chapter11
「ううー…ん…」
琴音は唸っていた。手にはいつもの公園にあるアイスクリーム屋のアイスを持って、ちびりちびりと食べながら唸っていた。ちなみに今日のアイスの味はストロベリーである。さて、それではなぜ琴音が好物であるアイスを食べていながらも難しい顔をして唸っているのか。その理由は、琴音の目の前にある絵が原因であろう。この公園を写生した風景画。ただ鉛筆で線と線が繋がれていたソレは、気付けば鮮やかに彩られて完成していたのである。
「完成してしまいました…」
修正できるところも全て修正した。これ以上手を加えてしまえば、今度は逆に歪になってしまう気しかしない。琴音は考えていなかったのだ。絵が完成してしまったあと、ホワイトの監視をどのように続行させるか。
「夜に変更…ですかね」
暫く考えて出た結論は、これであった。今まで昼のみの監視だけで、夜はノーマークだった。なぜならば、夜は悪魔が蔓延っているため迂闊に外に出ることができなかったからだ。悪魔に対する知識もほとんど無く、悪魔と遭遇しても滞りなく対処などできないであろう。しかし最近はこの街に来た当初よりも、悪魔が関係しているらしい事件は減ったように思える。夜に行動するなら、逆に今がチャンスなのかもしれない。
「今日はいちごか」
「わあっ!?」
急にアイスを持っていた腕を引かれ、アイスをがぶりと食べられた。驚き思わず悲鳴をあげたが、こんなことをする人物は琴音の中で1人しか思いつかない。
「ああっ!だから1口が大きいんですっ!ダンテくん!」
後ろをふり返れば、やはり思った通りダンテの姿があった。唇についたアイスを舌でなめとり、満足そうな顔をしている。
「コトネ、ワッフルコーンも一口くれよ」
「もう…仕方ないですねぇ…」
んぁ、と口を開いてねだるダンテに、琴音は苦笑して――…
「って、何でダンテくんがここに…!!」
ハッと我に返った。以前と全く同じであるやりとりに、無意識に体が動いてしまっていたらしい。
「俺が公園に来てたら変か?」
「いえ、まさか。今日、お仕事は無いんですか?」
「うちは週休6日だからな」
それってどうなんだろ…と、琴音は苦笑をするだけに留めておいた。結局ダンテにワッフルコーンも一口やり、残りのアイスも食べきった琴音は、ふにっ、と今度はダンテに頬をつねられた。
「ところでコトネ。昨日のことを忘れたなんて言わねえよな」
「昨日…、…あっ!」
パッと琴音の頬に朱がさした。今後の予定で頭がいっぱいであったため、今朝あれだけ思い悩んでいたことが頭からすっぽ抜けていたらしい。琴音の顔を見て、ダンテは嬉しそうに、ニンマリと笑った。
「まさかキス逃げされるとは思ってなかったからなァ」
「だっ、だってそれはダンテくんが…!」
意地悪くにやにやと笑いながら、琴音の頬を軽くつねるダンテ。柔らかい琴音の頬が気に入ったのか、ふにふにと触れてくる。
「いや…えっと、その、キスの件は本当に申し訳なかったと思っています…!」
責められていると思ったのか、琴音は言葉をカミながらもそう言った。と、そこでダンテは動きを止め、琴音の顔を見た。彼女がダンテに触れられている箇所を気にしている様子が見て取れる。その表情に悪い感情は向けられておらず、むしろ好い感情の方が滲み出ていることも分かるのだが…。
「何で謝るんだ?あれは俺がコトネに求めた“お礼”だろ」
「そうかもしれませんが…でも、未成年の男の子に…、その…手を出してしまったのは…事実ですし…」
もごもごと言い淀む琴音とは別に、ダンテはガツン、とフライパンで思い切り脳天を叩かれたような衝撃がそのとき走った。“未成年の男の子”。この肩書きは、まだ琴音の中で継続中だったのである。自分が大人であり、ダンテは未成年者…つまり子供だという認識が、最後の理性へと繋がっているのかもしれない。
ダンテは、ここまで自分の年齢を恨んだことはない。…今まで関係を持った年上の女性は、彼の容貌と体格を見て男として扱い、彼女達も自ら女となった。…が、どうも琴音は少々真面目すぎるようだ。未成年者は守る対象なのだと、本気で思っている。
