第一印象は誰だこいつ。だった。
いきなり人の教室に乗り込んで、大声で俺を呼んだかと思えば、そこに居たのは見知らぬ後輩だった。
一年の割に凛とした佇まいで、しっかり伸ばした背筋にはきはきとした物言い。
普通なら入学したばかりのこの時期に上級生の教室のある階に来るだけでも勇気がいるはずなのに、目の前の一年はへらりと笑って居た。
きっと黙っていれば知的で美人という印象がつく筈なのに、口を開いた瞬間全てを台無しにしそうな物言いと空気は所謂残念な美人というやつだろうか。
それでも主張はしっかりするからから、他の一年よりも大人びた印象を受けた。

「告白でもなくただの顔見知りでいいって面白いな、あの子」
「茶化すな」

友人の揶揄いを適当に流しながらも、確かにあんな風に寄ってこられたのは初めてだった。
告白されたり連絡先をきかれたりは多かったが、顔見知り程度でいいのでとはまた面白い切り口で、けれどあれ以来あいつが教室へ来ることは一度もなかった。
…本当に挨拶だけだったな。

そうして廊下ですれ違うたび、別校舎の廊下で見つけられる度声を掛けられるようになった。
けれどその全ては下心なんてない只の報告で、テストで何位だったか、放課後は友達と遊びにいくなどそんなものだった。
俺はそれをただ聞いて短い返答を返すだけで、それを聞いたあいつは満足したように去っていく。
まるで忠犬だな。という友人の発言が広まり、三年の間では降谷の忠犬として密かな噂が立つくらいには目立って居た。

「ゼロ、最近忠犬声掛けて来ないけど、喧嘩でもしたか?」
「たいして会話もしないやつとどうやって喧嘩するんだよ」

夏休み開け、毎日のように掛けられていた声はいつしか聞かなくなっていた。
廊下ですれ違っても俺の事など視界に入ってないように通り過ぎ、別校舎で見かけても友人の言葉に耳を傾ける姿をみるだけ。
気づけばあいつの視界にすら入っていなかった。

「毎日尻尾振って報告来てたのに珍しいな。どうしちまったんだろうな?」
「俺が知るか」

勝手に挨拶に来て勝手に報告しにきて勝手に降谷の忠犬なんて噂ができて、全部あいつが勝手にやったことなんだから俺が知るはずがない。

そう思っていたのに、昇降口でその姿を見つけた時、俺は自分でも知らないうちに呼び止めていた。

「苗字」

くるりと自分を呼び止める声に不思議そうに振り向いた顔が俺を見つけると、毎日のようにみていたあのへらりと緩い顔へと変わる。

「あ、降谷先輩おはようございます」

その気の緩んだ顔につい疑問を口にしていた。

「ああ、おはよう。最近お前俺のこと避けてるか?」
「はい?いや、最近先輩のこと見かけないのでお声を掛けないだけですが?」

なんて抜かす間抜け面に、思わず手が出そうになったのはここだけの話だ。
人がこんなにも気にして、いや、周りに指摘されたからだが、それにしても振り回すだけ振り回しておいてこれはないだろう。

「それにしても先輩から声を掛けて頂くのは初めてですね」
「今まではお前がうるさいくらい声掛けてきてたからな」
「そういえば友人に忠犬って言われました」
「俺のクラスでもお前忠犬って呼ばれてるぞ」
「はあ!?」

初耳だと言わんばかりの顔に、先程までの苛立ちが幾分かおさまる。

「最近忠犬が尻尾振ってないけど何かあったのかと聞かれたから、声掛けただけだよ」
「完全犬扱い!?」
「まぁ体調悪いわけでもないようだし、いいよ」
「あれ?私が悪いことしたみたいな流れなんですけどこれいかに」
「煩かったやつがいきなり静かになると気味が悪い」
「言いがかり!!」

まるでぎゃんぎゃんと吠える犬のようで、けれど見えない尻尾がバタバタ振られているような気がして笑えた。
この頃にはすっかり苛立ちなどはきえていて、俺は吠える忠犬を宥めるように頭をひと撫でして教室へ向かった。
一瞬面食らったような顔を見れたことに気分をよくして、次声を掛けられたらなんて返してやろうか。
なんて考えている辺り、俺もこいつとのやりとりは満更でもなかったらしい。

ーーーー

「お、忠犬と仲直りしたみたいだな!」
「そもそも喧嘩なんてしてない」

あれからお互い声を掛けるようになり、一方的だったものが会話として成り立つようになっていた。

「そういえば放課後の音楽室の噂知ってるか?」
「なんだよそれ。くだらない怪談話か?」
「まぁ聞けって!」

内容は何処にでもあるような怪談話だった。
部活動も休止となるテスト期間のみ、無人の音楽室から聞こえるピアノの音。
けれど中を覗けばそこには誰も居らず、教室の鍵は閉まったまま。
という物だった。

「それの何処がこわいんだ?」
「え、放課後の無人の音楽室だぞ?怖くないか?」
「勝手に音楽室使ってるのがバレたくない誰かが隠れてるだけだろ」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんだろ」

しかしテスト期間によくまぁピアノなんて弾く余裕があるな。
きっとハナから捨ててるか自信家のどちらかだろう。





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