chapter6
「私、見たんです…!アンが、アンが、黒い影のようなものに連れられて洋館に入っていく所を…!でもそんなことを言っても誰も信じてくれないし、どうしたらいいか分からなくて…!もしかしたら悪魔の仕業なんかじゃないかもしれない…。けど、今は他に頼る人なんて…!」
「OK。とりあえず、落ち着いて。悪魔の仕業じゃないかもしれないけど、もしかしたら悪魔の仕業かもしれないわ。とにかく調べてみるから、そのアンって子が連れ去られた館を教えてくれるかしら?」
ポロポロと涙を流す依頼人の女性をなだめるように背中を叩き、彼女は…レディはギュッと左手を強く握った。
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「『相次ぐ女性行方不明事件。これで4人目』…なんというか、相変わらず物騒なニュースばかりですねぇ…」
琴音は朝食のフルーツを食べながら新聞の見出しを見て、大きくため息をついた。つい先日まで無差別殺人事件ばかりが取り沙汰されていたが、最近はめっきりこの事件が注目を集めているようだ。ダンテが教えてくれたおかげで、無差別殺人の方は悪魔の仕業だと分かった。が、今回の事件は必ずしも悪魔の仕業だとは言い切れない。
「しかも皆さんがいなくなった時間帯が夕方って…。夜は出歩くな、夕方も危険。これじゃあまともに生活なんてできませんよ…」
そう。先ほど琴音が言った通り、女性達全員は辺りが暗くなり始めた時間帯に姿を消している…と新聞には書かれていた。まったく難儀なことである。
「私もしがない絵描きですから…。充分気をつけた方がいいですね…」
神妙な面持ちで呟く琴音の手には、ハンドガン。琴音はそれにしっかり弾を補充し、もとあったケースへと戻した。しがない絵描きとは真反対の行動である。
「っとと、いけないいけない。そろそろ公園に行く時間じゃないですか」
時計を見れば、いつもならもう部屋を出ている時間になっていた。ばたばたといつものセットを手に玄関のドアノブへと手をかけ、はた、とあることを思い出した。
「そうでした。もう食材が無いので今日の帰りに買おうと思ったんでしたっけ」
初めてこの部屋へ入った時、冷蔵庫に食材が用意されていたがそれも尽きてしまった。そのため公園の帰り道にあるスーパーで食材を買おうと思ったのだ。
「お財布お財布…。お金も入ってますね…、よし」
しっかりと財布の中身を確認して、今度こそ##NAME1##はアパートの部屋を出たのであった。
***
レディは今回の依頼人の女性から、女性の友人が姿を消していったという例の館へとやってきていた。その館は5年前から無人であり、管理をされているわけでもないらしい。外から見ると庭は荒れ放題で、門扉も錆びてしまっていた。
ただただ寂れているだけで、他に怪しい感じはしない。この状態なら勝手に入っても怒る人物などいないだろう。そう思ったレディは、錆びた門扉を引き敷地内へと入っていった。
「うーん…。ただの寂れた館ね」
ギギィ、と、嫌な音が響くドアを開けて屋内を歩き回る。レディの靴の音ばかりが響き、他には物音1つ聞こえない。が、それが逆に不審にも思えた。
「ま、とりあえず隅々まで探してみましょうか」
考えていたって仕方ない。依頼主は確かに友人がこの館へと入っていくところを見た、と言ったのだ。その友人自身がこの館にいなくても、何か手がかりになるものがあるかもしれない。そう思ったレディは近くの扉を開けて、……閉めた。
「………え?」
もう一度開けてみれば、先ほど見たものと同じ光景。
「何で…、何で玄関に出ちゃうの!?」
もちろん、レディが玄関のドアを開けた訳ではない。館の奥へと入り、適当にドアノブを引いただけだ。それなのに、なぜか目の前に広がるのはこの館の荒れ果てた庭。再びドアを閉め今度は別の部屋のドアノブを引けば、やはり玄関へと出てしまうのだった。
「…帰れ、って言いたいのね。逆にこの館が黒だって分かったけど、これじゃあ埒があかないわ。いいわ、今のところは帰ってあげる。今のところは、ね」
どこにいるかも分からない相手にレディは言い放ち、少々腹立たし気にこの不思議な館を後にしたのだ。
「……こーなったら仕方ないわね。アイツに頼みましょ」
