某月某日。
宅飲みをしよう!という話(私発案)になり、降谷さんとコンビニへ行った時の事。

「確認の為身分証の提示お願いします」
「…ぶっ」

清々しい営業スマイルで身分証の提示を口にした店員に、思わず吹き出す私。
まずったと思った時には既に手遅れで、笑顔で快く免許証を提示しながら私の足を踏み潰す降谷さんに死を覚悟した。
あ、やばい私死んだわこれ。
でも私は悪くない。
だってこの人29歳だよ?アラサーだよ?
なのに身分証提示とかどんだけなの?
どんだけ童顔?やばくね?

「さて、身分証の提示の必要がない名前さん」
「あれ、当回しに喧嘩売られた?」
「先に売ったのはお前だ」

童顔なだけじゃない、大人気ないぞこの人。

「でもいいじゃないですか童顔。かわいいって人気ですよ?」
「お前は俺が可愛いと言われて喜ぶ人間だと?」
「あー…ちょっと急用を思い出したので私帰りますね!」
「させるか」

思い切り襟首を掴まれ締まる首。
この人容赦なさすぎじゃない?大丈夫?公安の人でしょ?警察のお兄さんでしょ?

「そんなに気にします?」
「自分ではそう思ってないが、余りにも言われる事が多いからな」
「ははっ、降谷さんそれ気づいてないの自分だけじゃ…ナンデモナイデススミマセン」

笑いながら続くはずの言葉は真顔で謝罪の言葉へと変わる。
だってそうだろう。
すっごい顔してるからねこの人。
多分視線だけで人殺せるレベル。

「私がスニーカーだからって容赦なく足踏んだくせに…」
「なにか?」
「だってこれでもしミュールとか履いてたらどうするつもりですか!」
「履くのか?」
「ねぇなんでそんな馬鹿にしたような顔なんです?なんでドヤ顔?鼻でわらうのやめてもらえます?」

ああそうだよどうせサンダルかスニーカーばっか履いてる女子力皆無の女だよ。

「もう全部済んだし、女磨きとかしてみましょうかねぇ」

医者という本業一本になった今、父の期待にも応えられるよう、立派な淑女目指して結婚して孫の顔を見せてあげれたら上等、ってとこかな。

「例えば何をするんだ?」
「んー…そりゃあまぁ服装とか?」
「お前にセンスあるコーディネートができるとは思えないんだが」
「一々辛辣なんですけどなんなんです?好きな子ほどいじめちゃうタイプなんですか?そんなに私のことが可愛いいんです?私のことそんなに好きなんですか?」

いやほんと降谷さんたらツンデレなんですねーなんて冗談をまくし立てながら歩いていれば、隣にあった気配が居なくなったことに気づいて足を止めた。

「降谷さん?」

くるりと体を反転させれば、街頭下で足を止めたまま、私と目が合うとにっこり。とまるで安室透の時のような甘くて胡散臭いとてもアラサーには見えない満面の笑みを浮かべた降谷零29歳。
え、なにこれ嫌な予感。
おいでおいでと手招きをする彼。
そしてそんなイケメンに呼ばれるラフな格好の私を、すれ違う人…主に女性にどんな関係なのだと探るような視線がちらちらと向けられる。
…ああもう行くよ!行けばいいんだろ!!
嫌な予感しかしないのに、駆けていくのは忠犬のサガか。

「…なにして…っ」

手の届く所まで近づいた途端、腕を引かれてそのままなだれ込む。
どこって?
降谷零にだよ!!
そのまますっぽりと抱きしめられて、何事かと身を捩れば顔を見上げられる位には力を緩められた。

「ふるやさ…っ」

見上げた顔は穏やかに微笑んでいて、けれど目は真剣で、ああ、童顔とか言ったのは間違いかもしれないと思った。
静かにと言いたげに押し当てられた人差し指がゆっくり外されていくを、まるで他人事の様に眺めていると、緩く弧を描いた口が開く。

「そうだよ。あんまりにも名前が可愛くて仕様がないから、好きでたまらないから構いたくなるんだ」

くすりと聞こえた笑い声に、今度こそ完全敗北だった。

「…はんそくだ…」

すっかり抵抗する気も起きなくなった私は、せめてこの赤い顔だけは見られないようにとその胸に埋めてやったが、彼にとっては痛くもかゆくもないらしい。
何処かのバカップルみたいに抱き締めて、好きだよなんて囁いてくるのだ。

「俺は素直になったのに、何処かの誰かさんは意地を張ったままか?」
「ああそうだよ!私も好きですよ!本当は一時たりとも忘れたことがない程に貴方の事を想ってました!!」

このパーフェクトガイめ!といつか言った言葉と同じ事を言えば、それ悪口か?といつかと同じ事を返された。

「やっと言えた」
「…もう恥ずかしいんではなしてもらえます?」
「いいのか?今離したらお前、絶対俺の顔直視できないぞ?」

なんだこいつどんだけナルシスト?
なんて言いたくても言えないのは、それが図星だからだ。

「あと、先に帰るのもナシだから」
「なんで!」
「手を繋いで帰るくらいいいだろ?」
「何故この歳になってそんなバカップルじみた真似を…!」
「お前、俺の胸に顔押し付けたまま言えたセリフか?」
「だって!恥ずかしすぎて顔上げれないんですもん!降谷さんのせいですからね!!」

