倉庫


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「……」


……はあ。

つい数ヶ月前に、高校を卒業した綱吉はすぐに渡伊し、イタリアンマフィアであるボンゴレファミリーの十代目ボスの座を受け継いだ。守護者達は当たり前のように日本から着いてきてくれて、綱吉がボスになることを心から祝福してくれた。(一部メンバーはともかく。)
そんな彼は今、たっぷり一分使って自分の状況を把握した後、盛大なため息をついている。



ボンゴレの古株たちの中には、未だに日本人である綱吉がファミリーのボスとなることを良しとしない反対勢力が多数残っている。綱吉は彼らに何とか認めてもらえるようにと毎日奮闘を続けていたのだが、あと少しでそんな反対勢力がいなくなるかと言うところまできて、綱吉は急襲を受けてしまったのである。

訳も分からず戦いに巻き込まれた十四歳の頃から比べればよっぽど危機管理能力は身についてきたといえる綱吉だったが、なれない環境に飛び込んだせいか、持ち前の超直感すら鈍ってしまっていた。
腹にナイフを突き立てられ、両足に銃弾をお見舞いされた。
怪我の類になれた綱吉も、さすがにこれはまずいと何とか抵抗を試みたのだが、血を流しすぎたせいか意識は朦朧とし、懐の拳銃を取り出すよりも先に、ぷつりと途切れてしまった。
それ以降の記憶は全くなく、はっとして目を覚ましたのが、自分がいたはずであるイタリアのボンゴレ本部とは似ても似つかない、どこかの国の人気のない路地裏だったわけだ。

…これが、この状況に至るまでの経緯だった。がやがやと耳に飛び込んでくる言語は英語。
英語を公用語とする国は多数有るが、おそらくここはアメリカだろうなあと根拠もなく決断を出す。
続いて自分の服装を見た。
確かに自分はスーツを着ていて、そのスーツは血だらけになっていたはずなのに、どういうことか綱吉は今、普段着のダボついたパーカーとジーパンを着ていた。
不思議に思いつつも、そのまま持ち物の確認に写る。
国外にいるというのに、財布もパスポートも所持していなかった。いよいよ訳が分からない、と腰に手を当てたとき、手のひらに走ったひんやりとした鉄の感触にぎくりとする。
おそるおそるパーカーの裾を軽くめくると、綱吉の腰のベルトには何故か、綱吉の愛銃が挟まっていた。

基本的に綱吉は銃での戦闘は好まない。
とはいえ、街中でハイパーモードになるわけにも行かないため、リボーンに物凄いスパルタで鍛え上げられたのだが。(具体的に言えば、的の中心から誤差五ミリが最低ラインだった。)
一撃で人の命を奪ってしまえるそれが綱吉は好きになれなかったから、積極的に使うことなどなかったというのに、何故こんな所にあるというのだろう。グローブも、もちろんリングも見当たらなかった。

…と、ここまで来たあたりで、綱吉は開き直ることにした。
何せこれまで、幻覚やら時空すら飛び越えてきたのだ。これくらいで取り乱したりなどするものか。


そうと決まれば綱吉はすばやかった。
路地裏から大通りに出て、ぶらぶらと歩く。
パスポートがないことから見るにおそらく不法入国のようなものだろう。イタリアには当分帰れそうにない。外国人の友人知人が多い割には、アメリカには繋がりがないことを思い出し、ならば生活する場所が必要だと考え、それならばお金も必要だと思い至る。
そして肝心なのが、
「名前だよなぁ。なるべく警察のお世話にはなりたくないけど…」
沢田綱吉。
ボンゴレのボスとして、裏でも表でも、ここ最近で広く知られることになった名前。
日本人でマフィアのボスの沢田綱吉、だなんて、どうぞ特定して襲ってくださいと言っているような物だ。
そもそも、日本人と言うのが目立つのだ。多少日本人顔でも、堂々とイタリア人だと言ってしまえばいいのである。事実、ボスになる前に国籍は変更しているし、イタリアで生活し始めてから、何故か少し色素が抜け落ち、鳶色だった髪と目は、今では金茶色の明るい色になっている。苦しい嘘ではないはずだ。
苗字はすぐに思いついた。Leoneレオーネ 、良く見かけるイタリアの苗字で、意味はライオンである。
関わりも深いものだし、イタリアでは、公式な場では基本、日本と同じように苗字から名前の順番で名乗る。
初対面の相手にはこれだけ名乗っておけばいいだろう。
問題は名前のほうだ。ありがち過ぎても明らかに偽名だと分かってしまうし、そもそもイタリア名の名付け方は良く分からない。
考えながらふらふらと歩いていたのがいけなかった。突然前進に衝撃が走り、どすんと尻餅をついた。
誰かにぶつかったらしい。
見上げれば、人相の悪い大柄な男が綱吉を見下ろしていた。
「わっ、そ、Sorry…!」
「You, I'm walking to look at where, this bastard!(てめぇ、どこ見て歩いてんだ、この野郎!!)」
謝ろうとした矢先降りかかってきた突然の罵倒に、今更、ああ、ここアメリカなんだなぁ、と実感がわいてくる。
「I'm sorry, I was vaguely…(ごめんなさい、ぼんやりしてました…)」
綱吉は、この男に言い返す性格でもなければ、言い返すためのスラングもよく知らないので、自分はイタリア人だ!なんて決めた矢先に日本人らしくしおしおと謝った。
あまりにすんなり謝られたせいか、相手の男はぐっと言葉に詰まった。顔が赤らんでいて、その手に中身の減った酒のビンが握られているところを見ると、どうやら酔っ払っているらしい。
男はバツが悪そうに頬をかいてから、おずおずと綱吉に手を差し伸べてきた。
「……、わりぃ、ちょっと酒を飲みすぎてて。痛かっただろ、怪我してねぇか?」
綱吉はこくり、と首を縦に振り、その手を掴む。
「俺はルカ・グレーコだ。詫びになんか奢るぜ」
ニカッと笑ったルカは、先ほどの人相の悪さが嘘のようだ。ルカ・グレーコ。どちらもイタリアでよく聞く姓と名前だ。
そして綱吉は、ルカの手に握られた酒の名前が目に入った。
立ち上がった綱吉はにっこりと笑って見せながら、ルカに握手を求め、たった今決めた偽名を名乗った。


「もしかしてルカはイタリア人?俺はイタリア人なんだ。そうでなくても、…何かの運かもね。俺はアラック。アラック・レオーネだよ。ルカの持ってる酒と同じ名前だね。よろしく」


後々、この安直につけた偽名に酷く後悔する羽目になるとは知らずに。




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