chapter2


月明かりに反射して、銀色の髪がキラキラと光る。自分の髪の色とは全く異なる、明るい色。その美しい色に、釘付けになった。しかしそれは一瞬のことで、すぐにハッと我にかえり琴音はジリジリと後退した。

「そんな警戒すんなよ。ま、悪魔みたいなコワーイ連中に追いかけまわされたらそういう反応をしても仕方ねぇか」

青年はカラカラ笑い、手に持っていた二丁の銃を背中のホルダーに仕舞う。その時見えた銃の色が白と黒で少しだけ琴音の興味はそそられたが、青年の姿をよくよく見てギヨッとした。

真っ赤なロングコートばかりが目立って気付かなかったが、青年はコートの下に何も着ていなかったのだ。

「お嬢ちゃん、家はどこだ。送って行ってやるぜ?」
「え、や、そそそ、それより、服をちゃんと着て下さい!」

顔を真っ赤にして叫ぶ琴音に、青年は「は?」と唖然とする。

「いや、着てるだろ」

ほれ、と今着ているロングコートの裾をつまみあげ、不思議そうな顔で琴音の顔を見返す。しかし琴音にとってはそんなもの着ているうちには入らない。むしろ羽織っている、といった表現の方が的確だ。ふるふると首を横に振る琴音に、青年は溜め息をついた。

「仕方ねーだろ。シャワー浴びた後に悪魔の匂いがしたんだからな。…あんたニホン人か?ニホン人はシャイって聞いてたが、本当なんだな」
「それ、偏見ですよ!」

とりあえず、日本の人達のために琴音は抗議の声を上げた。しかし何か自分は忘れているような…。そう、青年が服を着ていないことよりも、日本の人々の代弁をするよりももっと大切な…。

「そ、そうです。今の、今のは一体何なんですか?砂になって消えてしまいましたし、…いえ、そもそもあなたは一体…」

「…ベイビー、あんたは悪い夢を見たのさ。とびきり恐い悪魔が出てくるコワイ夢をね。お家に帰ってベッドに入れば朝がくる。そんで、コワイ夢なんてさっさと忘れちまいな」

青年のその言葉に、さすがの琴音もムッと不機嫌そうな表情を表した。話をはぐらかされたことも理由の1つであるが、何より、明らかに青年の方が年下であるのに子供扱いをされているというところに琴音は1番腹を立てているのだ。

「子供扱いは止めて下さい。私だって目の前であんな光景を見てしまったんです。簡単に夢だと割り切ることなんてできません!」
「そうは言ってもな、お嬢ちゃん…」
「あと私、お嬢ちゃん、なんて言われる年齢じゃないです」

そう言って、プイッ、と明後日の方向を向く琴音。実際に彼女の方が青年より年上だとしても、今の行動は完全に子供のソレである。青年は溜め息を吐き、どうしたものかと困った表情を作る。しかし琴音が非常に頑固な性格であることを感じ取ったのだろう。ガリガリと頭を掻き、諦めたように嘆息した。

「…OK、説明してやるよ。ちょっと長くなるからな…、店に入ってピザでも食いながら話そうぜ」

***

「俺の名前はダンテ。そこのストリートで何でも屋をやってる好青年だ」
「好青年は銃をぶっ放したりしませんよ。…私は琴音・ウォーレスです。今日この街に引っ越してきた、売れない絵描きです」

この『絵描き』という設定は、もちろん琴音の正体を周りに悟られないために作ったものである。

「あんた、ヨソモノか。…で、コトネは何が知りたいんだ?」

Lサイズのオリーブ抜きピザを頬張りながら、ダンテは#琴音#に尋ねた。#琴音#自身、尋ねたいことはたくさんある。彼女の任務に支障をきたすかもしれないことなら尚更だ。

「まず…、さっきの黒い人達は何者なんですか?」
「人ならざる者。悪魔だ」
「……ちょっと待ってください。悪魔、ですか?」
「信じる信じないは自由だが、あれは悪魔だ」

ちょっと待て。いきなりファンタジーの世界に足を突っ込んでしまったぞ。琴音はコメカミを押さえ、うぅ、と唸った。悪魔とは、国や宗教によって扱いや名前は違うものであるが、一貫して『悪いもの』という認識が持たれるもの。琴音は母の影響でどの宗教をも信仰していなかったためか、その手の類の存在を信じていなかった。

それこそ悪魔は琴音にとって、本や映画の中だけの存在なのである。しかし…、あの身体能力や、砂となって消えてしまったことを考えると、悪魔ではないと否定することもできない。

