ボンゴレファミリーの十代目ボスである沢田綱吉と、米花町に住むイタリア人と日本人の混血であるエルシオという青年、それから、黒の組織において万能の薬箱として重宝されるサンブーカという幹部は、全て同一人物である。
事の発端は、もう数年も前、ボンゴレファミリーに匹敵するほどの古い歴史を持つとあるファミリーの、不老不死を得ようとする非人道的な研究の存在を知ってしまったことだった。綱吉の何代も前から親交のあるファミリーであったため、簡単に疑うこともできず、綱吉は慎重に調査を進め、その結果、そのファミリーと協力関係にあるとある組織の存在にたどり着いた。その組織がまた厄介で、世界中に根を張る強大な犯罪組織であったのだ。正体は未だはっきりとはせず、いろいろな国の中枢とも結びつき、資金や権力を借りて生き続けている。そのうちの一つであり最も強力な組織が、綱吉たちの探っていたファミリーであったという訳だ。イタリアの諜報機関に話を通すと、どうやらそちらのほうでは昔から探りを入れ続けていた組織であるようで、今まで幾人ものNOCたちが帰還に失敗してきたのだという。この件について、リボーンと九代目に話を通すと、九代目は満足気に、リボーンは「やっと気づいたのか」とでも言いたげな呆れ顔で綱吉を見て、そうしてニヤリと笑った。嫌な予感はしていた。しかし逃げることもできずに、綱吉はリボーンからとある課題を突き付けられることとなる。
ボンゴレの十代目に日本人である綱吉が就任することを反対する勢力を黙らせるため、このファミリーを暴き、今後一切悪事が働けぬよう手を下せと。
本命の敵はマフィア一つであったが、どう考えても、綱吉単独で立ち向かうには、そのマフィアの協力関係にあるという世界規模の犯罪組織は巨大すぎた。しかし、中学生の頃とは異なり、リボーンは甘さのかけらも与えてはくれない。イタリアで受け持っている仕事を滞りなく回すためにも守護者たち何人もをこちらの案件に割くことはできないため、計画の立案から根回し、実行まで全て、綱吉はほとんど単独でこなす必要があった。
じっくり考え続けた結果、綱吉は潜入が最も効果的であると結論を出した。組織は外側からではなく、内側からの崩壊に弱いものである。大きな組織であればあるほど、それは顕著だ。
まだ全ての仕事を引き継いでいない綱吉は、一旦ボスとしての役割を九代目に預け、潜入捜査に向けた準備をすることとなった。その際に九代目に引き合わされたのが、かつて黒の組織に潜入していた経験があるという赤井務武とイーサン・本堂という二人の男。九代目も当時、黒の組織には度々注意をし続けており、九代目が間一髪霧の守護者の力を借りて救い出すことが叶った、別の国の諜報機関の人間だった者たちだと教えられた。
その二人に、綱吉は潜入捜査のいろはを叩きこまれたのだった。彼らは現在ボンゴレの元で、主に黒の組織に関連する事件を追ったり後始末をしたりと忙しく働いてくれている。
もちろん、「ジンが疑わしいと思った人間を即座に殺す」というのは、この二人から聞いていたことである。
「……ほんとさあ…、どうせ俺に解決させるつもりだったなら、もっと早く教えてくれたらよかったのに。…俺への引継ぎが始まって、きっと何人もNOCが犠牲になったはずだ。今回みたいに、助けられたはずなのに」
「これから先、見落とさなければいい。…私は、ボスが頑張っているのを、よく知ってるから。それに、もう一人、ボスは救えた人、いるわ」
「ほんとクロームだけが今の癒し……ありがとう……」
綱吉が潜入するということで、獄寺や山本はそれはもう騒いだ。自分が補佐に就くと騒ぎ倒した。そんな中、綱吉が指名したのはクロームだった。もとより骸かクロームどちらかになるだろうとは考えていたが、「貴方と二人で長期潜入捜査など気が狂う」と骸から全力で拒否されたためこの結果に落ち着いた。仕事を止めず回すためにも、補佐を一人付けることまでが限界だったからだ。綱吉がリボーンに教えられてきた数々の技術をどれだけうまく活用しようと、偽装しきれない点はいくつか出てくる。そのカバーを担うための幻術士が必要だったのだ。
綱吉はエルシオを、クロームは凪を名乗り、数年前から米花町にて潜入捜査を開始した。つい先日まで、組織からの命令によりイタリアを拠点として活動していたが、呼ばれたため戻って来てみれば、帰国早々ベルモットからの依頼が舞い込んだ。
まったく人使いの荒い組織である。偽装の根回しだって簡単ではないのだ。
「…それで、ボス…」
「うん?」
「これから、どこに行くの?」
