chapter8


ダンテは暗い屋敷の中を、悪魔を倒しつつ駆けていた。先ほどから感じている空間のねじれというのが、どうもねじれるスピードが早くなっていっているように感じる。それ以上の速さでこちらが食らいつかなければ、敵の親玉とは全く的外れの場所に放り出されてしまうことだろう。

「…つーことはつまり、悪魔にとって今俺に来られると困るってことか」

それならば余計に、今の内に相手の元に辿りついた方がいいに決まっている。ダンテは後ろから付いてくる悪魔達の額に銃弾を叩きこみ、次の扉に手をかけた。

「匂いが濃くなってきたな…近いのか」

どうやら敵に近づいてきているのは確かなようで、迷うことなく次々と扉に手をかけていく。そのたびに悪魔が出てきて襲いかかってくるが、ダンテにとってはさほど問題でもない。

「この、部屋か!」

明らかに他の扉とは雰囲気が違う扉を見つけたダンテは、開けることも煩わしいのか勢いのまま扉を蹴破った。あっさりと音をたてて壊れた扉の破片を踏み、ダンテがその部屋の先を見てみると、だだっ広い部屋の中には2人の人物。1人は栗色の髪を持った女、そしてもう1人はー…。

「っ、コトネ!?」

ダンテも良く知る、琴音の姿がそこにあった。栗色の髪の女に抱えられるように、琴音はぐったりと横になっている。その顔色はひどく青く、決して調子の良い様子には見えはない。

「…あら、見つかっちゃった。ちょっと待っててくれるかしら」

栗色の髪の女はそう言うと、空いている手の方でくるりと空中に円を描く。すると、ぽわん、とそこから球体が出てきて、それがそのまま琴音の体を吸収した。…そう、先程の部屋で見た女性達と、全く同じ状態になってしまったのである。

「…やっぱりここの親玉はあんたか。そいつ、俺の知り合いなんだよ。…返してもらおうか」
「ふふ、私の貴重な食料よ。それより、よくも私のテリトリーを引っかきまわしてくれたわね…。ただでは帰さないわよ!」

女がパチンッと指を鳴らした瞬間、ダンテは背中に、腹に、腕に、肩に、鈍い衝撃を受けた。見ると、どこから出てきたのかダンテの周りには複数の悪魔がおり、その鋭利な刃物や爪などでダンテの体を貫いていたのである。

「…死に際に教えてあげる。私が人間の娘を攫ったのは、この美貌を維持させるためよ」

女は、栗色の髪を指に絡め、くるくると弄ぶ。

「人間の女の生命力って、私の身体にすごく良く馴染むの。最初は一気に生命力を貰っていたんだけれど、そうすると大体の人間は死んじゃうのよねぇ。でも気付いたのよ。人間って、時間がたつとそれなりの生命力を少しずつ作っていくって。だから今みたいに生命力を少し貰ってはあの球体の中で保存して、次の生命力を作るまで待つー…。お分かりかしら、坊や」

「――――…そうだな、よーく分かった」

今まで俯いていたダンテ。女はてっきり彼が死んだと勘違いしていたため、声を発した瞬間ビクリと肩を震わせた。

「なっ、」
「だったら余計、コトネを返してもらわなきゃなぁ…」

ぐんっ、と右腕をあげ、右腕に噛みついていた小ぶりの悪魔を振り払う。と、そのまま腕を背中に回してホルダーの愛銃、アイボリーを手に取りすぐ左側にいた悪魔の額をぶち抜いた。明らかに動揺する女をしりめに、まとわりついていた悪魔を一掃したダンテは、ちらと視線だけ琴音の方に向けた。

琴音は球体の中で、まるで胎児のようにまるまり眠りについている。あの球体が人間にとって害のあるものではないと分かったが、だからといって彼女を長い間あのままにしておくわけにはいかない。