この赤い顔を見られるのだけはどうしても悔しくて嫌だ。

「ほんと、お前はかわいいよ。昔から」
「やめて!ほんとやめて!そんな甘いセリフやめて!」
「ん?どうして?」
「ねえええ!もうほんと勘弁してください耳もとで囁かないで溶ける!!」
「俺の事が一番好きって言うまでやめない」

ガキか!?
何時ぞや私のもろタイプが沖矢昴という話を蘭ちゃん達にしてたのを聞いていたこの男は、そんな前の話を持ち出している。
ああそうだよ毎晩声を聞きたいくらいには好きだし顔も好きだし性格もドンピシャ過ぎて好きだったよ!仕方ないじゃん!
あの工藤有希子氏監修ともなれば惚れないわけがないじゃん!
胡散臭いイケメンよりも穏やかなイケメンの方が断然すきだよ!!

「名前」

だから耳もとで囁くな!
くつくつと聞こえる笑い声は完全に人で遊んでいる証拠だ。
せめて隠せ降谷零童顔29歳。

「…実在する人物では降谷さんが一番好きです」
「お前頑なに言う気ないな」
「だってあれは反則です!全てが詰まってるんです!多分実在する人物だったら完全におちてましたね」
「成る程、俺よりもあいつを選ぶと?」

あ、やばい。
ぎちり、と抱き込む力が強まる。
やばい、本当にここで挽回しないとなんか色々とやばい。
殺されるよりも酷い目にあう予感がする。

「あ、あの」
「なんだ?」

そのにっこり笑うのやめてほんと怖いから。

「あー…の、ですね、その…隣に居たいって思えるのは、降谷さんだけです」

こんな言葉を誰かに言う日が来ようとは…
今の私の顔は天狗も驚く位、真っ赤だろう。

「続きは?」

続き!?え、なにこれ続きとかあんの!?
でも少しだけ機嫌が戻ったように見えるし、もうひと押しなのか…?

「あー…甘えたい、とか、頭撫で欲しいとか、その、たまに抱きつきたいとか思うのは…いや、違うな。えっと、多分私降谷さんのそばに居たいだけです」

くっそおおお!!
穴があったら入りたいレベルで恥ずかしい。
あとここ外だから。
恥ずかし過ぎて顔を上げれない私には通行人の存在なんてシャットアウトだけど、こうでもしてなきゃ羞恥心で死ぬわ。

「…ここだと流石にまずいか」
「…へ、ちょ…っ」

ふわりと浮いた両足に思わず顔を上げれば、ぶつかりそうな程近くにある降谷さんの顔。
え、なにしてるのこの人。

「うん、たまにはこういうお前もいいな」
「…かんべんしてください」

思わず肩に顔を押し付ければ、満足気な声。
なにしてくれてんのこの人。

「ここならいいか」

降ろされたのは人目のつかない路地の細い隙間。
どういうことです?

「ほら、こっちちゃんと向け」
「はい?」

ぽかりとアホ面晒して見上げれば、ほんとお前は変わらないなと苦笑する降谷さん。

「…んぇ…!?」

顔が近づいてきたかと思えば、半開きだった私の下唇が食べられた。
いや、食べられたっていうか、はむって降谷さんの唇が挟んできたっていうか、え、え、なにこれどういうこと?
困惑する私の後頭部に回った手に、逃げ道を失う。
もう片方の手が優しく瞼の上に被せられて目を閉じれば、ぬるりと舌が入り込む。
え、ちょ、まってまってまって、私もしかしてキスされてる?
まさか初キスがディープになろうとは誰が予測できただろうか。

「ん…っふ、…はぁ…」

ああああなんて声出してるんだろう私。
とろとろに溶かされるような感覚に頭がぼうっとする。

「…っは、どうした?」

漸く離れた唇。
一気に体から力が抜けてへたり込む寸前に、優しく抱きとめられてその原因を睨み上げてやる。

「…腰が抜けました」

貴方のせいで。
そう付け加えれば、やはりこの男はくつくつと笑うのだ。

「お前は本当にかわいいな」
「降谷さんは本当に意地悪ですね」
「お前がかわいすぎるからついつい構ってしまうんだ」
「警察が路チューとか本当無理なんですけど」
「でも腰抜かす程よかったんだろ?」
「おまわりさんこいつです!」
「残念だったな、俺がおまわりさんだ」

なんだこいつ。

「じゃあもういい加減お家に帰してくださいおまわりさん」
「残念、近くにいい休憩場所もあるんだが」
「ほんとどういう頭してるんですかおまわりさん」

案にホテルに連れ込もうとするのってどうなんです?
ていうかついさっき好きって互いに言ったばかりなのに何この展開の速さ。

「仕方ない、続きは家で、な?」
「いや、普通に酒飲ませて」

何のために買い出しきたと思ってんだこの人。
この後むちゃむちゃ酒盛りした。






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