第参話

カーズが不敵な笑みを浮かべている。
いや、先程からずっと笑っていたがそれ以上の何かを含んでいることは明らかだ。
正直これは恐らく、私かディアボロが被害者になるタイプのやつだと肌で感じとる。
ディアボロもそれがわかっているのか、身構えているように見えた。
ゆっくりと口を開く。

「希美、簡単なクイズをしよう」

呆気に取られる。
さっきのカニバリズムと比べて何と平和的な言葉の羅列だろうか。
少しばかりの感動を覚える。
しかし、これぐらいで感動できるなんて、なんて安い人間になってしまったのだろうか。
私がその言葉に安心した姿を見たからなのか、カーズの笑みは更に濃くなる。
自意識過剰かとも思ったが、あながち間違いでもないらしい。
がしりと掴まれた肩は骨が軋む音を奏でている。

「やるのだな?」

「やっても構わないけれど、被害が出ないことを約束して下さい」

しっかりと瞳を見据えながら私は言葉を紡ぐ。
ここでこう言っておかないと絶対に後々ひどい目にあう。
絶対にだ。
真っ赤な瞳はぶれること無く私を見返す。
口と同じ様にそれが弧を描くのを見て、失敗だったことを理解した。
言っても言わなくても私の行き着く先は同じだったのだろう。
カーズの両手は力を失い、私の肩から剥がれ落ちた。

「よし、やるといったな。このカーズ、しかと聞き届けたぞ」

今までで一番の笑顔を浮かべている。
それにしても一人称が自分の名前のヤツに、ろくな奴がいないという私の理論はここで言ってもいいのだろうか。
さて、これを私ひとりで受け持つのは些か荷が重い。
ちらりと横目でディアボロを見ると、私の視線に気がついたのかびくりと体を跳ねらせる。

「カーズ、ディアボロも参加したいそうですよ」

「むぅ、その気持ちは嬉しいのだが、これは希美だけが参加してほしいのだ」

何分お前では答えがわかっている問題なのでな。
とカーズは続ける。
ディアボロは安心しきったのか、胸をなで下ろすという言葉をそのまま行動で表現していた。
なんだか気に触ったのでそこら辺に転がったままだった自身のヒールを掴みスパンとはたいておく。
気持ちの良い音が鳴った。

「希美!何をするんだ!」

「自分に関係がないとわかった瞬間の表情が気に触ったので」

「安心しろディアボロ、お前は後々このカーズ特製の素晴らしいゲームに参加させてやろう」

真っ赤な顔が真っ青に変わる瞬間は何処で生まれたなんて関係がないらしく、私達のそれと何ら変わりなかった。
私が巻き込んだとも言えるが、自業自得だ、ざまあみろ。
さて、と言わんばかりにカーズがこちらに向き直る。
しまった、そうだ。
今1番危機に瀕しているのは私だ。
死に一番近いとも取れるだろう。
眉目秀麗なその顔と体はまるで何処かの美術作品の様だが、それすらも今は畏怖の対象だ。

「ふむ、では出題するぞ」

「頑張れ、希美」

本気で応援しているのだろうが、腰の引けたような声のディアボロが私を後押しする。
正しい答えが言えなければ、私に未来はない。

「この部屋の住人の人数を答えてみろ」

「・・・・・・は?」

そんなもの分かるはずがないだろう。
私が知っているのはお前らとキラという日本人だけだ。
つまり、少なくともこの3名より多い、というのが答えというのはわかる。
でなければクイズになっていない。

「不正解ならば、生き血をもらおう」

「ちょ、まって下さい、それしたら人間は死にますって」

「そうだぞカーズ、俺の体で散々試したじゃないか」

嫌な発言が聞こえたがとりあえず聞き流しておこう。
恐らくカーズは人間以外のなにかだ。
それ基準に考えられては身が持たない。
そもそもなぜ生き血なんだ。

「というより、何故生き血なんだ?」

私の疑問をディアボロが代弁する。

「DIOが生娘の生き血は上手いと」

思わず一歩下がる。
そしてまたあの感覚がしてディアボロがいつの間にやら私の前に立っていた。
流石にそれは、プライバシーの問題も絡むそれは、ちょっとダメだろう。

「な、なんでそんなことわかるんだ」

「このカーズの嗅覚を舐めるんじゃあない」

さすが人外と言ったところなのか、感心しそうだがしてはならない。
それのせいで私の暴露話が私の口からではない所で勝手に飛び交っている。
だがしかし、事実である以上取り繕うわけにもいかないだろう。
それに嘘を並べたところでカーズは本当にわかっているから述べているような口ぶりだ。
良い方向に進むとは思えない。
ここは触れないで本題であるクイズとやらに進むべきか。
まぁ、それも私にとっては良い方向とは言えないのだが。
私の前からディアボロが剥がされていく。
完全に私の視界に入らなくなった時、玄関の鍵の音が鳴った。
他の住人だろう。
これが私にとって僥倖である確率は高いのだろうか。

