そこは、中に足を踏み入れた瞬間からどこか外界とは一線を画した雰囲気を漂わせた、古くも豪奢な、城と言っても過言ではない建物だった。エルシオは運転手に、安室を「ウチ」に連れていくと言っていた。つまりここが、エルシオという仮面を被ったこの男の正体を示す、正真正銘彼のホームなのだろう。
しかし、ほぼ答えは視覚と聴覚から得られているようなものだった。安室が攫われ監禁されたエテルノの研究施設はシチリアに位置していた。まず、シチリアにおいてこれだけの規模の城を所有していること。城に入れば、当然使われる言葉はイタリア語であったが、エルシオに話しかける者は皆基本的に、彼に対して敬意の感じられる態度で接していたということ。それから安室が有する情報の中で、シチリアにおけるイタリアンマフィアの頂点と言って間違いない、長い伝統を誇るとあるファミリーの名前。
背中を嫌な汗がつたっていったような気がした。エルシオがマフィア、もしくはそれに関連する組織の者であるということは、エテルノの研究施設に攫われた辺りで薄々と勘付いてはいた。しかし、ここまでの大物が出てくるとまでは思っても見なかったのだ。
表社会で戦う日本警察の耳にすら、時折入ってくるような、裏社会におけるビッグネームである。その、トップに立つ人間。
「…さて、骸に釘刺されちゃったし、必要のない情報は一切入れ込まないよう気を付けて話そうと思う。単刀直入に言うと、俺たちの狙いは黒の組織ではなく、彼らと深い協力関係にあるエテルノファミリーの殲滅だ」
宣言通り、エルシオは、彼の本名はおろか、安室が気付いていることが分かっていて彼の肩書すら口にすることは無かった。報告書でも読み上げているかのように、エルシオは端的に彼らの目的のみを安室に伝えてくる。
「最終目的は多少ずれるけど、そこに至るまでの手段は間違いなく一致していると思う。だから俺は黒の組織を内から瓦解させるため組織に入り込んだ。透君たちとは是非協力したいんだ」
エルシオは透君“たち”と、なんとなしに口にしたが、それだけでエルシオが安室の正体にとっくの前から気づいていたのだということが察せられてしまう。
城の最奥に通され、質の良いソファを進められ、香りのよいエスプレッソを振る舞われる。言葉にすれば心地の良いもてなしに聞こえるそれが、今は全て安室を頷かせるために圧を掛けているように思えてしまってならなかった。
「…正直、貴方が…エルシオさんが、これだけ大きな組織を動かす力をお持ちなのであれば、黒の組織一つ潰す程度、造作もないのでは?わざわざ我々に協力を持ちかける理由は、お教えいただけますか?」
「この件に関して俺が動かせる戦力は、俺自身とほんの数人の仲間だけだから」
「貴方、ここのトップなんですよね?」
「そうだけど、まだ継いでから長くなくて。当然俺がここを率いていくのに反対する人たちも居るわけで、ぶっちゃけるとそれを黙らせるためにエテルノの悪事暴いて根から絶つ必要があるんだ。ただ中途半端に仕事の引継ぎ終わっちゃってるから、組織回すためにはエテルノにばっかり人材割くわけにもいかなくて。引継ぎ前に気づけたらもっと楽だったのに。先代の力を借りてたら元も子もないし…っていうことで、説明になったかな?」
「協力を求める理由は分かりました。…では、我々が貴方がたを裏切るとは思わないのですか。目的が同じとはいえ、貴方がたと僕では元の所属する組織の性質は正反対でしょう」
「ええと……」
きりっと表情を固めていたエルシオが、途端へにゃりと眉を下げる。感じていた圧が途端に丸ごと吹き飛んだように錯覚して、思わず目を丸くした安室に、エルシオの座るソファの斜め後ろに控えるように立っていた、記憶が確かなら先ほど「隼人」と呼ばれていた男が困ったような表情でエルシオに視線を向けるのが分かった。
「……私情なんだよね、ほぼ」
「…は」
「ほら、初めて一緒に任務に行った時も言ったでしょ。透君とは仲良くなりたいんだよねーって。あれ嘘じゃないから!本心だからね!透君が、誇りを譲らない人だって、前から聞いてたから」
「一体、誰から」
安室透の、というよりも、「誇りを譲らない」という評価であるならば、どちらかと言えば降谷零を表したものであるように感じる。そんなふうに安室を語る人間は、潜入捜査を開始して以来は出会って来ていないはずだ。かと言って、降谷零を深く知る人間も、今現在では居なくなってしまったと言っていいだろう。…では、エルシオは一体それを誰から聞いたというのだろうか。
「諸伏景光君から。…彼の自殺は、こちらが偽装したものだよ」
頭が痛い。いい歳であるにもかかわらず、彼の顔を見てから、数年分は泣いて理不尽に喚き散らしたと思う。
人生の半分以上の時間を共有した幼馴染の男。エルシオから彼の名前が出てきたことに驚き、一瞬遅れて言葉の意味を脳が理解し、驚きという感情に繋がる。追い打ちをかけるように、奥の部屋からばつが悪そうな顔をした幼馴染がひょこりと姿を見せる。頭の回転は速いほうだと自負しているが、さすがに処理速度の限界を超えた。
一体何年黙ったまま。こちらがどんな思いをしたと。それよりも謝りたい。全部がごちゃ混ぜになって、喉が詰まったように何も言葉を発することが出来なかった。
夕食まで席を外すのでゆっくり話し合って、とひらりと手を振って部屋を出て行くエルシオに、ありがとうと声を掛けた諸伏にひとまず落ち着けと宥められ、無理やり深く呼吸をして心を落ち着ける。
何を言おう。何から話せばいいだろう。しかしこんがらがった思考を越えて、言葉が勝手に飛び出した。
「お前が、生きていて、良かった」
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