「昨日はクロームにたくさん頑張ってもらったし、おいしいもの食べに行こうと思って。ポアロって喫茶店。…ああ、バーボン…安室透君のアルバイト先だよ」
「最近、ボスがお昼に通ってたところ?」
「そう。エスプレッソがとてもおいしくてつい。あとは個人的に安室君とは仲良くなりたいっていうのもあるかなー」
「…いいひと、なの?」
「芯の強そうな人。聞いた話と俺の勘だけど」
期間限定のレモンパイがおいしかったんだ、と笑う綱吉に、クロームは和やかな気持ちになった。以前から微かに感じてはいた。しかし高校を卒業し、本格的に裏社会に足を踏み入れるようになった頃から綱吉に対してことさら強く感じるようになった、骸への信頼や他の守護者に感じる安心感ともまた異なる、この不思議な気持ちは何だろう。恋ではないと思う。クロームは、綱吉と京子の幸せを心から願っている。であれば、これが忠誠心というものだろうか。彼が幸せそうに、楽しそうにしていることが何よりうれしい。この優しい自分たちの主がその心を持ち続けられるよう、護っていたい。
「ボスの勘なら、きっと正しいわ」
*
「こんにちは」
ひょこり、とベルを鳴らしながらポアロの入り口の扉から顔をのぞかせたのは、エルシオだった。昨夜の出来事で気分の落ち込んでいた安室は、ふと肩が軽くなったように錯覚した。
ぱっと顔を輝かせた梓が、いつもの席にどうぞと案内をしようとして、彼の後ろにひっそりと立ってこちらを伺っている女性の存在に気が付く。
「あっ、今日はお連れ様がいらっしゃるんですね!テーブル席にしますか?」
「いや、カウンターでお願いします。安室さんとも話したいし」
「ええっ、昨日の今日でいつの間にそんなに仲良くなっちゃったんですか?」
エルシオは背後の女性に手を差し出し、それがそうであることに遅れて気づくほど自然にエスコートして見せた。ふわりと女性がスツールに腰かけたことを確かめると、彼自身もスツールに落ち着き、やあ、と安室に向けて笑いかけてきた。
「昨日ぶりですね、エルシオさん。そちらの方は?」
「この子は凪。俺の大事な子なんです。いろいろあって凪にお礼がしたくて、ここのデザートがどれもおいしそうだったから連れてきたんだ」
光を反射した部分が薄っすらと藍色に光る艶やかな黒髪に深海のような両目をもつ凪という女性は、人見知りなのか、ちらりと安室に視線をやってすぐにそらし、ぺこりと軽く会釈をした。
エルシオの話し方からすると、恋人なのだろうか。明るい昼と静かな夜の対比のような目の前の二人の色彩に、安室はお似合いだと微笑んだ。
メニューをじっくり見つめた凪が、これがいい、と言うように、チョコレートパフェを指差す。
「…あいつの影響かわからないけど、凪もチョコ好きだよね…」
くすりと笑ったエルシオはパフェと自分の分のエスプレッソを注文し、準備に取り掛かった安室を楽しそうに眺め始めた。見ていて何か面白い動きをしているはずでもないのに、何が面白いのだろうかと安室が思わず首を傾げる。どうやらほとんど無意識の行動だったらしく、ちょいちょいと凪がエルシオの横腹をつつくと、あっと小さく声を上げたエルシオは安室に謝った。
「人が料理してるところを見るの、結構好きで…、多分母親が料理好きだから、楽しそうに料理をしているのを見るのが落ち着くんだと思うんですけど…無意識だったなあ」
「…エルシオの、お母さんのご飯、おいしいものね」
「昔の凪は食べなさすぎだったから、母さんよくお弁当持たせてたもんなあ。主食麦チョコはさすがにまずかったって」
「…おいしいから」
「おいしいけども」
バニラアイスを取り出して盛り付けながら、その会話を耳にして随分忘れていた甘酸っぱさを思い出す。警察学校は男ばかりだし恋愛は禁止だし、何というか、あまりまともに送らなかった青春時代の恋愛を見せつけられているような、そんな気分だ。はっきり恋人だとエルシオは言わなかったが、少なくともそれに近しい間柄であるのだろう。安室の守りたい平和の形を見た気がした。
梓がマスターの代わりにエスプレッソを運んできた。どうやら他にオーダーが渋滞しているようで、梓に任されたようだった。ほとんど同時に出来上がったチョコレートパフェを凪の前のカウンターに差し出して、どうぞと微笑む。感情の見えづらい深海色の瞳がほんの一瞬きらりと輝いて、スプーンを含んだ口元はゆるりと緩む。無言ながら全力でおいしいと伝わってくる凪の動作に、エルシオも嬉しそうに笑った。
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