chapter4



アメリカ合衆国、とある機関の施設内にて。

そこにレオン・S・ケネディはいた。ミルクと砂糖がたっぷりと入ったコーヒーを啜り、手元にある資料を眺めている。それは、今回琴音と共にこなしている任務に関すること…、ではなく、レオン個人にあてられた任務の内容が記されていた。

「はぁ…」

それに対してため息を1つ。確かに今琴音と共にこなしている任務は、レオンにとって簡単といえる部類に入る。だからこそ別の任務がレオンの元に回されてきたのだろう。

しかし、それでもレオンは琴音との任務に専念したかった。琴音は自分にとって初めての後輩である。後輩の初任務を必ず成功させたい。率直に言うと、後輩の琴音が可愛いくて仕方がないのだ。

もともと真っ直ぐな性格で、人の言うことを素直に聞き入れるような子だからであろう。琴音がレオンのことを慕っているのはレオン自身気付いていたことであるし、教育係としてもっと琴音のために何かをしてやろうと思ってもいた。後輩でもあるが、だんだん妹を持つ兄のような気持ちになってきたのである。

だからこそ、1人で任務地に赴いている琴音が心配で仕方がないのだ。危険は無い、とは思うが、如何せん琴音が今いる街には不可解なことが多い。変な塔が一夜の内に現れ倒壊したり、多発している殺人事件や行方不明者の数々…。

「(変なことに巻き込まれなければいいんだが…)」

いかなる時も身近なものを使い生き残る、そう教えてきたし、もともと琴音には素質があった。そのため心配する必要もないはずなのだが…。

「(それでも心配だ…!)」

やはり、心配してしまう。ゴツッ、と机に額をぶつけ、はぁー…と長い長い溜息をついた。1度考えれば思考は悪い方へと向かって行ってしまう。琴音は幼い顔立ち(これを言うと琴音は怒るのだが)とは逆に性格は結構しっかりとしているが、変なところで抜けているところもある。そういえば、琴音は例の塔の周りは歓楽街やスラム街に近いものだと言っていなかったか。悪い時に悪い情報を思い出し、レオンはふるふると肩を震わせ始めた。

「コトネ…頼むから、変な男に引っかかるんじゃないぞ…!」

すでに、1人の男に琴音が目をつけられているなど露知らず。レオンはやり場の無いこの想いを次の任務にぶつけてやろう、そう思い資料に目を通し始めたのだった。

***

「はー…いいお天気ですねぇ」

絵描きに扮し、ターゲットを監視し始めて2日目。さすがに1日目は公園にやって来ている人々にやや遠巻きに見られてしまったが、2日目となると好奇心からか、琴音に話しかけてくる人がちらほら出てきた。

現在は筆を休め、公園にあるアイスクリーム屋でアイスを買って休憩中である。ちなみに味の方は、スタンダードなバニラ味。しかしバニラという味は、そのアイスクリーム屋の全ての味に左右されるものだと琴音は思っている。その店のバニラ味がハズレだった場合、他の味も大抵ハズレだ。

「ここのバニラは、合格です!」

しかしこの店のバニラ味は琴音の口に合ったらしい。満足そうに笑い、スプーンでアイスをすくう手を止めない。本当は彼女が1番好きな味は抹茶味のアイスクリームなのだが、自分が今いる場所ではなかなか抹茶味のアイスというものに出会うことはできない。母方の祖父母がいる日本では、スーパー等で手軽に買えるのになぁと、いつも悔しく思う。

「………」

アイスを食べながら、琴音はチラと前方のアパートへと顔を向ける。するとそこには、窓から顔を出し煙草を吸っている男の姿が見えた。今回のターゲットであるウィリアム=ホワイトである。

彼は几帳面な性格なのか、それとも自分にルールを課しているのか、3時間に1度は必ずこうやって自身の部屋の窓から顔を出し、ゆっくりと、しかしきっちり5分間煙草を1本吸って再び自分の部屋へと引っ込むのだ。昨日今日とでそれをずっと繰り返している。