「おや、カーズ帰っていたのかい」

優しそうな口ぶりはここに来て一番安心するものだった。
瞬時にこの声の主は私に危害を与える可能性が、少なくとも目の前の人外よりも低いことを理解する。

「・・・と、君は確か空から降ってきた子だね」

振り返ればニッコリと微笑んだ黒人男性が立っていた。
おそらく聖職者だろうと思わせる身につけている服は、きっちりとしながらも丈が長くゆったりとしていて柔らかさを醸し出している。
今カーズの両手は私の体に触れていない。
今しか、味方だろう人物のそばに行く合間は無い。
利き足を男性の方に向けて、もはや飛びかかると言わんばかりの体制になる。
後で謝ろう。

「待て」

そうだった、この人外は変幻自在だった。
またもや伸びた腕に捕まる。
しゅるりと私の腹に巻かれた腕は締め付けることなく、それでいて動くことを許そうとはしない。

「このカーズとのクイズを捨て置いてまで、その行動は必要不可欠なものなのか?」

ゆっくりと引き寄せられ、耳元で囁かれる。
こそばゆい。
この台詞が恋人同士でのものだったとしたならば、どれだけの幸せを掴んでいただろうか。
若干束縛気味だが、それもまた乙なものなのだろう。
しかし、今私の耳元で喋っているのはカーズとかいう未知の生命体Xだ。
恋人がいない事どころか、囁いている人物も問題である。
男性がこちらに近づいてきた。

「カーズ、その子を離してあげたらどうだい」

「聞き入れられんな。此奴の生き血を啜るまでは離さんつもりだぞ」

待て待て、聞き入れられないのは私もだ。
どっちみち啜るつもりじゃないのか、それは。
しかもクイズとやらで私がそれを回避したとしても、次、また次とするつもりだった口振りじゃないか。
男性がこちらを見ている。
小さく首を振ると、何やら納得した様子でカーズに向き直った。

「彼女、嫌がっているように見えるけれど」

「生娘の生き血を啜るまで、俺は諦めん」

ピクリ、と男性が反応を示した。
先程生き血という単語に反応していなかった点から、それ以外だと推測する。
まぁ、もしかしたら2度目はないぞ、なのかもしれないが。
男性の表情を伺うと、笑顔ではあるが青筋が立つといった表現が適当である顔をしていた。
誰が見てもわかる、怒らせると怖いタイプを怒らせてしまっていることに。
カーズもそれに気づいているのか、小さく唸ったが、私の体にある腕は外れる気配はない。

「カーズ、一つ教えておいてあげよう。私崇拝する宗教において、汚れなき女性は神聖であることを」

男性は1歩も動かず、背後からおそらくスタンドと彼らが呼んでいるものを出した。
召喚?とでも言うのだろうか。
やはりぼやけているが、人の形を有していることが分かる。
それはカーズの頭をトン、と叩きまるでCDの様なものを抜き出して手にしているようだった。
ただ、“様”なものとしか分からない。
円盤で中央に小さな穴が空いていることから私の頭はCDだと言う結論を出したが、それにしては分厚い。
それにそのスタンドとやらは、そのCDっぽいものを恐らくは折り曲げて手遊びしているようだ。
私の常識が通じないことが分かってはいるが、本当にここの出来事は許容量を超えすぎである。

「さぁ、こっちへ」

男性は手を差し伸べて私の手をとる。
しかし未だにカーズの腕が巻きついている私には動くことはおろか、身動ぎすら難しいものなのに。

「あぁ、これ邪魔だったよね。外そうか」

そう言って男性はいとも簡単にカーズの腕を外していく。
まさか、こんな細い身体で豪腕なのか?
世間では細マッチョがどうたらこうたら言ってるが、それに当て嵌るのだろうか。

「あの、ありがとうございます」

「いいんだ。君の様な聖女を守るのも聖職者の役目だからね」

キラリと光る白い歯とキラキラした瞳に、思わず仰け反る。
辛い就活後に見ると、いかに自分が枯れているのかを感じ取ってしまいそうだ。
それにしてもまさかびっくり生命体のカーズをあんな柔らかい水平チョップ一つでのしてしまうとは。
侮れない。
だが、おかしい。
こんなにこいつが伸びるのだろうか。

