考えても外科向きだよ」
「ですよねー」

でなければこんなにオペやってない。

誰でもいいからあの組織を潰してくれないだろうか。
震える携帯に表示されたのは兄の名前で、また一つ大きなため息がこぼれた。







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