この館が怪しいことは充分分かったが、自分では満足にこの館を調べることができない。そう判断したレディは、とある人物を訪ねることにした。つい先日知り合った、自分と同じデビルハンターの男をー…。
***
おや、と琴音は眉をひそめて腕時計を見た。
「…やっぱり」
いつもの公園で、いつものように絵を描き始めて4時間たっていた。しかし今日は1度もホワイトの姿を見ていない。3時間に1回、窓を開けて煙草を吸う行為を彼はまだ1度もしていないのである。琴音は画材をサッと片付け、公園を出た。
「(感付かれた…?いや、そう決めるのはまだ早い…。逆にただ外へ出かけているだけならば、好都合です。街を歩いて、彼を探してみましょう)」
それなりに広さのある街であるため、見つけることはできないかもしれない。しかしその中で相手を見つけることができたならば、ホワイトの行動により何か得られるものがあるかもしれない。
「もし…本当にアンブレラがまだ動いているならばー…」
許さない。絶対に、捕まえてやる。
服の下に隠れているペンダントを、琴音は服の上からぎゅっと握りしめた。レオンから受け取った、母の形見。ロケットの形となっているそのペンダントは、開けると幼い琴音と父と母と3人で写した写真が入っている。
子供の頃、母の胸に光るこのペンダントが気になって仕方が無かった。「ママはいつもそのペンダントを付けてるね」と言った時に、「宝物なのよ」と返した母を、琴音は今でも忘れることができない。自分がこのペンダントを受け取った時から、この家族写真が入っていた。つまり、母が指していた『宝物』がペンダントではなく写真だったのだと、もっというと、写真に写った家族だったのだと気付いた時…琴音は、涙を止めることができなかった。
レオンの胸を借り号泣してしまったことは、今思い出しても少しだけ恥ずかしい出来ごとではあるが、1人で泣くにはあまりにも事が重すぎた。レオンはただ、子供のように声をあげて泣きじゃくる琴音を抱きしめてくれた。数年間、母から託されたペンダントを大切に持っていてくれたこともあって、琴音の中でレオンという男の存在は信頼に値する人物になったのだった。
「レオンさん…私、頑張ります…!」
ただ、憎しみに振り回されてはダメだ。と、レオンは言った。その言葉を思い出し、琴音は深呼吸をする。
「…よし、まずはスーパーから探してみましょう」
しっかりと自身を落ち着け、目的を定めた琴音は、歩を進め始めた。やはり生活に必要なのは食べ物だろう。現に琴音自身も、今日食物を買おうと思っていたところだ。可能性は限りなく高い。
「1人暮らしでしたら、1週間程買い出しに出なくていいですもんねぇ…。それにしても買物以外に部屋を出ないというのもおかしな話です。彼は部屋でいったい何をやっているのか…」
仮にホワイトがアンブレラの元社員であったならば、もっというと、アンブレラの元研究員であったならば。部屋にフラスコやビーカーがたくさんあり、何か変な実験でもしているのではないか…と、琴音は想像してしまった。やや偏見に近いのかもしれないが、琴音が想像する研究員や科学者はほとんどこのような感じである。
石畳の道を、こつこつと音を鳴らしながら歩く。店が立ち並ぶこの場所は、幅広い年齢層の人々が行き交う。確かスーパーはこちらにあったな、と角を右に曲がったその瞬間。
「…!」
ガラス越しに、探し求めるホワイトの姿を見つけた。
「(え、えー!?こんなにあっさり見つかっていいんですか!?)」
あまりに突然なことに、琴音は思わず挙動不審になってしまった。パッと上を見上げると、看板には『Book Store』の文字。もう一度彼の方を見ると、本を置き移動するのが見えたため琴音は慌ててその本屋へと足を踏み入れた。
くるりと辺りを見渡すと、ホワイトが会計の列に並んでいるのが見える。彼が金を払い終えるまで、まだ少し時間があるなと確認した琴音は、先ほど彼が眺めていた本棚へと足を動かした。
「(え…っと、確かここら辺だったはず…)」
ガラス越しに見たホワイトの姿を思い出しながら彼が立っていた本棚の前に立ち…、琴音は唖然とした。
「…は、え?くろまじゅつ…?」
そこにあったのは、宗教、黒魔術、呪い、そういった類の本ばかりであった。もしや自分は見間違えたのでは、と目を擦るが、目の前に整然と並ぶ本は先ほどと変わらない。