「えっと神父様?」

「ん?そうか。名乗ってなかったね。私はエンリコ・プッチ。見ての通り聖職者だよ」

この世界にこんなにまともな人間がいたなんて。
少しはここで生きていく希望が持てるのかもしれない。
プッチさんの名前を呼び、自身も名乗る。
やはりこの人も私を名前で呼ぶようだがこの再気にしない。
海外ではそんなものなのだろう。
今まで友人と苗字で呼びあっていた私にとって、名前で呼ばれ続けるのは少しむず痒いが。
そして疑問に思っていたカーズの件を聞いてみる。

「プッチさんのスタンドでカーズは伸びてるんですよ、ね?」

「うん、そうだよ。というかスタンド知ってるんだね」

ぼんやりとしか見えないこと、自身には恐らく今はいない事を伝える。

「そっか。私のスタンド能力は、まぁ広く言えばDISCを扱う能力だよ」

それだけじゃ分からん。
なんだよディスクって。
まぁ、だいたい検討はついているが。
あの人形が持っていたCDみたいなのがディスクとやらなのだろう。
何かを抜き去った、と考えていいだろうから、カーズの精神やら魂やらをそのディスクとか言うのに変化させて抜き取った。
と考えるのが妥当だろうか。

「何を抜いたんです?」

「ふむ、鋭いね。……全ての記憶だよ。カーズはスタンドを持ってないからね」

プッチさんが言うには、自分がカーズを黙らせるには一時的に仮死状態にする必要があった、と。
見た感じプッチさん自身はディアボロと同じ様に普通の体のようだ。
やはりカーズだけがおかしいらしい。
そんな奴を力でねじ伏せるのには気力と体力が必要になるからさっさと一手で決めてしまったわけだ。
………ん?
カーズはスタンドを持っていない?
確かにあいつが体を変化させてた時、何も見えなかった。
じゃぁあれは自前?

「あ、これ入れたら復活するからね」

ピラピラと厚みのある円盤をプッチさんは弄ぶ。
普通の人間であれば記憶全て、スタンド使いならばスタンド能力と記憶全てを抜き去った場合その残った肉体は仮死状態になり、カウントダウンが始まるらしいが、カーズだけは別で朽ちない、とプッチさんは苦笑いをした。

「さて、希美ちゃん」

「え、ちゃん?私22ですよ」

ぴしりとプッチさんから音がした気がした。
もしや日本人が幼く見える法則とかいうあれか?
プッチさんは私のことを未成年だと思っていたのだろか。
ずっと隅の方でガタガタしていたディアボロさえも固まっている。
いや、お前はさっきまで何をしていたんだ。

「えっと、整理するよ。希美ちゃん、さん?は22で、もうその、成人しているんだね?」

「そうですよ。日本でもお酒が飲める年を2つ超えてます」

「お前そんな年なのに貧相なんだな………」

ディアボロがとてつもなく失礼な発言をしてきたのでもう一度ヒールで殴っておいた。
少し赤くなっているようだが、気にするものか。
むしろ青くなったり黄色くなってしまえ。
プッチさんはぎこちなく表情を変化させながら、こちらへ近づいてきた。
肩を掴まれたが、先程のカーズとは打って変わって優しい事この上ない。

「大丈夫、神はそんな君を愛しているからね」

これは、慰められている?
この歳になって、恐らくは私が仏教徒であると推測した上で慰められている?
ディアボロとは別のベクトルで失礼な発言を受け取ってしまったが、命の恩人であるが故にここはぐっと堪えておこう。
若干眉間にシワがよってしまっている感覚を感じながら、愛想笑いをする。
それを良いものと受け取ったのか知らないが、プッチさんはにこやかに微笑み返してくれた。
と、その時扉から音がする。
鍵をかけていなかったからか1度空回りした音がして、ドアノブが回った。
隙間から漏れる光は眩しい白から柔らかな橙へと変化している。
更に隙間が広がった場所から人影が半分見えたが、光のせいでシルエットしか見えない。
しかしその人物が、眩い黄金の髪をふわふわとなびかせていることだけは辛うじて見えた。
鍵を回す仕草をしていたことから、また別の住民なのだろう。
この調子で増えればどれだけの人数になるのだろうか。
カーズが問題として出題したくなることも分からなくもない。
すこしはマシな人物だといいのだが。

第参話

(ところで希美………さん?)
(希美でいいですよ)
(ありがとう、そう呼ばせてもらうね)

(2018/05/08)歌暖

乱雑カルテット