「…悪魔って物理攻撃も効くんですか…?」
「もちろん聖水とかいう水も効くが、俺は使ったことねぇな」
「それじゃあ、この街で起こっている殺人事件や行方不明者が続出しているのは、」
「悪魔の仕業さ」

ダンテのあっさりとした返答に、そんなバカなと思う気持ちと、なるほどと納得する気持ちとで、ごちゃ混ぜになる。どちらにしても夜にあんな奴等が徘徊しているとなると、仮に夜間に任務として出歩く時集中して任務を遂行できるかどうか甚だ疑問になってくる。

「(…これは、困りますね…。しかもこのことをレオン先輩に話せばいいのかも悩みどころです…)」
「…それにしてもコトネ」
「あ、はい」

すでに半分以上食べてしまったピザをさらに口に含ませ、ダンテは探るような視線で琴音を見た。こちらがギクリ、としてしまいそうなほど深い瞳の色をしている。

「あんた、この街で起こってることを知りながらあんな所をうろついてたのか?好奇心が旺盛すぎるのも考え物だぜ?」

まさか、この街の地理を確認していましたなどと言えるはずもない。琴音は肩を縮こまらせて、おとなしく「すみません…」と謝った。そこで、ふと琴音は思ったのだ。そういえば、なぜ彼はこんなにも悪魔について詳しいのだろうと。彼の話ぶりやこの街の様子からして、一般人は悪魔の存在を知らない。ならばダンテは?ダンテはなぜ悪魔を知っているのか。

「あの、ダンテくんは、どうしてこんなに悪魔について詳しいんですか?」
「……、さっき俺は何でも屋を営んでるって言ったろ?あれは表向きだ。本業は悪魔を狩る、デビルハンターってヤツなんだよ」

一瞬考え込んだ様子であったが、すんなりと返事をくれた。このようなことを生業としているのだ。人に言いたくないことの1つや2つ、あって当然だ。今の琴音もダンテにたくさんのことを黙っているし、ウソもついている。ダンテに見えないよう、琴音は自嘲気味に口元を歪めた。

「…世の中には色々な職業があるんですね」
「性に合ってんだよ。こーいう仕事がな」

確かに。ほんの少ししか見ていないが、的確に相手の急所を狙う様など戦いには慣れているようだった。だからこそ琴音も気をつけなければと思ったのである。戦う人間は、戦う人間のことが分かる。琴音がダンテをデキる人間だと理解したように、ダンテも琴音が『ただの絵描き』でないことに気付くかもしれない。

「…色々と教えて下さってありがとうございます。おかげでスッキリしました」
「これで、よく眠れそうか?」
「ええ、とっても」
「そりゃ良かった。じゃあこれに懲りたらもう夜に出歩こうなんて考えるなよ?」
「…善処します」

くすくすと笑いながら、琴音はダンテの口の端についていたピザソースを拭ってやった。ポカンとするダンテの表情が、さらに琴音の笑いを誘ったらしい。琴音は笑いを堪えることができず、あはは、とさらに笑い始めたのだ。

「ふふ、ピザソースがついてましたよ」
「そ、そんなに笑わなくてもいいだろ!」
「すみません。何だか可愛らしくて」
「かわ…っ!?」

心外だ、とでも言いたげなダンテであったが、次第に目元をゆるめて笑い始めた。どうやら琴音とダンテはなかなか気が合うらしい。お互い、直感に近い何かがそう思わせていた。

「いつもは悪い女運も、今回は悪くなさそうだ」
「そんなに女性運が悪いんですか?」
「この前会った女には、眉間に鉛玉をプレゼントしてくれたぜ?」
「そ、それは最早運がいいとか悪いとかの問題ではないような気が…」

トントン、と眉間を指で叩いて陽気に笑うダンテに、琴音は苦笑しか出てこなかった。本当に、彼の仕事は危険を伴うようだ。

「あんまりお姉さんを心配させるようなことを言わないで下さいね?心臓に悪いです」
「…さっきから思ってたんだけどよ、あんたホントに俺より年上なのか?」

まだ年下と思われていたのか…。身長もそこそこあって、少しでも大人っぽく見られるよう前髪も伸ばしたというのに、まるで効果がない。以前もお酒を飲む時に年齢確認を取られてしまったことを思い出し、琴音は溜め息を吐いた。

「私、これでも21歳になったばかりなんですよ。ダンテ君、君はまだ未成年のように見えますが?」
「What!?21歳だと!?詐欺だろ!!」
「君…よくもまあ人のコンプレックスを抉ってくれますね…」

ちなみに、ダンテが己が19歳だと言った後で琴音がやっぱり、という顔をしたのが妙に悔しかったのだと後に漏らしたのだった。

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20130111