「あなた…、人間じゃないわね…!」
「だったらどうなんだ?」
「おのれ…!それでも娘達は渡さんぞ!!」

ギリリと歯を食いしばった女の口は次第に裂けていき、目は釣りあがり、破れた皮膚の下からは、さらに黒い皮膚が見えてきた。

「ヒュー。本性あらわしたか」
「許さんぞ…!貴様と共にやってきたデビルハンターの女もろとも八つ裂きにしてくれる!」

完全に醜い悪魔の姿となってしまった女は、相当怒っているらしい。ダンテに向かって、鋭利な爪をちらつかせながら突進してきた。

「あんたじゃあの女を殺るのは無理だね」

エボニー&アイボリーをホルダーにしまい、代わりにフォースエッジを手に取ったダンテ。こちらに突進してくる女―…いや、悪魔の心臓に、思い切りフォースエッジを突きたてた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

悲鳴をあげて苦しみ悶える悪魔。ダンテはフォースエッジを突きたてたまま、さらに横に一閃おみまいしてやれば、悪魔は呆気なく砂となってその場に砂の山を作り消えてしまったのだった。

ー…悪魔を倒したことにより、静まり返る部屋の中。ダンテはコツコツとブーツの音を鳴らしながら、球体に閉じ込められた琴音に近づく。膝を抱え目を閉じている琴音の口元からは時々気泡が出てきており、その事実がダンテを安心させた。

「…今、出してやるからな」

琴音を傷つけないように、フォースエッジで球体の表面に薄く切れ目を入れる。そうすれば、液体がどぷりと出てきて、球体から無事琴音を助け出すことができたのである。

「琴音…」

ゆっくりと琴音を抱き起こすも、ダンテの腕の中でぐったりとしているだけで反応を返さない。どきり、とダンテの胸中をざわつかせるが、呼吸はしっかりしているのは確かだ。このままこの場に留まっていても仕方が無いと思ったダンテは、琴音を横抱きにかかえ、レディがいるであろう部屋へと戻るのであった。

***

「えっ、コトネ!?」

レディと女性達がいる部屋へと戻ったダンテは、#name1 #の名を呼びこちらに駆け寄って来たレディに驚きの視線を投げた。

「おい、レディ。お前コトネを知ってるのか?」
「それはこっちの台詞よ!あんたの方こそ、何でコトネを知ってるのよ」
「たまたま知り合ったんだよ!」

疑わしげな顔をするレディを無視し、ダンテは琴音をそっと床へとおろした。

「…とりあえず、他の人達の容体は安定しているわ。目を覚まさないところを見ると、もしかするとあの球体には催眠作用が含まれていたのかもね。救急車は呼んでおいたから、なんならあんた、帰ってもいいわよ」

いつものダンテならば、後のことはレディに全て任せてさっさと事務所へと帰宅していたことだろう。しかし今回は違う。

「…いや、いい。ここにいる」

乱れた琴音の前髪を直しながら、コツリと手の甲で琴音の額に触れるダンテ。彼女を慈しむようなダンテの様子にレディが突っ込まないはずもない。レディは琴音を挟んでダンテとは反対側に腰をおろし、口を開いた。

「…ねぇ、本当にあんたとコトネの関係って何?」
「しつけーなァ。だから本当にたまたま会ったんだって。こいつが悪魔に襲われかけているのを助けたんだよ」

そう。まだダンテと琴音が出会って2週間とたっていない。

「ふぅん…。それで、一目惚れしたんだ」
「ちっげーよ!」

レディの一言に、ダンテは琴音に触れていた手を慌てて離し怒鳴る。暗がりでよくは見えないが、うっすらとダンテの耳が赤く染まっているのをレディは確認した。

「あんたにも可愛いところがあったのね」
「うっせ」
「『優しくて可愛いオンナノコ』。コトネなら納得だわ」
「……もういい好き勝手言いやがれ…」

おそらく真っ赤であろう顔を掌で押さえながら、ダンテはレディに白旗を振った。まるで童貞のような反応をしている自分に羞恥を覚えるも、琴音に寄せるこの想いというものは、今まで付き合ってきた女性とはまた少し違ったものだと思える。もしかしたら、レディの言う通り一目惚れだったのかもしれない。気付いたら、ダンテは##NAME1##に夢中になっていたのだ。

