倉庫




 ある日突然手から炎みたいな何かが出た。すると、その炎に直撃したらしい目の前に飛び出してきた奇妙な虫が、途端に灰色になって固まり、次の瞬間には砂のようにざらりと崩れ去っていた。
この一連の出来事に対して、綱吉は驚く余裕など全く持ち合わせていなかった。なぜなら、この瞬間、彼の脳裏にはとある男の生涯が、まるで動画を高速再生したようなスピードで流れ込んできていたから。

 それは並盛という町に生まれ、中学二年生の時に殺し屋を名乗る家庭教師と出会い、そこから怒涛の出会いと別れ、激闘を繰り返し…やがて覚悟を決め、とある組織を率いり、宣言通り組織を解体し、何一つ思い残すことなく天寿を全うした、沢田綱吉と言う、今の自分と同姓同名かつその他プロフィールから容姿に至るまで何一つとして相違のない男の一生だった。
どうやら綱吉は、所謂転生というやつをしたらしかった。転生という言葉にどこぞのパイナップルがちらついた気もしたが、綱吉の父親である家光がボンゴレに所属していない、と言うより、どうやらボンゴレが存在していないこの世界はパラレルワールドなのだろう。母親は奈々だし、学校の知り合いも特に変わりは無い。前は半ば巻き込むように運命を共にさせてしまったため、今世では関わらないと固く決意したが、守護者たちはそれぞれ元気に生活しているようだったし、元の世界から非常に近いパラレルワールドということだろうか。

 無理やり流し込まれた記憶のせいで混乱していた頭がようやく落ち着き始め、少しずつ状況の整理を始める。
中学三年生。何事もなく中学二年生を終え、高校受験もすぐそこに近づいてきた頃。帰宅途中、唐突に目の前に、見たことも無い奇妙な虫が現れた。どう考えたって昆虫図鑑なんかに載っているはずの無い不気味な見た目に、サッと血の気の引いた頭で、綱吉は無意識に身を守るように腕を掲げ…その瞬間、その手から飛び出した炎で虫が砂のように崩れたのだ。
炎に石化と来れば思い当たるのは大空の炎だが、特に何か覚悟を決めた記憶も無い。
手に残った砂を見つめ、数秒呆然としていれば、物陰から「貴方が沢田綱吉さんですね」と声を掛けられた。反射的にえ、と声を漏らしたのと同時、ぷつりと視界と意識が途切れた。