「(…彼、外にも出ないんですよねぇ…)」

ホワイトが住むアパートというのは、公園がアパートの裏手にあるような形を取っている。しかしこのアパートは、階段がアパートの側面に剥き出しについている。住人が部屋から出る所を見ることはできないが、階段を上り下りする姿はこちらからでも十分見ることができるのだ。しかもホワイトが住んでいる部屋は3階の1番端。1階に住んでいたならば外出する彼の姿を確認することはできなかったろう。運が良いとでも言っておこう。

「(うーん…でも私だって2日くらい外出しない日もありますし、考えすぎですかね)」

なにより、夜に外出している可能性もあるわけだ。今はとりあえず昼間だけ監視しているが、1週間ほどたったならば夜も監視しようと琴音は考えている。

「(まあ、レオンさんと相談をしなければいけませんが…)」
「いーもん食ってんな」
「ひぇっ!?」

パリッ、とアイスクリームのワッフルコーンを食んだ瞬間、後ろから琴音の顔を覗き込むように誰かが顔を出した。驚いて手に持っていたアイスを思わず落としかけたが、ギリギリ体勢を立て直しアイスは地面と熱烈な接吻をせずにすんだ。

「い、いきなり声をかけないで下さい!びっくりするじゃないですか!…ダンテくん!」

琴音の座っている真後ろにいたのは、つい先日知り合ったダンテだった。相も変わらず真っ赤なロングコートを着ている彼は、色んな意味で目立っている。ダンテはこちらへと移動し、どっかりと琴音の隣へと腰を下ろした。

「ああ、悪い悪い」
「全く悪いと思ってませんね…。それにしても奇遇ですね。ダンテくんはお散歩ですか?」

はたしてこの男が散歩をするように見えるだろうか、と甚だ疑問に思うところはあるが、本気でそう言っているのだから仕方がない。ダンテはがしがしと頭を掻くと、一応頷いた。

「んー…まあそんなモンだな」
「あっ、ダンテくん!ひと口だけですよ、ひと口だけ!」
「わーったわーった」
「ひと口が大きい!」

ダンテは言葉を濁しながら、琴音の手にあるアイスを狙う。ひと口だけだと念を押す琴音であったが、どうやらダンテの口は大きいらしい。思った以上にアイスを取られ、琴音はがっくりと肩を落とすも仕方がないなあという風に苦笑するのであった。

「つーか、本当に絵描きだったんだな」

アイスに加えワッフルコーンもひと口もらったダンテは、パリパリとコーンを食べつつ琴音が今描いている途中の絵を覗き見てそう言った。まだまだ鉛筆で線を走らせているだけの状態であるが、彼女が絵を描いていると証明するのには十分だった。

「本当に、って心外ですね。確かに私は絵を描く人間にあまり見られませんが…」

これは事実だ。絵を描く人間に見られない、というよりも、絵を描くような器用な人間に見られない、と言った方が正しいか。しかしそれは本当にただのイメージであり、実際の琴音はかなり器用な方である。料理も得意分野の1つだ。

「ああ、それは分かるぜ。だってアンタ、どこか抜けてるように見えるし」
「…それ、よく言われるんですが、そう見えます?」
「そうだなァ…」

ひょいと琴音に視線を合わせ、じっと彼女を見るダンテ。琴音は突然のことに固まり、どうしようかとソワソワし始める。しかし、さすがにダンテの視線に耐えることができなかったのだろう。顔を真っ赤にして、そのまま勢いよく顔を反らした。

「からかうのは禁止です!」
「(面白ぇー)」

ダンテはニヤニヤしながら、琴音の姿をまだ見続ける。だから見ないで下さい!と、しまいには琴音の手のひらで目を覆われてしまった。

少し縮まった距離に、余裕たっぷりだったダンテは逆にギクリとした。遠いような、近いような、そんな微妙でもどかしい距離。あまり経験したことがないような雰囲気に、とまどってしまったのだ。

