chapter10
こんがりと焼けた食パンにピーナッツクリームをたっぷり乗せれば、とろりとクリームが熱で溶けてパン全体に広がる。コーヒーは苦手なので紅茶を用意し、切りたてのキウイを1つつまんで食べれば甘ずっぱい味が口いっぱいに広がった。
そして琴音は好物のピーナッツクリームを乗せた食パンを食み、昨日の出来事を思い出し―…、顔を真っ赤に染め上げた。
「…次にダンテくんにあったら、どうしましょう…」
彼女が思い悩んでいるのは昨日の出来事。それは、琴音がダンテの頬にキスをしたことである。ダンテが礼なら頬にキスをしてくれた方が良い、と言ったため琴音は別れ際にそれを実行した。
しかし、本当にその行為をして良かったのだろうかと、後々琴音は思い悩むのである。知り合ってまだ間もないというのに、なんて大胆なことをしてしまったのか。とか、そもそもダンテのあの言葉自体ジョークだったのではないだろうか。とか、そんな思いが琴音の頭の中をぐるりぐるりと巡っているのが現状である。
なぜそんな風にこの件について思い悩んでいるのか、琴音は全く分かっていないようであるが。そんな時、琴音の思考を別の方向へと持っていく出来ごとが起こった。
ピリリリ、ピリリリリ
「…!」
机上の上に置いていた携帯が、音を立てて震え始めたのだ。この携帯に電話をかける人物は、基本的に1人だけ。最後に残っていた一切れのキウイを口に入れて胃におさめ、携帯を手に取った。
「はい、琴音です」
『おはよう、コトネ。昨日はよく眠れたか?』
「おはようございます、レオンさん。ぐっすり眠れましたよ」
案の定、電話の主はレオンであった。昨日よりずっと穏やかな声色に、少しだけホッとする。
『昨日は大丈夫だったか?』
「ええ。地元警察の介入もありましたが、おそらく大丈夫だと思います」
なんだかんだで警察が屋敷に入ってくるよりも先に、ダンテと共に屋敷を後にしたのだ。おそらく今回の被害者として琴音の名前があがることは無いだろう。
『で、本題は昨日コトネが関わった事件についてだ。…話せるな?』
琴音は小さく深呼吸をし、ゆっくりと一度まばたきをした。今から全て、にわかには信じられない事実を話すのだ。多少の緊張もする。
「…レオンさん。今からお話しすることは、聞いただけでは信じられない出来ごとだと思うんです。実際私も信じるのに少し時間を要しました。ですが、とにかく聞いていただけますか…?」
『ああ。ゆっくりでいいから、話してくれ』
「はい。実は――…」
***
『「悪魔」か―…。はは、確かにそれは手放しに信じるのは難しいな』
「それが普通の反応だと思います」
全てを話し終えた後。予想の範囲内であるレオンの反応に、琴音は思わず苦笑してしまった。それも仕方ない。実際自分の目で見てみないと、悪魔だなんて到底信じられる代物ではない。
『とはいえ、信じざるをえないな。そういえば少し前、俺に悪魔の存在を信じるか信じないか聞いたことがあったな。なるほど…あれもそういうことか。それで、実際にその悪魔には物理攻撃が効くんだな?』
「はい。銃も刃物も通りますし、あと聖水という水も効くみたいです。ですがこちらは大物の悪魔に対しては怯ませる程度のものらしいので、物理的に攻撃をした方が早いかもしれません」
なるほど…、とレオンは呟き少し黙った。
『……そうなると、確かにターゲットのホワイトが悪魔関連の書物を手にしたことが引っ掛かるな。悪魔の存在を知っているのか、それともヤツの宗教観の問題か…。どちらにしても、面倒事が1つ増えてしまったな』
「そうですね…。ホワイトに関しましても、彼がアンブレラに関わっているのか否かの確固たる確証が見つかりませんから手の出し用がありません」
これも、琴音が頭を痛めることの1つである。ターゲットであるホワイトを監視し始めて約1週間。彼の私生活全てを見ていないため一概には言えないが、怪しいところが見つからないのだ。しかし、アンブレラに関わっていないという確証も得られていないためどうすることもできない。