「えー…」
こればかりは琴音もどう反応したら良いのか分からなかったらしい。試しに手に取ってみるが、訳の分からない言葉しか羅列されておらず頭痛がした。しかし隙間なく並んでいた本を辿っていると、1、2冊分の空きがある箇所を見つけた。
「これは…」
このようなジャンルの本は、なかなか売れない。ならばこの場所におさまっていた本はホワイトが買うために今しがた抜き取ったのではないか?そう思うと、嫌な予感しか湧いてこない。棚の空いている箇所の前後には、悪魔に関する本。種類ごとに並べられているのが本屋だ。この空いている箇所に、悪魔に関する本がおさまっていたと想像するのは容易い。
「まったく…不吉であることこの上ないです…」
現在のこの街の現状を見て、悪魔に関してはひどく敏感になってしまっているのは琴音自身よく分かっている。それにしても、だ。ただの偶然として捉えていいのかどうか、琴音はすぐに決めることができなかった。
本屋から出てからも、琴音は尾行を続けた。しかし本屋の後は特に目立った行動もなく、ホワイトは食べ物を買い、少しだけブラリとあてもなく歩き家路を辿っていた。
やはり琴音の中で気になり続けていることは、本屋での出来事だ。悪魔の存在を知らなければ、特に気に止めることもないことなのだが…。現在は人通りが無い上に見晴らしのいい場所へと出てしまったため、琴音は1度ホワイトの尾行から外れている。彼が通っている一本裏の道を歩いているのだ。
「レオンさんに…何といって報告したらいいんでしょうか…。というかこれ、報告するべきなんですかね…」
内容が悪魔というやや非現実なこともあってネガティブな考えを発揮したが、いやいやと琴音は首を振る。大事なのは『ほうれんそう』。『報告・連絡・相談』だ。どんな小さなことでも言ってくれと。それが何かのヒントになるかもしれないと、レオンさんは言ってくれたじゃないですか!と、琴音は意気込んだ。
「あ、れ、」
やっぱりレオンさんに報告ですね。と決めた琴音だったが、急に襲ってきた目眩に思わず立ち止まった。原因が分からない目眩に戸惑うも、すぐ良くなるだろうと大人しく外壁に体を預ける。前を見ると門扉が見えたため、この壁の向こうが家だと分かった。
「ちょっと、これは、」
大人しくしていても、なぜか目眩はひどくなるばかり。これはいけない、とフラフラとした足取りで歩く琴音。壁に手を付きながら歩いていたため、先ほど見えていた門扉に手が触れた。
「あ…」
門扉の向こうに見えたのは小さめの洋館。明らかに手入れの行き届いていない古い建物だった。夕日をバックにしているためか、ひどく不気味に見えた。そしてー…
「………おんなの…ひと…?」
そこで、琴音の意識は途絶えた。
***
「で、俺を悪魔探知機に使おうって魂胆かよ」
「そーよ。だって私じゃ締め出しを食らうんだもの。それにアンタ、私のバイクを壊したのを忘れてないでしょうね?」
レディは昼間にやってきた館へと再び舞い戻ってきた。…自分と同じデビルハンター、ダンテと共に。ダンテはチッ、と小さく舌打ちをして、「ハイハイ、忘れてない忘れてない」と、ひらひらと手を振った。
いつも通りピザを食し、いつも通りストロベリーサンデーを腹におさめ、そしていつも通り惰眠を貪っていたダンテのもとにいきなりレディはやって来たのだ。そしていきなり「手伝ってちょうだい」と言われ、ダンテはこの場に立っているのである。
やはりというか何というか。テメンニグルの一件もあって、この女とは腐れ縁になりそうであるな…という予想が見事に当たった自分自身に、ダンテはため息をついた。
「…最近、女性ばかり行方不明になってる事件を知ってる?今回の依頼はそれに関係してると思うのよね」
「ったく、ずる賢い悪魔もいたもんだな。自分は姿を現さない、ってヤツか」
「その正体を突き止めるためにアンタに頼んでるんでしょ。…じゃ、いくわよ」
ギィ、と嫌な音を立てて開いた門扉。ダンテとレディは、怪しい雰囲気を醸し出す洋館へと足を踏み入れたのであった。
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2013/05/11