「あのさぁ、もうちょっとこう、なんとかならなかったんです?」

カルテ作成を急ピッチで仕上げ全力で帰宅すれば、人んちのドアにもたれかかる色男。
赤井秀一である。
数週間前に連絡があったかと思えば、唐突に今日行くとメールが入っていたのでそれはもう死にものぐるいで片してきた。
私でなくてもできそうな仕事は全て振り分け、帰ってきたのにこの男は悪びれる様子もなく挨拶がわりに片手を上げる姿に殺意が湧いたのは仕方ない。
私悪くない。

「思っていたより早かったな」
「私に合わせるってことはしてくれないんですね」
「君なら来ると思っていたからな」
「貴方に惚れる女性は大変でしょうね」

こんな振り回すような奴、どう考えたって大変だろう。

「今日は何徹目だ?」
「まだ三ですよ」
「それをまだと言える辺り、普段の生活ぶりが伺えるな」
「うるさい。というか兄と鉢合わせしたらどうするつもりだったんですか」
「そうならそうと連絡がくるだろう?」
「…ほんともう…やだ」

信頼してるとでも言ってるつもりなんだろうか。
なら前もって連絡を寄越せと声を大にして言いたい。
ていうかあの人合鍵持ってるからいつ来るか分からないのになんて危ないことしてれてんだよこの人は。

「相変わらず信頼されているようだな」

部屋を見渡しながら言うのは盗聴盗撮機の類の事だろう。
あの兄がわざわざ仕掛けるような真似するわけがない。

「あの人の中で私は逆らう事のできない下僕ですからね。信頼なんて綺麗なもんじゃないですよ」

合鍵で勝手に上がりこむ時もあるから、パソコンさえなんとかすればバレることもないし楽でいい。

「コーヒーは自分で淹れてください」
「了解した。君は横にでもなっておけ」
「言われるまでもなく」

ばたりとベッドへ倒れ込む私と、勝手知ったる動きでコーヒーを淹れに行く赤井さん。
このやり取りも懐かしいな。

「できたぞ」

うとうとと夢の世界へ旅立つ寸前の私を引き戻す声。

「…ありがとうございます」
「いや、いい。そこまで持って行こう」

お言葉に甘えてベッドに座っていると手渡されたマグカップ。
…匂いがなんか違う気が…

「…ホットミルク?」
「今の君にカフェインは不要だからな」
「お気遣いドーモ」

赤井さん帰ったらパソコンで仕事しようと思ってたのバレてたなこれ。

「それで、これだけ急に来たんですから相当な急用ですよね?」

ベッドの近くまで椅子を移動して、長いおみ足を組んで座る彼に問いかければ、いや、と軽く首を振られた。
は?お前急用でもないのに押しかけたの?
私もっと仕事できたじゃんねぇなにしてくれてんのこの人。

「そう怖い顔をするな」
「誰のせいだと思ってんだ」
「実は君と仲良くなりたいと言ってる人が居てな」
「仲良く?仕事増やすのはやめてくださいよ」
「安心しろ。こちら側の人間だ」

こちら側、つまりそれは組織を潰す人間。

「…どんな方ですか?」
「以前電話でも話した彼が君と仲良くなりたいらしくてな」
「え、まさかあの少年とか言わないですよね?私未成年はやだって言いましたよね?人の話聞いてました?」
「だが先に接触したのは君の方だ」

私?
最近未成年の子と会ったっけ?
頼もしいってことは大分しっかりしたキレ者だとは思うけど、10代の子でそんな子に会ったかな…

「江戸川コナン」
「…は?」
「この名前に聞き覚えがあるだろう」

あるっていうか先日お友達になりましたけど。
っていうか、は?

「10代どころが一桁じゃん!?何小学生巻き込んでるの?馬鹿なの?FBIは小学生のお手伝いないとダメなの?お前ほんといい加減にしろよ!最悪じゃん!そんなん見守りケータイ常備させるレベルじゃん!GPSつけなきゃじゃん!!」
「落ち着け」
「落ち着いてられるか!」

確かに賢い子だとは思ったよ。
思ったけどまさかの小学生だぞ!

「俺は彼を信用している」
「…赤井さんが言うのなら、信用できるんでしょうけど」
「…君達は同じ事を言うんだな」
「はい?」
「いや、なんでもない。兎に角、彼は組織を潰すのに必要な人材だ。彼とも協力関係を組んでほしい」

成る程、やたら兄のことを聞いて来たのも、酒の名前を出して来たのも、私を組織の人間かどうか探る為だったのか。
赤井さんとも繋がっていた彼が私の事を聞いたのだろう。
こっわ。
勝手に気になって戸籍調べた私も私だけど、あの子も相当怖い。
というかどうなってんだ小学生。

「わかりました。わかりましたよ!でも身の安全までは保証できません」
「安心しろ、俺も居る」
「ほんっとかっこいい台詞が似合いますね。改めてあの子には自己紹介しますよ」

というか一緒に連れてくればいいのに。

「コナン君、何者なんですかねぇ」
「さぁな。彼の口から聞けるまでは余計な詮索はしないつもりだ」
「わかりましたよ、調べませんよ」
「やはりな。大方名前が興味深くて戸籍を漁ったってとこだろう」
「…赤井さんよくそこまで気づきましたね」

怖いんですけど。
あれ、私が分かりやすいのか?

「徹夜はやめておけ。君は顔に出やすい上に、疲労が溜まった時は口も危ういからな」
「…善処します」
「是非そうしてくれ」

そう言って取り上げられたマグカップ。

「寝れる時に寝ておけ」
「赤井さんはどうされるんです?」
「君のパソコンを借りる」
「成る程、手間が省けてよかった」
「だからゆっくり休むといい」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

勝手にデータ引き抜いてくれてる間に寝るとしよう。
もう一人調べたい名前もあるし、それは起きてから調べるか。




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