「でも、分かっているんでしょ? ##NAME2##がただのオンナノコじゃないってこと」
「…気づいてたのか」
「カンよ。デビルハンターとして、一般人以外ともよく接するからね」

それは気になることの1つである。彼女が秘密にしていること。もちろん出会って間もない人間に、自分の秘密を簡単に喋る筈など無いと分かっている。ダンテ自身、琴音には簡単に話せない秘密があるのだから。琴音がどんな秘密を持っているかは知らないが、それでもー…

「ヤバイ女は、嫌いじゃない」

二ィ、と口角を上げ、楽しそうにダンテはそう言い放ったのだ。そんなダンテに対し呆れた表情を浮かべたレディは、大きく溜め息をついた。

「…あんたらしくていいと思うけど、せいぜい嫌われないようにすることね」
「おっと、それは気をつけなきゃな。コトネに嫌われたら元も子もねぇ」

なぁ、コトネ。と、ダンテが彼女の頬を優しく撫でた瞬間―…。ピリリリリ、と軽快な音がその場に響いた。

「ん?何だ、この音」
「携帯、かしら?」

ピリリリリ、ピリリリリ、と響く音は、意外と近くから聞こえて来る。すると今度は、ごつん、と何かが床に落ちる音がした。

「これか」

音の正体は、レディの言った通り携帯電話だった。それも、琴音のもの。着信音に加えバイブ機能もついていたのだろう。琴音のスカートのポケットから滑り落ちた携帯は、床の上で震え続けていた。そしてそれを手に取ったダンテは、何のためらいもなく通話ボタンを押したのだった。レディが、「また勝手に…」と呆れていたのは言うまでもない。

「Hello」

電話に出たダンテは、電話の向こう側で誰かが息をのむ気配がしたのを感じた。確かに琴音の携帯に電話をかけたはずなのに、見ず知らずの男が電話に出たならば相手も驚くだろう。今琴音は事情があって電話に出られないことを伝えようとするより先に、電話の向こう側の相手が口を開いた。

『……誰だ?』

今度はダンテが驚く番であった。電話口から聞こえてきたのは、低い、声。男だ。まさか恋人ではと疑うダンテだったが、決めつけるのはまだ早い。

「あー…、コトネは今ちょっと出れなくて代わりに…」
『質問に答えろ。お前は誰だ』

やや怒気を含ませた物言いに、ダンテは顔を顰める。何だ、こいつは。と、電話を挟み、ダンテも、電話の向こう側にいる相手も押し黙り探り合った。…しかし、これではいつまでたっても埒が明かないと思ったのだろう。相手から先に、溜め息と共に喋りはじめたのである。

『…俺の名前はレオン・S・ケネディ。コトネの兄みたいなものだ。妹のように可愛がっているコトネの携帯から、まさか男が出てくるとは全く思わなかったからな。八つ当たりをしてしまって申し訳なかった』

所々で、ちくちくと嫌味を言われているような気がしないでもないが、相手が名乗ったのだから、こちらも名乗るのが義務だろう。

「俺はダンテだ。ちょっと前にコトネと知り合った便利屋で…、」

と、その時。もぞりと琴音の体が動いた。

「う…」
「コトネ!良かった、目が覚めたのね…!」
「あれ…レディさん…?ここは…、あれ…?」

琴音の目にまず飛び込んできたのは、レディの顔だった。確か自分は悪魔に捕まってしまった筈なのに…。冷静に状況判断ができるほど、まだ頭の方ははっきりしていないのだろう。目を瞬かせてきょとんとしている。