『ホワイトの方はもう少し様子を見ることにしよう。それでも動かないようなら、さいあく強行突破だ。あくまでこれは最終手段だがな』
「そうならないようにしたいですね…」
初任務くらい無事に終わりたいものだ、と琴音は心中溜め息をついた。しかし、『ところでコトネ』というレオンの変わった話題の内容に、琴音は再び顔色を変えてしまうのであるが。
『あのダンテという男は何者なんだ。どうやって知り合ったんだ。というか、変なこととかされていないだろうな?』
「え、ええっ!?急にどうしたんですか!それに、へ、変なこと、って…!」
変なこと、という言葉に、ダンテにキスしたことを再び思い出してしまった琴音。変なことをされたのではなく、してしまった事実にゴォンと頭の上にタライが直撃したような衝撃を覚えてしまった。
「(そ、そうでした…。ダンテくんは年下でした…。私、年下の男の子になんてことを…!)」
『おい、コトネ?何で黙るんだ。…もしかして本当に何かされたのか!?』
「ちちち違います!ダンテくんは良い子ですよ!はい!心配なしです!」
あああ、そんな良い子に何てことを…。と、琴音は自分自身の言葉でさらにダメージを食らってしまった。明らかに琴音がいらないことまで考え勝手に暴走しているだけだが、残念ながら今彼女を落ち着かせてくれるような人物はここにはいない。
『ちょっと待て、コトネ!明らかに動揺しているじゃないか!何か隠して…』
「あ、あーっと!それではそろそろ任務に戻りますね!また何かありましたら連絡を入れますので!」
『こら、待て!話はまだー…』
「失礼します!」
ぶちん。
レオンの言葉をさえぎり通話を切った琴音。これ以上レオンに何かを尋ねられれば、自分の良心が悲鳴をあげてしまうからである。心の中でレオンに謝りつつ、琴音は今一度頭を抱えたのであった。
***
所変わってここはDevil May Cry。
昨日の件についての結果を話すため、レディがダンテのもとにやってきていた。
「――て訳で、被害者は全員意識を回復したけど、あの屋敷のことについては何にも覚えてないらしいわ。いったいどんな悪魔だったのよ」
実際に悪魔の姿を見なかったレディは、どのような意図で悪魔が女性達を捕えていたのか気になったらしい。相変わらずデスクに足を乗せて雑誌を眺めているダンテに尋ねれば、気の抜けた返事が返ってきた。
「何てこたねぇよ。ただ女の生命力を主食にしてたババァがいただけさ」
「フゥン…」
「…それよりレディ。俺は今回仕事を手伝ったんだから、もちろん報酬があるだろうな?」
むしろこちらの話へ持っていきたかったのだろう。ダンテは雑誌から視線を外し、レディに嬉々として尋ねた。
「何言ってんの。あんた、私のバイク壊した他にも借金があるの忘れたの?ぜーんぶ差し引かせてもらうわよ」
「はっ!?」
思わず、イスからずり落ちかける。悪魔のような笑みを浮かべているレディに抗議をしようとすれば、「なーんてね」という言葉と共に机に封筒が置かれた。中身を確認すれば、それなりの金が入っている。
「今回の依頼主がお金持ちのお嬢さんでもあった分、結構もらっちゃったのよね。それに、あんたの秘密。コトネに言い掛けちゃったから。知らなかったとはいえ、悪かったわね」
おそらく、昨日この場所で聖水を琴音に渡した時に思わず言ってしまったことをレディは言っているのだろう。悪魔についてはきちんと琴音に教えているのに、自分が…ダンテが半人半魔であることを教えていないということは、あまり琴音に知られたくないからなのだろう。レディはそう解釈したのだ。
「…別に、もともと隠していたわけじゃねえからな。言う機会が無かっただけだ。気にしちゃいねぇよ」
「……そう。じゃあ今のは取り消して、報酬は引かせて貰っ」
「おいこらふざけんな!」
ちゃっかりと封筒から金を抜き取ろうとするレディ。ダンテは慌ててレディから封筒を奪い返し、懐へと収めるのであった。
****NEXT
20131123