第弐話

にこやかに笑う男性を横目になにか空を切る音がすることに気づく。
私が窓を見たからなのか、男性もそちらに目を向けた。
刹那、黒い影が光を覆う。
紫とも群青とも言えるその羽は妙に肌の露出が多い、と言うか褌を履いている、おそらくは胸の膨らみがないことから男性であろう両腕から生えていた。
正直腰を抜かしているとは思うが、これもここでは当たり前なのだろうか。
生きていける気が微塵もしない。

「ディアボロ、その女は」

「あぁ、あの降ってきた彼女だ」

ガラリと窓を開けた男性、ディアボロという名前らしい。
やはり外国の、というかその単語聞いたことがあるぞ。
どこかの国で“悪魔”とかいう意味じゃなかったか。
まぁ、それは置いておこう。
ディアボロが窓を開けて褌の鳥人間は部屋へと入ってきた。
メキメキ羽を変形させたかと思うと、人間の男性と同じ両腕へと早変わりする。
そしてさも当たり前のように、靴というかブーツに近いそれのまま畳の上に降り立った。
汚くないのか、日本人の同居人がいると言っていたが、その人物は何も言わないのか。
等と様々に考えを巡らせていると、鳥人間はブーツのようなものを脱いで裸足になった。
ブーツっぽいのはどうするのか、と観察していたつもりだが、いつの間にやらそれはなくなっている。
不自然に見えないように周りを見回してみるが、何処にもありそうにない。
なかなかに大きさがあったはずなのにいったい何処へ。
そんな事をもやもやさせていると、鳥人間はディアボロに近づくとかと思いきや、横を素通りして私の方に向かってくる。

「え、ちょ、あの」

「なぁに、少し味見をするだけだ」

味見ってなんだ、性的なものかそれとも本当にカニバ的な味見か。
体をこわばらせてしまう。
鳥人間の手が伸びてくる。
私の頭に触れるか触れないかの位置になった時、またあの感覚だ。
まるで時が飛ぶかのような。
いつの間にか私はディアボロの後ろにいて、そのディアボロは鳥人間の前に立っている。

「おい、カーズ!誰にでも手を出すな!」

「・・・ほぅ、このカーズに楯突くのか」

カーズと呼ばれる鳥人間は怒気とも言える声色でディアボロにそう言う。
ディアボロの体が跳ねたのがわかった。
畏怖の対象なのに私を庇うために彼はここにいる。
何も出来ない自分が恥ずかしい気もしたが、人間なのかもわからない相手と面と向かって立ち会えるのは早々いないだろうと自分を擁護する。
少しカーズは考える素振りを見せたあと、ぱっと思いついたかのような顔に変わる。
そして気がつくと私はカーズの両腕に掴まれていた。

「・・・・・・え」

「このカーズの前に立ちはだかった所で無駄無駄、という事だ」

ずるずるという音がして私が引きずられる。
どうもカーズは自身の腕を伸ばして私を掴んだらしい。
やっぱり生物学上可笑しいだろ。
呆気に取られたディアボロはその場を動けずにいたらしく、カーズの胸の前にすっぽりと埋まった私を見てやっと口を開いた。

「ダメだって言っているだろう!吉良に怒られるぞ!」

「一口だけだ」

「お前の一口で普通の人間は死ぬんだよ!」

ふむ、つまりはカニバ的な味見だったと。
しかもそれによって私は恐らく一度死んだにも関わらずまた死に至るようだ。
全力で阻止したい。
また死ぬなんてお断りだ。
なんとか抜け出そうともがくが、あまりにも強い力によってできたのは身じろぎだけだった。
いや、勘弁してくれ。
それに気づいたのか、ディアボロがまたカーズに声をかけるが、聞き入れる様子はない。

「ふむ、今回は口から取り入れるのも一興だな」

そう言いながらカーズの口が私の肩に迫ってくる。
それは左肩だ。
心臓に近いんだ。
やめろ、やめてくれ、いや、本当に。

「や、やめてくださ」

「やめろって言ってるだろ!」

そのディアボロの声の後、また時が飛ぶ感覚。
これはまさかディアボロが何かしているのだろうか。
ハッとした時にはディアボロが動かなくなっていた。
私の体には何も異常はない。
私の代わりに?
ゆっくりと傍に寄る。
頭から首にかけてあるべきものが無いディアボロは血をとめどなく流しながら段々と冷えていっていた。
勿論、動く気配はない。
ディアボロを触っていた私の手の甲に水滴が落ちる。
泣いていたらしい。
出会って一瞬のようなものなのに、私の代わりに彼は。

「何故泣いているのだ」

「貴方は、彼がこうなっても何も思わないんですか」

そう言った後、カーズは怪訝そうな表情を浮かべて部屋の端へと動いた。
丁度押し入れがある辺りだ。
ポロポロと涙は止まらないらしい。
拭っても拭っても止まらないそれは、ディアボロに届くのだろうか。

少し感傷的になっている時、押し入れあたりからすごい音がした。
そちらを見ると、カーズが押し入れを力任せに開けたのだろう。
襖が少しかわいそうなことになっていた。
涙が引っ込んでしまったじゃないか。
カーズは押し入れを覗き込み、腕を伸ばす。
ずず、と音がして何かが引き摺られ中から出されるようだ。
あまりにも大きな音だったのでそちらに気を取られてしまったがそれどころじゃない。
今の問題はディアボロだ。
と、視線を戻したつもりだったのだが、ない。
何処にも、ない。
ディアボロの死体が血の一滴すらも残っていない。
一体どういうことだ。
まさか死んでしまった人間が集められているということで、このように不可思議に消滅していまうのがここの一般常識なのか。
そう思った私は何を考えたのかカーズに視点を移す。
そこにある光景は有り得ないものだった。

「え、ディアボロ・・・」

「・・・おい、ディアボロお前説明していないのか」

「いや、しておいたはずだが・・・」

ディアボロがおかしいな、と頭をかいている。
説明、何のことだ。
そこで私は思い出した。
カーズという更におかしな住民が来たことで頭からぶっ飛んでいたが、ディアボロは“死にたくても死ねない”と言っていた。
途端に顔に熱が集まるのを感じる。
あぁ、くそ。
クスクスと笑っている大柄な男性2人を目の前に、何たる醜態を晒しているんだ、私は。

「まぁ、こういう事だ。見た方が早かったな」

「食料且つ遊び道具と言った具合だ」

「できるだけ控えてくれ・・・」

「それにしても、女。お前の名はなんと言う」

そう言えばそうだ。
彼らの名前は会話から知り得たが、私の名は伝えていない。
伝えておくべきだろう。
きっと日本人の同居人は私の社員証から知っているとは思うが、彼らはきっと外国人だと安易に想像がつく。

「佐々木希美です」

「希美というのか。吉良に聞いても教えてくれなかったからな」

「希美と呼ぶからな。嫌だったら言ってくれ」

別に大丈夫だということを伝える。
おそらく先程から何度か出ている“キラ”と呼ばれる人物が日本人なのだろう。
彼らより普通の人物であればいいのだが。
何はともあれ、悪い人たちではないみたいだ。
これから私がどうすればいいのか等は全く思いつかないが、きっと彼らと一緒ならば解決できる気がする。

第弐話

(社員証、見なかったんですか?)
(あー、あれ名前か)
(読めるんですね)

(2017/10/19)歌暖

乱雑カルテット