苗字名前
医者と名乗った彼女は酷い有様だった。
四徹とか言ってるくらいだし、そりゃまぁここまで酷い顔をしていても仕方ないかもしれないが、それにしたって四徹で仕事とか医者として大丈夫なんだろうか。
人のこと見る前に自分のこと大事にした方がいいだろこの人。
「はぁ、むっちゃうまぁ…」
完全に俺の事などそっちのけで、サンドイッチを頬張る姿は誰から見ても幸せそうで、邪魔するのも申し訳なくて大人しく彼女が食べ終わるのを待つ。
一口一口を味わうように食べる姿は本当に2日ぶりなんだろうと思わせるには十分で、聞きたいことは山ほどあれど、流石に束の間の休息を奪ってまで聞こうとは思わない。
思い返すのは俺たちに笑いかけた名前さんを見て怯えた灰原のこと。
灰原が言うには組織の人間とは断言できないけどよく似た人物が居たと言って居たし、全くの無関係でもないだろう。
コードネームはアースエイク。
男で彼女に似て居たとなると親族、そしておおよその年齢からして兄とみていいだろう。
あとはどう結び付きをみつけるか、だ。
兄の存在を問うた時の反応は明らかな動揺。
あの動揺の仕方は触れられたくない時に見せる反応に少し似て居たが、どこまでが本当の言葉かはわからない。
家を出たというのが本当か、会っていないというのが本当か探りを入れる必要もある。
それに組織の人間を兄に持つ時点で無関係とは言い難い。
「ご馳走様でした」
初めて聞いた声とは正反対の弾む声に意識を戻せば、名前さんはそれはもう幸せそうな顔でサンドイッチを平らげていた。
血の気を失っていた頬はほんのりと赤く染まり、にこにこと満足そうに笑う顔は幼い印象を受ける。
多分こっちがこの人の本来の性格なんだろう。
「おいしかった?」
「そりゃあもう。ありがとうコナンくん」
「ここデザートも美味しいけど頼む?」
「え、ほんと?まじで?悩むなぁ…コナンくんは何食べる?先生おごるよ?なんなら半分こしようよ」
すげぇなこの人。
子供みたいに目を輝かせてメニュー表を広げる姿は、とても四徹目の人間には見えなかった。
ほんと食べるのすきなのな。
「僕なんでも美味しく食べるし、名前さんが気になるの頼みなよ」
「まじか。君小学生なのにそんな遠慮なんて覚えなくていいんだよ?先生お金いっぱい持ってるからいくらでも食べれるよ?」
金の問題じゃなくて胃袋の問題だろうよ。
でもこの人ならメニュー表のデザート全部平らげそうだな。
「デザートでお悩みですか?」
「安室さん」
そういえばこの人も組織の人間だったな。
バーボン。
ただ本当に組織の人間かどうかは気になる点もあるし、俺としてはこちら側の人間でいて欲しいがまだ断言できるだけの証拠は揃っていない。
もし名前さんが組織の人間であればボロも出るんじゃないかと連れてきたが、それもまだ掴めていない。
安室さんを見たときは驚いていたし、ここで働いていることを知らなかったんだろう。
「コナンくん?」
「あ、ごめんなさいちょっと考え事しちゃって」
「小学生の内から悩み事?大丈夫、小学生なんて何やっても大抵のことは謝れば許されるから気にしない方がいいよ」
いや、そんなの子供に教えたらダメだろ。
「おすすめは季節のケーキらしいんだけどね、先生パフェも食べたくて、あと王道のショートケーキもいいよね」
「ああうん、名前さんは全部食べれそうだし頼んだら?」
「じゃあ季節のケーキとパフェとショートケーキお願いします」
子供か。
すっかり元気を取り戻したらしい名前さんはクマは残ってるものの元気いっぱいだった。
「そういえば安室さん見たとき驚いてたけど、知り合いなの?」
「いや、知り合いに似てただけだけど、あの人はあそこまで媚び媚びな笑顔しないしなぁ」
おいおい本人聞いてたらどうすんだよ。
いくらなんでも酷い言い様だ。
苦手なタイプっていうのも嘘ではないのだろう。
「こうさ、画面越しに見る分ならいいけど、実際目の前でああいうの見るとキツイ」
「名前さん、あんまり大っきい声で言うと安室さんに聞こえちゃうよ?」
「いや、聞こえててもあのイケメンは聞いてないフリを通すと思うよ」
距離あるし聞こえてないって。と笑う名前さんだけど、多分聞こえてるんじゃないかな、あれ。
「ていうかいいの、コナンくん」
「なにが?」
「お友達」
「…あ」
やっべ、少し探ったら戻るつもりが、うっかりしていた。
連絡をしようと携帯を取り出せば灰原からのメールで大丈夫だと来ていたのを見てほっとする。
持つべきものは相棒だよな。
「もうみんな帰っちゃったみたいだし大丈夫だよ」
「え、なんかごめんね?お詫びに何かするよ?悩みとか聞こうか?」
そうだ、この人の中で俺、悩んでる小学生だったのか。
「じゃあ悩み事聞いてもらってもいい?」
「勿論」
「コナンくんの悩み事ですか。よろしければ僕も聞かせてもらってもいいですか?」
「あ、安室さん…」
なんでこの人ちゃっかり座ってんだよ。
聞く気満々じゃねぇか。
ちらりと名前さんに視線をやれば、引きつった笑みを浮かべていた。