「あ、そういえば」

ふ、とダンテの顔から琴音の手が離れる。先ほどの焦った表情から一変して、琴音はやや真面目な表情でダンテを見上げた。さわり、と風が吹いて、周りの木々が優しく囁き合う。

「ダンテくんにお聞きしたかったんですが、」
「なんだ?」
「あそこにある銅像なんですが」

琴音は、この公園の中央にある銅像へと視線をすべらせた。それは、『何か』が馬に乗り駆けている銅像。その『何か』は、人間に近い姿形をしているが、明らかに人間ではない。神々しいわけでもなくどちらかというと禍々しさに近いものがあるが、決して悪い気分にはならなかった。むしろ雄々しいその姿には、圧倒的な『強さ』を感じさえする。もしかしたら、その『強さ』を感じる部分に惹かれたのかもしれない。

「何だか、とっても気になって…。ダンテくんならご存知かなぁと」
「……」
「ダンテくん?」

ただ静かに目を細めて像を見るダンテに、琴音は不安の色をその瞳に宿した。もしかしたらあの像はこの街の人にとってタブーだったのでは。それともダンテにとってあまりいい思い出がないものではないのか。そのような、悪い想像をしてしまったのである。

「……スパーダ」
「すぱーだ?」
「あの像は、魔剣士スパーダ。悪魔のくせに、魔帝ムンドゥス率いる悪魔共と戦って人間界を守った伝説の魔剣士さ。つってもそれは2000年も前の話で、もうおとぎ話の世界さ。信じてるやつなんてほとんどいねぇんじゃねーの?」

頬杖をつきダンテはスパーダの像をジッと見つめ、琴音に像の正体を教えてやった。なるほど、人ではない姿が何を表すのかと悩んだものだが、悪魔だったとは。何やら琴音の瞳がキラキラと輝いているのに気づき、ダンテはぎよっとした。まさかこんなに良い反応を返してくれるとは思わなかったのだろう。

「えーと…コトネ?」
「か、格好いいです!」
「は?」

ぎゅっ、と胸の前で自身の手を握り、やはりキラキラとした目でスパーダの像を見つめる。その姿は、まるでヒーローを見つめる少年のようだあった。

「自身が悪魔であるにも関わらず、人間界を守るために戦うなんて…!彼には人間界に何か思うことがあったのでしょうか。でなければ身内を裏切ってまでそんなことはしませんよね。自分の信念を持ち、貫き通すのはどうしてなかなか難しいことです。尊敬します!スパーダさん!」
「ぶふっ!!」

ぽかん、と琴音のスパーダに対する想いを聞いていたダンテであったが、最後の部分に思わず吹き出してしまった。なぜダンテが笑っているのか分からない琴音は、きょとんとした表情でダンテを見ている。

「おっまえ、像に対して『さん』付けするヤツ初めて見たぞ」
「へ、変ですか?」

ケラケラと笑っているダンテに、琴音は恥ずかしそうにうつむく。彼女にしてみれば敬意を払ってその言い方をしたのだが、どうやらそれがダンテにとっては面白かったらしい。

「さっきも言ったように、この話はもうおとぎ話の世界だ。俺の話を聞いただけでスパーダを信じるなんて、普通思いやしねぇよ」
「そんなことありません。先日私は悪魔に襲われた身ですよ?悪魔が人間を襲うのなら、魔帝が人間界を襲うことだってきっと過去に必ずあったことでしょう。そんな中、人間にとってヒーローのような方がいたなんて、信じた方が夢もあっていいに決まってます」

それに、と琴音は続ける。

「ダンテくんも、このお話を信じているように聞こえたので」

そう言って笑う琴音に、ダンテは目を見開いた。ダンテの完敗である。何よりダンテはスパーダを、…父の存在を見つめていてくれる人間がいてくれて嬉しかったのは事実であるのだから。

「(つっても親父ばっかベタ褒めされても面白くねーな)」

なんて、少しの嫉妬を含ませながら。

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2013/03/01