「あの…ダンテくん…?」
30cm近く差のある身長。自分の方がこれだけ大きく力も強いのに。それでも子ども扱いをする琴音に、ダンテは若干…いや、かなり悔しく思った。大人だとか、年上だとか、そんな肩書きなんて忘れてしまうくらい、自分に夢中になってくれたらいいのに。それ自体が子どもっぽい願いだと分かってはいるけれども、そう思わずにはいられない。
「じゃあ、これでおあいこな」
こげ茶色の瞳を大きく見開く琴音。彼女の左目のすぐ下にある泣き黒子に、ダンテは優しく唇を寄せた。
***
夜、21時を回った頃―…。琴音は動きやすいパンツスタイルに着替え、夜の街を歩いていた。昼間考えていた通り、夜にホワイトの様子を監視しようと今この場にいるのである。ちなみにレオンにも連絡を入れ許可もきちんと貰っている。そこでふと、琴音は自分の左の目許にゆっくり触れた。そのまま指をすべらせ、目の下の淵を優しく撫ぜる。
「どうして…」
昼間、ダンテは琴音の泣き黒子に口付けた。もちろん琴音はそのときひどく慌てたが、それ以上にダンテの表情を見て驚いたのである。年下の男の子とばかり思っていたが、さすがの琴音も今回はその表情の意味に気付いた。否、気づいてしまったと言うべきか。彼の瞳に、確かに劣情の色が浮かんでいたのを見てしまったのである。一瞬引きこまれそうになるほど、ダンテの瞳はチリチリと情欲の炎を燃やしていたのだ。
「ダンテくん…」
無意識に口に出してしまった彼の名前。そのことに気付いた琴音は、きゅっと唇を強く結んだ。これからもっと気を引き締めなければいけないのだから、しっかりしろ。そう自分自身に喝を入れる。と、そのとき。一台の白い車が琴音の横を走っていった。何の変哲もない普通の車だった。琴音が、運転席に座っている人物を見るまでは―…。
「…っ!?」
前方からやってきたその車。運転席には、確かにホワイトの姿があった。
「車…、ホワイトは車を持っていなかったはず…。しかもこの道は直進し続けると街の外に…まさか…!」
車のナンバープレートを叩きこみ、琴音は急いでホワイトの住むアパートへ走った。車を使用するということは、少なくとも近場の移動ではない。それに加え、わざわざトランクの大きい車を利用していた。もし、琴音の予想が当たっていたならば、これから大きく動かなければならないかもしれない。ホワイトの住むアパートへと着いた琴音は、音をたてないよう階段を上がり件の部屋についた。
「鍵が…、開いてる」
ドアノブを回せば、カチリと音がしてドアが開く。意を決して部屋に入ると、ほとんど何もない、空っぽの空間だった。
「――…っ!やられた!!」
琴音は携帯を取り出し、急いでレオンに電話を繋げる。その間、部屋の中を調べてみるが今のところ有益な情報となりそうなものは見つからない。そのことがさらに琴音を焦らせた。
『こちらレオン。コトネ、どうかしたか?』
「すみません、レオンさん…!ホワイトに逃げられました!」
『なに? コトネ、取りあえず落ち着け。今どこにいる』
「今はホワイトの部屋に、」
琴音の言葉は続かなかった。急に背中を走った悪寒にふりむいた瞬間、何者かに首を掴まれ地面に叩きつけられたのだ。
「っ、あ、」
まるで気配に気が付くことができなかった琴音は、自分自身の首を締めあげているモノを見て目を見開いた。
「あ、くま…!」
醜い容姿をしたそれは、悪魔だった。なぜこのような場所に、と思ったが、このような場所にいるからこそホワイトへの疑念が一層強まるというもの。琴音はぐっと腹に力を入れ、ホルダーにしまっていたダガーナイフを取り出し悪魔の顔面に思い切り突き刺した。
手の力が緩んだところで琴音は悪魔を蹴り飛ばし、息も絶え絶えに立ちあがったのである。すぐさまハンドガンを構え、悪魔の額へと鉛玉を放った。サイレンサーが付属されているため、キシュッ、と軽い音が辺りに響いた。