この人顔にでるタイプか。
「あー…でも名前さんに聞いてほしいなぁ僕」
「まぁまぁ、大人二人の方がコナンくんの悩みも早く解決するかもしれないし、ダメかな?」
ダメかなってダメだろ。
名前さんは目の前に置かれたデザートに意識が持っていかれたらしく、使い物にならなかった。
いいよ、もう好きなだけ食べて元気だせよ。
「わ、おいしい。これおいしいよコナンくん!ほら、あーん」
「え、ぼ、僕自分で食べれるよ?」
「もしかしてこういうの気にする派?ちょっと待ってね、スプーンかえるから」
「いやそういうわけじゃなくて」
「そうなの?じゃあ遠慮せずにほら、あーんして」
「あ、あーん」
くっそ、なんだこの人第一印象と全然違うじゃねぇか。
子供よりも人懐っこく構ってくる姿は本当に大人かと聴きたくなるが、大人しくいうことを聞くことにした。
マイペースだなこの人。
「どう?」
「うん、とってもおいしい!」
にっこり無邪気な子供で返せば、だよねぇ。とふにゃりと緩む顔。
「よかった、それ僕が考えたケーキなんですよ」
「へぇ、そういえばハムサンドも安室さん発案だもんね!安室さん料理好きなの?」
「うん。やり始めたらハマっちゃって。名前さんは料理はよくされますか?」
「たまにするくらいですかね」
「名前さんお仕事忙しいもんね」
おいおいどんどん話が脱線してくじゃねぇか。
なんとかしてもどさねぇと。
「それよりコナンくんのお悩みはなにかな?」
「お酒のことで知りたくて」
「お酒?小学生なのにもうお酒が気になるなんて将来有望だね。先生もお酒好きだよ」
「名前さん、コナンくんは小学生ですよ」
「飲むわけじゃ無いし、知識はないよりある方がいいよね?」
「うん、大人になった時の楽しみだよ!だからどんなお酒があるか知りたくて」
よし、なんとか戻って来たな。
「名前さんはアースエイクってお酒、知ってる?」
アースエイク。
その名前を聞いた瞬間強張る顔に確信する。
繋がりがあるのは確実だ。
「ウイスキーとドライジン、アブサンを使ったカクテルの名前だね」
「流石安室さん、なんでも知ってるんだね。名前さんは飲んだことある?」
「…ないかな。でも勧められても飲みたくない名前だね」
「どうして?」
「響きが嫌いだから」
そう答えたきりケーキを食べ始めた名前さんは、この話題は安室さんに投げたようだった。
「でもその名前、どこで聞いたの?」
「どうして?」
「カクテルにしてももっと有名な名前のものがあるのに、あまり聞きなれない名前だったから」
まぁ普通に考えりゃそれもそうか。
「カクテルの本に書いてあったんだ」
「へぇ、コナンくんはなんでも読むんだね」
「安室さんみたいに物知りになりたくて」
名前さんは無反応か。
探りを入れられたのは確かだし、あまり関わりたくないのか?
嫌そうなのも嘘ではないだろうし、少なくとも良い関係ではないということか?
「あ、ごめんコナンくん」
「どうしたの?」
「…全部食べちゃった」
はえーなおい。
申し訳なさそうに笑った名前さんの前には空になった皿が二枚とパフェの器が一つ。
「僕お腹空いてなかったし、気にしないで!」
「いや、ほんと、ごめんね?」
むしろあんな美味そうに食ってる人のもんをとって食おうとは思わねーよ。
「あんまり悩みも聞いてあげれなかったし、他に何かないかな?」
「じゃあ僕とお友達になってくれる?」
「いいけどコナンくん、あんまり無邪気に大人に擦り寄るのはよくないよ」
やべ、猫かぶってんのバレたか?
「君自覚ないかもしれないけど綺麗な顔してるし、変な人も多いから狙われる可能性もあるんだから、もっと警戒心もって大人と関わろうね」
そっちか。
「大丈夫!それに名前さんはいい人でしょ?」
「うーん、まぁ、ペドフェリアではないと断言できるよ」
この人ほんとに大丈夫か?
まだ疲れ残ってんじゃねぇの。
小学生相手に出していい単語じゃねぇだろそれ。
心なしか安室さんの笑顔が固まったように見えるのは気のせいじゃないだろ。
「はい、これ私のアドレスと番号ね」
「ありがとう!」
「いえいえ。先生そろそろ帰って寝ないと明日も怒られかねないからもう行くね」
「え、四徹したのに明日も仕事なの?」
この人いつ休んでるんだ?
「まぁ今日も内科にいく筈だったけど婦長に怒られてオフになったからね。明日は外科で専門だから流石に行かないと」
「…死なないでね」
「大丈夫、死なないためにお薬飲んでもたせてるから」
そうじゃねぇよ休めって言ってんだよ。
ワーカーホリックは死んでも治らないんだろうか。
「是非またいらしてください」
「とても美味しかったです。ご馳走さまでした」
相当苦手意識もってんな。
肯定することなくひらひらと手を振って帰って行った名前さんに手を振って見送った。
…今なんもないとこでよろけたけど本当に大丈夫かよあの人。
名前さんのことは赤井さんにも聞いてみるか。
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