「取りあえず説明したいのはやまやまなんだけど…」
「コトネ」
「…え?」

名前を呼ばれ声がした側に顔を向けると、そこにはダンテの姿があり、さらに琴音を驚かせた。

「ダンテくん…!」
「説明はとりあえず後だ。それより、あんたの兄さんから電話がきてる」
「兄さん…?」

とりあえず、1番の知り合い、それもデビルハンターのダンテがこの場にいるということは、もしかしたら例の悪魔を倒してくれたのかもしれない。そう思った琴音は、ダンテが差し出した自分の携帯を何の疑問もなく受け取った。

…今回の任務用に支給されたこの携帯電話に電話をかけてくる人物は、基本的に1人しかいない。そのことがすっぽりと頭から抜けていた琴音だが、これは彼女がまだ起きぬけであったから、ということで勘弁していただきたいと思う。

「…もしもし?」
『………コトネ』

そのため、電話の相手がレオンであった時の衝撃はいかほどのものであったか。自分の任務のこと、本日ターゲットを尾行したこと、レオンには言いにくい悪魔についてのこと、様々な事柄が琴音の脳内を駆け巡った。

「あ、あああ、あ!!れ、れ、レオンさん!!」
『コトネ、大丈夫か?先ほどダンテと名乗る男が、お前の代わりに電話を出てな…。何か緊急事態か?というか、そもそもそのダンテという男は何者なんだ』

らしくないことに、レオンの口から矢継ぎ早に質問が繰り出される。

「え、えっと、あの、すみません、正直私も何が何だか…。ですが、何だか事件…、に巻き込まれたみたいです。あっ、今はもう平気ですので心配しないでください!多分、ダンテくんが助けてくれたんだと思います」
『曖昧な説明だな…』
「う…すみません…」

この曖昧さは自分でも十分理解している。そのぶん、琴音は自分が余計情けなく思えてしまった。

『…まあいい。また明日、電話をかける。それまでにきちんと説明できるようにしておくんだぞ。…それと、任務のことも悟られないように』
「はい…。あのっ、レオンさん…」
『ん?』
「怒って…いますか…?」

琴音の雰囲気に、まるで子供が父親に怒られるのを覚悟するような表情を思い浮かべてしまったレオン。少し黙った後、小さく苦笑した。

『…少しだけな。その分、後できっちり説明してもらうからそのつもりで』
「は、はい…!」
『それじゃあ、気を付けるんだぞ』

会話が終わり電話を切ると、琴音はこちらを見つめる2つの視線に気づいた。言わずもがな、ダンテとレディだ。電話の相手であったレオンのことが気になるのか、何か言いたげな表情をしている。

「お…、怒られちゃいました…」

えへっ、と言った感じで笑って誤魔化そうとする琴音。この時ばかりは、「やっぱ年上には見えねぇな…」と思ったダンテであった。

「えーっと、コトネ。とりあえず、色々と説明してあげたいところだけど、どうやら先にお役人サンの方が来たみたいね」

えっ、と琴音が驚くと、外からはパトカーや救急車のサイレン音が聞こえてきた。

「警察の知り合いに悪魔について知ってる人がいるから、私はそっちに話しをしに行かなくちゃいけないの。だからダンテ、先にあんたの事務所でコトネに説明しといてあげて。私も後で行くから、それまで待ってて頂戴ね」
「OK」
「は、はい」

とりあえず今は、レディの指示に従おう。そう思った琴音は、ダンテを見上げて「よろしくお願いします」と頭を下げた。

一方のダンテはというと、先程レディにからかわれて琴音への恋心をはっきりと自覚してしまったこともあり、琴音が近くにいるだけで変に緊張してしまっていた。また、レオンという男と琴音の関係も気になるところだ。彼は兄のようなものだと言っていたが、本当にそうなのか。

「…ダンテくん?」
「っ、ああ、悪い。じゃあ、行くか」

琴音に声をかけられ、ハッと我に返ったダンテ。琴音の顔をまともに見ることもなく、自身の事務所へ向かうべく足を踏み出したのだった。



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2013/09/15