「気がついたか」
「ここ…は」
「嗾けた呪霊が見えるかどうかを確かめるだけのつもりが、嬉しい誤算だった。術式持ちだったとは」
「…は」
 目を覚ましたそこは、やたらと広い和室だった。い草の匂いがして、本来なら落ち着くはずのそれは、綱吉の目の前に座る老人の圧によってかき消されたような気がした。
どうやら布団に寝かされていたらしい。意識が途切れる前のことを思い出すが、なにか薬品を使われたわけでも、頭部に衝撃を与えられたわけでも無かった。やや頭痛があるような気がするが、気のせいと言われればそれで流せてしまう程度のものだった。一体なぜあの時、突然気を失ったのだろう。
「その様子では、何も知らされていないというのは事実だったようだな」
「…一体何の話ですか?そもそもここは?俺はなぜ連れて来られたんです」
「まあ、落ち着け。儂は神宮家前当主、神宮孝継。ここは神宮家で、お前の祖母の実家だ」
「神宮…?聞いた事、無いですけど。その親戚の家が、俺に何の用ですか」
「どこから話したものか。…呪霊というものを知っているか?」
綱吉の困惑を気にもせず、孝継は話を続ける。
「つい先程見ただろう。あの小さな虫のようなあれが、呪霊だ」
「……」
奇妙な虫のような生き物のことだろうか。確かに今まで見た事のない不気味な姿をしてい他とは思うが。
ひょっとして自分は、とんでもなく面倒な何かに巻き込まれようとしているのではないだろうか。せっかく天寿を全うして、何も思い残すことなく大往生することができたと言うのに。転生だなんて望んではいなかったが、してしまったものは仕方ない。前回とはほんの少しだけずれた世界線で、今度こそは平和な生活が送れたなら、それで満足なのに。
「呪霊とは…人の負のエネルギーが集まって出来上がった呪いのことだ。怒りや悲しみ、恐怖など、そういった感情が元になる。それらの呪いを払うために存在しているのが、呪術師。我々神宮家は、その呪術師の家系のひとつだ」
「…はあ」
「呪術師は呪いをもって呪いを祓う。つまり呪術師は呪力を有していなければならない。呪力が無ければ呪霊を見ることも、呪霊に傷一つつけることもできないからな」
「…訳わかんないですけど、一応わかりました。それで?」
「呪術師の家系の中でも神宮家の歴史は長い。特に長い三家を除けば、一番と言っても過言ではない。つまり我らが一族は血を絶やしてはならぬのだ。…ここまで言えばわかるだろうが、神宮家には今、跡取り足り得る呪術師が存在していない。元より分家なども少ない家である上、ここ数代は本家分家共に呪力の無い子供が生まれるばかりだった。つまり」
「分家の更に外を探した結果引っかかったのが俺、ってことですか」
その通りだと言うように頷く孝継に、思わず額に手を当ててしまった。突然攫われたかと思えば呪術だ呪霊だと訳の分からない世界の話をされ、その上こちらのことなど何も考慮していないような勝手な都合を押し付けられている。…どこかで似たような話を聞いたような気もするが。
「俺、呪術師とかホント何も知らないし、そもそも俺は呪術師ですらないですし、何も聞かなかったことにして帰らせてくれませんか…」
「いいや、お前は紛れもなく呪術師だ。呪霊を認識したことがその証明になる。付け加えるのなら、どうやらお前は呪力だけではなく術式まで持っているらしい。随分と自覚は遅かったようだが」
「術式…?」
「細かい話は後だ。外の国の血を入れるのは癪ではあるが、神宮家の存続のためだ。お前にはこの家の跡を継いでもらう」
「いや訳わかんないですけど!ていうか俺結婚とかするつもり無いしっ」
ぶんぶんと頭を振って、とにかく拒否を続ける。跡継ぎ問題で曖昧な回答をすれば後に引けなくなる。あまりにも苦すぎる経験談だ。断固として受け入れない、と強く心に誓った、はずだったのだが。
「ならばお前の母親をこの家に売るか?」
その言葉を脳が理解した途端、す、と頭から血が引く音がした。
「…は?」
「分家に生まれた非術師を母に持ち、自らも非術師でありながら、外国の血を引いた男との間に術式持ちの子を成した優秀な母胎だ。本家筋の男を宛がえば間違いなく」
「今、すぐに黙れ、二度と同じことを口にするな」
てのひらに穴が空くんじゃないかと言うくらいに拳を握りしめて、すんでのところで殴り掛かるのを抑えた。腹の底がマグマの如く煮えたぎっていて、次に何か言われたならば冷静ではいられないだろう。自分のことならば全く構わない。腰抜けだなんだと言われようがヘラヘラ笑っていられるだろう。
けれど、前も今も母は、奈々は、穢いものに何一つ触れさせたくない大切な母親なのだ。今だって、マフィアでは無いにしろイタリアで働く家光に文句のひとつも言わず、ほとんど彼女一人で綱吉を育ててくれているのだ。そんな奈々を、こんな家に、などと。
「それは、了承と受け取って良いな?」
「ッ最悪だ…!」
「家の場所を記した地図を渡そう。部屋を出たところに使用人が居る。地図を受け取り、明日もう一度ここへ来い。お前には呪術高専へと通ってもらう。それに必要な最低限の知識を身につけなければならん」
「俺が貴方に従えば母さんに手は出さないと約束して下さい」
「するとも。非術師より呪術師そのものを迎え入れるに越したことはないからな」
満足気に顎を撫でた孝継を、あまりの非道さと、それを跳ね除ける力を持たない自身への怒りをどうにか押さえ込んで、睨みつける。
 血というものは厄介だ。本当に、ろくなことが起きない。前も今も、結局綱吉は血の呪いから逃れることは出来ないのだった。


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