「ハァッ、ハァッ…!ゲホッ、」
酸素を必死に取り入れながらも、ハンドガンを構えて悪魔を睨む。しかし悪魔はビクンッ、と大きく一度のけ反った後砂となり、その場には砂の山だけが残った。
「…、…ふぅ」
息を整え、部屋の端の方に投げ飛ばされた携帯を拾う。まだ電話は繋がっているようで、琴音は安心した。
「…もしもし」
『コトネ、無事か!?』
「大丈夫です。…悪魔に襲われました」
辺りを見回し何もいないことを確かめると、琴音は再びホワイトの部屋を探り始めた。
『悪魔?…それは怪しいな。やはりホワイトは悪魔と何かしら関わっているというのか…?』
「ですが、なぜ悪魔と関わっているのか…。今回の任務と何か関係が…、…あれ?」
ホワイトの机を見ていると、引き出しの中から紙の束を見つけた。何やら難しい数式が書かれている中に一枚だけ、風景写真のようなものが印刷された紙が出てきたのだ。
『どうした?何か見つけたか?』
「あ、はい。写真を…。これ、どこかで…」
山の中に、ひっそりと建っている大きな洋館。琴音はその建物に、風景に、見覚えがあった。そう、それはごく最近に―…。
「…あっ!レオンさん、今から送る資料の建物について調べて頂いてもよろしいですか?」
『ああ、構わない』
琴音はそれを写真に撮り、急いでデータをレオンに送る。今のところ、この写真しか手がかりらしい手かがりは見つかっていない。この写真から何かが分かればいいのだが。
『…よし、今データを確認した。…これがどうかしたのか?』
「はい。この建物、この街から少し離れたところにあるんです」
そう。この街に来る途中、琴音は汽車の窓からこの風景を見たのである。しかもホワイトが走り去った方角と、この城が建っている方角が合致するのだ。
「という訳で、ホワイトはもしかすると…」
『その城にいる、か。…分かった。これはこちらで調べておこう。念のためだ。コトネはこの洋館へ明日向かってくれ。俺も準備が整い次第そちらへ向かう。ああ、それとホワイトが乗っていた車のナンバープレートも教えてくれ』
琴音はナンバープレートの番号を伝え、ぐっと奥歯を噛みしめた。まさか、こんなにも大きく事が転がるとは全く予想していなかったのだ。もしホワイトが城に向かっていなかったならば。もし、自分の監視に気が付き逃げていたならば。ダメだと思ってはいても、悪い方にばかり考えがいってしまう。
『コトネ』
「…っ、はい!」
電話越しに静かに名前を呼ばれ、琴音はビクリと体を震わせ返事をした。…少し声が裏返ってしまったように思う。
『まだホワイトが逃げたと決まったわけじゃない。気負うな。逆に失敗を招くぞ』
「レオンさん…」
『また連絡を入れよう。…健闘を祈る』
そうして、電話は切れた。琴音は1つ大きな深呼吸をして、携帯をポケットにしまう。そして、そっとホワイトの部屋から退出した。自責の念にかられるが、レオンの言った通り今はそれよりも次の行動に目を向けるべきだろう。
これは、訓練の時から言われ続けていたことだった。「コトネは真面目すぎる」「失敗を引きずるからまた新しい失敗を招くんだ」「それはコトネらしいといえばコトネらしいんだがなあ」…というのをよくレオンから言われたものである。
お説教の後は、必ずその大きな手を琴音の頭にのせて「頑張れ」と励ましてくれるレオン。この人のためにも、自分は立派に成長しなければと琴音は思っている。思ってはいるのだが、性格とはなかなか変わらないものだ。どこか自信が無い自分を変えるため、今回の任務はきっちりとこなそうと心に決めていたのだが…。
琴音は、この街に来た時より人通りが多くなった街並みを眺める。とりあえず今は、明日に備えて準備をしなければいけない。そして少しでも早くホワイトの発見を…。琴音は彼が明日向かう洋館にいることを願い、夜風が頬をくすぐる夜の街を歩いていった。
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2014/02/03